天才過ぎて世間から嫌われた男が、異世界にて無双するらしい。

暗喩

第115話 思い出のすべて。


ーーーーーー

  佐山浩志が突然に現れた『歪み』にすっかりと飲み込まれた後、雄二は相変わらず他人の様な表情を浮かべたまま、真っ直ぐに帰路へと就いた。

  優花は恐怖と不安があったものの、そのまま彼の後ろをついて行く。


ーー他に頼る人のいない怪しく暗い森の中で......。


  優花は恐怖と不安で何もできなかった。

  目の前で消えてしまった兄に対して......。

  帰りの電車の中でも、最寄り駅からの徒歩でも、彼は決して言葉を発する事はなかった。


ーーそして、住宅街の中にある自宅にたどり着いた時、彼は初めて言葉を発したのであった。


「これで、良し。」

  その短い言葉を最後に、彼は家の門の前で倒れ込む。

  それを見た優花は慌てて彼に呼び掛ける。

  だが、雄二はそれに応える事は無かった。


ーーすると、家の中から両親が出てきた。


  父親は倒れている彼の姿を見ると、うんざりとした表情を浮かべていた。


ーーしかし、その直後、彼の事を背中に乗せると、そのまま部屋へと運んで行くのであった。


  優花はそんな二人の姿を見ると、不覚にも一瞬だけ、少し暖かい気持ちになってしまった。


ーー兄の消えたこの世界で......。


ーーーーーー

  それから暫くすると、雄二はあっさりと目を覚ました。

  誰も介抱をする事が無かったので、兄が起きるまでは寄り添おうと優花は決めていた。


  だが、倒れ込んでから一時間程で起き上がる彼は、不思議そうな表情で優花を見つめる。


ーー優花はそんな雄二の表情を見た時、先程起きた出来事を再び思い出した。


  あれは、本当に現実で起きた事なのだろうか......。

  そんな気持ちにさせられつつ......。

  そして、彼女は勇気を振り絞って兄に向けこう問いかけた。

「あの......。浩志お兄ちゃん、いきなりいなくなっちゃったんだ......。」


ーー正直なところ、彼女自身も気持ちの整理はついていない。


  あまりにも突然の出来事であったので......。

  でも、誰かに話したかった。

  共有したかった。

ーー不安と恐怖で押し潰されそうになる胸の叫びを聞いて欲しかった。


  そして、それを聞いた雄二は、ゆっくりと口を開く。

「ごめん、その......。浩志って誰だ......? 」


ーー彼女はそんな兄の口から出た言葉に、耳を疑った。


ーー何故、覚えていないのかと......。


  それから優花は雄二に対して凄い剣幕で問い詰めた。

「何を言っているの?! さっきまで一緒にいたじゃない!! 森の中で、雄二お兄ちゃんが行方不明になって、浩志お兄ちゃんに宥められて、いきなり消えちゃったんじゃん!! 」


ーー雄二はそれに対して、首を傾げた。


ーーその後で、記憶を辿る様な素振りを見せる。


  だが、彼の思い出した事は、佐山浩志の存在では無かった様だった。

  それを理由づける様にして、彼は鬼の形相になった。

  それから、切ない表情を浮かべた後で、涙ぐむ優花にこう告げた。

「ここから出て行ってくれ......。」

  優花はそんな言葉を聞くと、自然と頬から涙が伝って行った。

「お兄ちゃん......? 」

  彼女がそう呟くと、雄二は勢い良く彼女の方を向いた後で強く睨みつけ、

「出て行けって言ってるだろ!! 」

と、小刻みに震えながら叫んだのであった。

  彼女は、兄の剣幕に押される形で、流れる涙を抑えながら慌てて部屋を出て行ったのであった。


ーーそんな兄の様子を見ていた時、彼女は自覚した。


ーー兄は佐山浩志の事を忘れてしまっている。


  思い出したのはきっと、その前の出来事......。

  それに気がつくと、彼女は切ない気持ちになった。


ーーなんで、あんなに大好きだったお兄ちゃんを忘れちゃうの......?


