天才過ぎて世間から嫌われた男が、異世界にて無双するらしい。

暗喩

第138話 兄が消えた日。


ーーーーーー

  今、俺の目の前にいるのは、紛れもなく佐山浩志そのものだ。

  平均身長程しかない俺と比べて、兄はそれを十センチくらい上回る高身長である。


ーーいや、あの日に関して言えば、俺はもう少しだけ小さかった。ーー


  俺はその時、傷心から嘆き悲しんでいた。

  それは、確実に自分自身にトラウマを植え付ける程のショックな事柄であった。

  だが、例の森の広場での出来事だけは、今の今まで俺の記憶からすっぽりと抜けてしまっていたのだ。

  日が暮れ出した黄昏時、俺はあの場所に辿り着いた。

  その広場は人気と言うものを一切感じさせず、そんな雰囲気が当時の俺には魅力的に感じられたのだった。


ーー人知れず悲しむには、打って付けの場所だと......。


  その後、辺りが真っ暗になるまで俺は涙を流した。

  親友を無意識に傷つけてしまった事への懺悔と、それを切っ掛けで決別する事になってしまった悲しみを抱えながら......。

  あの時は、誰にも相談する気になれなかったのだ。


ーー信頼する兄にすらも......。


  そんな中、一人森の中にある広場のベンチにて暫く俯いている時、俺は耳元で囁くような女性の声を聞いた。


ーー「あなたなら、あの世界を守れます。」ーー


  俺は、誰もいない筈のその場所で聞いた意味不明な事を言うその声に対して、何の疑いを持つ事もなく、否定した。

  いや、不思議な事に、その声に親近感すら覚えていたのだ......。


「俺に、そんな事が出来る筈がない。」

  そう俺が呟くと、その声は聞こえなくなった。
 
  その代わりに、俺の周囲からは何色とも形容しがたい『歪み』が現れた。

  俺はその『歪み』の踏襲を必死に抗った。

  憎しみにも似た感情を持ってして......。

「これ以上、俺を苦しめるのはやめてくれ!! 」

  最後に俺がそう叫ぶと、その『歪み』は目の前から姿を消したのだ。


ーー「どうやら、今ではなかった様ですね。また来ます......。」ーー


  そんな言葉を残して......。

  冷静になれば不可解な事であったのだが、俺はそんなやり取りすらも自然に受け入れてしまった。

  それから俺は再び悲しみに暮れた。

  そんな風に一時間程の時間が経過した時、俺の目の前には、兄と優花がやって来た。

  俺を見つける為に、外へ飛び出して来たのだと言う。

  正直、嬉しかった。

  二人の顔を見た時、また泣き出しそうになった。

  しかし、グッと堪えた。

  それと同時に、安心感から、先程の顛末を思い出してゾッとする。


ーーあれは一体、何だったのであろうか......。


  自分のストレスが幻覚を起こしたのかも知れない。

  そんな風に無理やり解釈をすると、俺は兄に今日起きてしまった親友との出来事を口にした。

  すると、兄はいつもの様に俺を労ってくれた。

「早く仲直り出来るといいな。」

  そんな事を付け加えながら......。

  俺は兄の発言に対して、少しだけ気持ちを落ち着かせた。

  その後で、先程の不可解な出来事について伝えた。

  余りにもこの世に存在するには、可笑しい『歪み』について......。

  俺のそんな話を聞いた兄は、それに対して胸を張ってこう言った。

「それが何であれ、俺が全て請け負ってやるよ!! だから、もし仮にそれが幻聴でも、この世の物で無くても、心配するな!! お前は俺が守ってやる!! 約束だ!! 」

  兄はそう俺に告げると、握手を求めて来た。

  俺はそんな兄の手を取る。

  それを切っ掛けに俺の心の穴は静かに埋まって行ったのであった。

  それから、優花と三人で秘密の相談ノートをベンチ裏にある一際大きな木の下に埋めた。

  妹とも、少しだけ距離を近づけられた気がして、嬉しくなった。


ーーしかし、帰ろうとしたその時、俺の耳元で再びあの声が聞こえる。


「その時までは、彼に頑張ってもらいましょう......。」

  そして、俺は意識を失った。

  いや、何か大きな存在に体を乗っ取られた様な不思議な感覚が全身を支配したのだ。

  それから気がつくと俺は、兄の事を忘れていたのだ。


ーーあの森に辿り着いた時からの事をずっと......。


  俺は、少しでもその真相を知りたくて、俺を先導して部屋へと向かう兄に対して、こう問い掛けた。

「俺は、あの日の出来事を全て思い出した。そこで、不思議な声を聞いたんだ。きっとそれが一連の転移に深く関係している気がしてならないのだが、兄貴なら何か知っているんじゃないか? 」

  俺のそんな問いに、兄は進めている足をピタリと止めたのだ。

「そうだな......。お前、『世界の理』について追いかけているのだろう。」
   
  そう、俺の方に振り返る事なく答えた。
 

ーー俺は、そんな兄の言葉を聞いた時、佐山浩志という男は全てを知っている事に気がついた。


「ならば、俺に教えてくれ。俺は真相が知りたいんだ。」

  だが、兄はそんな俺のお願いに対して、首を大きく横に振る。

  そして、勢いよく振り返った後で、俺にこう訴えたのだった。

「そんな事よりも、今はまだ、やる事があるだろう!! お前は『英雄』になる男なんだよ!! 」

  それを聞いた俺は、再び否定をする。

「何を言っているんだ。俺はもう死んで......。」

  それに対して、兄はすごい剣幕で食い込み気味にこう答えたのだった。

「自覚を持て!! お前はこれから、世界を救うんだよ!! 」

  そこまで必死な兄を見るのは、生まれて初めてだった。

  だから、俺は俯く。

  何も言えなくなる。

  何故、ここまで必死に説得を続けるのかも、わからなかった。

  すると、彼は微笑みながら、俺の頭にポンっと手を置いた後で、腕を引っ張り歩き出す。

「ついて来い。今からお前を現世に戻してやるよ......。」

  彼はそう言って、廊下の一番奥にある一室の前で立ち止まった。

  どうやら、これから俺は生き返るらしい。

  でも、本当にこのままでいいのだろうか......?

  死後の世界で久々に再会をした兄を残して......。

  そんな葛藤が頭の中で渦巻く環境の中で、兄はその部屋のドアをゆっくりと開けたのだった。

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