  そんな気持ちを胸に......。


ーー優花はそう考えていると、折角埋まりかけた雄二との心の溝が、再び広がっていくのを強く感じた。


  その後すぐ彼女は、リビングに座っている父やキッチンの母、居間で遊ぶ弟にまで確認を取った。


ーー『兄、佐山浩志が帰って来ていない』と......。


  だが、家族の誰に聞いても、兄の存在は綺麗さっぱり無かった事になってしまっていた。

  父などは、そんな必死で訴える優花の発言に心底心配している様で、病院にまで連れていかれた。


ーーそんな訳がない......。


  彼女は心の中でそう叫び続けた。


ーーしかし、それが届く事はない。


  それから彼女は、学校で仲の良かった友達や、親戚、近所の人にも確認を取って回った。


ーーだが、誰よりも優しかった兄を覚えている者は誰一人としていなかった。


  優花がそんな行動を取れば取るほどに世間は彼女に『妄言を吐く変わり者』のレッテルを貼って行った。

  そんな事をしているうちに、いよいよ優花は自分の事すらも疑う様になったのだ。


ーー多分、初めからこれは全て悪い夢だったのだと。


  そして、彼女はゲシュタルト崩壊にも近い状況の中で、今まで恐怖から敬遠し続けたあの森の広場へと、一人で足を踏み込んだ。


ーー疲れ切った顔で......。


  彼女がその場所に到着すると、昼間にも関わらず人は一人も存在しない。


ーーそんな中、ふと、奥を見ると、アスレチックの隣には小さなベンチがあった。


  彼女はそれを見ると思い出す。


ーーあの忌々しかった瞬間を......。


  優花はその時の事を思い出した後で、身震いをした。


ーーだがその時、あの時兄が埋めたノートの存在を思い出した。


  もし、それがあったならば......。

  彼女はそう考えると、一目散に目印の木の下を掘り始めた。


ーーすると、そこにあったのは、レジ袋の中にあった少し色あせたノートだった。


  彼女はそれを見ると、最初のページを開く。


ーーそこには、兄の見慣れた汚い文字で、

『雄二、優花!! これからも、宜しくな!! 』

とだけ記されていた。


ーーそれを見た優花は、唇を噛み締めた後で、大声で泣き叫んだ。


  兄は、消えてなどいなかった。


ーー日本の、この街に確実に存在していたのだと......。


  そう考えると、彼女は必死になりそのノートに兄、浩志との思い出を思い付くだけありっきたり書き連ねた。


ーー浩志お兄ちゃん、幾らあなたが世界に忘れ去られたとしても、私だけはずっと覚えてる。


  そんな強い気持ちを持って......。ーー


ーーーーーー

「それから私は、ずっとその真実を追いかけ続けた。どんな些細な事だって情報収集をした。インターネットの記事も、色んな本にも、目を通した......。でも、追い掛ければ追い掛ける程に、謎が深まるばかりで......。」

  優花はそう言うと、下を向いてベソをかき始めた。

  気がつくと、アメールやルインド、並びに桜も、真剣な眼差しでその話に聞き入る。


ーー俺は、その話を聞いた時、とてつもない罪悪感を感じた。


  俺自身が彼女を敬遠すればする程、彼女を傷つけていた。

  しかも、俺が目を背けている間も、彼女は一人で抱え込んでいたのだ......。


ーー結局今でも思い出せない、『あの日』からずっと......。


  俺はそう考えると、一度立ち上がり、深くお辞儀をした。

「俺はあの時、ずっと自分の事しか考えられていなかったんだ。お前からも、家族からも逃げ続けて......。本当に最低な兄だよ......。」

  それを聞いた優花は、俺の頭にポンと手を置いた。

「そんな事ないよ。あの後、雄二お兄ちゃんがこの世界から消えちゃったって分かってからも、私はずっと覚えていたよ。だって忘れられる訳ないよ。大切な『家族』なんだから......。」

  俺はそれに対して深く謝罪をした。

  すると、優花はハニカミながらも、

「それに、今の雄二お兄ちゃんは、前よりもずっと優しい顔つきになっているし......。何だか安心したよ。」

と、俯きながら、顔を赤らめてそう続けた。


ーー俺は、その時思った。


  人の価値観というのは、他人が作るものではない事に。

  世の中に塗れる偏見も差別も、それは全て世間という名の集合体が形成する物なのだ。

  結局の所は、腹を割って話してみないと、真意は伝わらない。


ーーましてや、それを拒絶するなど......。


  俺はその事に深く反省をすると、彼女に手を差し伸べた。

「俺、今まで、間違っていたみたいだよ......。お前は俺が異世界へ転移するずっと前から一人で戦っていたんだな......。足りない兄かもしれないが、もし良かったら、これからも宜しくな。」

  彼女はそう言った俺に対して、顔を上げ、マジマジと俺を覗き込んだ。

「やっと『家族』になれたね......。」


ーーそう呟くと、みるみる表情は崩れて行き、彼女は嗚咽を漏らしながら俺の元へと抱きついてきた。


  それはきっと、今の今まで我慢して来た分の全てなのだろう......。

  そう考えると、俺は彼女の温もりを感じながら、過去の自分への反省をし続けた。


ーーそんな中で、俺は、やらなければならない事がある。


  それは、突如消えてしまった兄、『佐山浩志』が死んでしまった事だ......。

  彼女が何故、全てを覚えているのかは分からない。


ーーだが、そうならばしっかりと伝えなければ......。


  兄の転移の理由、俺に乗り移った何者か、その全ては一度置いた後で、しっかりと......。
 

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