天才過ぎて世間から嫌われた男が、異世界にて無双するらしい。

暗喩

第101話 兄の遺した言葉。


ーーーーーー


ーー俺には、五つ上の兄がいる。


  彼は、余り要領が良くなかった。

  学校の中でも下から数えてすぐに名前を見つけられる成績に、運動神経もお世辞にも良いとは言えない。

  そんな兄であったが、その、誰にも真似出来ない程の優しさを持っていた。


ーー困っている人を助けずにはいられない性分の持ち主なのだ。


  それは例え、自分の身の丈以上の事だとしても......。

  その結果、突然に大怪我をして帰ってくる事も日常茶飯事で、彼はその度に、

「いやいや、俺はどうでもいいんだけど、助けられて本当に良かったよ!! 」

と、自分の事よりも他人の事を考える。

 そんなこともあって、兄は学校に限らず、町の人々にも慕われる程、人望がある存在となった。


ーーその優しさは俺にも例外ではなく、常に気に掛けてくれる。


  テストで満点を取った時や、体育で一等になった時も、褒めてくれた。

  俺は幼い頃から両親に嫌われている。


ーーいや、厳密に言うと、突然変異に気味悪がられていたのだ。


  ずっと感じ取れる両親から放たれる『大人の対応』。


ーー小学校の時、俺と、弟や妹への接し方の差である。


  俺は、幼少期の数回を除くと、遊園地にも、動物園にも、水族館にも行った記憶がない。

  家族が家を空ける時、俺は常に留守番をさせられる。

「雄二は、ゆっくりとしているといいと思う。」

  父は出かける時、一度も目を合わさずにそう言い放つのが口癖だった。

  その日も、父は母と弟、妹、そして、兄を連れて旅行に行こうとしていた。


ーー決して俺を誘う事もなく......。


  すると、幾度も続いたそんな仕打ちに俺を見兼ねた兄は、父に食ってかかった。

「なんで雄二を連れて行ってあげないんだよ!! 」

  兄がそう訴えると、父は後出しの様に、

「予約の関係なんだ......。仕方がないだろ。」

と、吐き捨てて答えた。


ーーそれを聞いた兄は、父にこう告げる。


「なら、俺は行かないから、雄二を連れて行ってやってくれ!! 」

  それに対して父は、うんざりとした表情を浮かべため息をついて、

「お前がそんなに言うなら、仕方ない。じゃあ雄二、行くか? 」

と、嫌々な口調で俺に問いかける。


ーー俺はそんな父を見ると、震える程に感じた心苦しさと、哀しみ、切なさに泣きそうになってしまった。


「僕はいいよ......。宿題やらなきゃいけないし......。」

  俺は俯きながら、感情を押し殺して小さくそう呟いた。

  それを聞いた父は、明るい口調で、万遍の笑みを浮かべる。

「そうか!! 行きたくないなら、仕方がないな!! では、留守番は頼んだぞ!! では、浩志、早く支度をして来なさい!! 」


ーーしかし、あからさまに俺が来ない事を喜んでいる父を見ると、兄は眉間にシワを寄せ、唇を噛み締めていた。


「あんた、最低だよ......。俺は、絶対に行かない。勝手に行ってくるがいいよ......。」

と言って、玄関で待っている父を横目に、自分の部屋へと戻って行ってしまった。

  それを見た父は、一つため息をついて、ドアノブに手を掛ける。


ーー子犬の様な表情を浮かべている俺に一つも目を合わせる事もなく......。


ーー本当は行きたかった。親の愛情を受けたかった。


  何故、俺はこんなにも愛されていないのだろうかと......。

  これだけ大きな世界の中で、一人きりになってしまったと思う程の、孤独感。

  心に大きく開いた風穴からは、虚しさが吹き荒れていた。

  俺は一人きりになった玄関の中で咽び泣く。


ーー『度が過ぎる才能』という呪いを持って生まれて来てしまった事を怨みながら......。


ーーいや、俺は『天才』なのではない。人間でもないのだ。


  そんな風に、自分を疑ってしまう。

  だが、そんな俺の目の前に、手が差し伸べられた。


「いつまでも泣いてるんじゃない。これから出掛けるから、早く準備して来いよ......。」


ーーそう言ってくれたのは、先程部屋に戻って行った兄であった。


  俺はその時、押し潰されそうな心が修復されて行く事に気がついた。

  そして、嬉しくなる。

  俺には兄がいる、そんな安心感が持てる事に......。

  そんな事を考えながら、俺は急いで支度に取り掛かった。


ーー大好きな兄の笑顔を見た後で......。


ーーーーーー

  『異世界の料理店』にて、俺は落ち着いた後、手元にあるビールを一気に飲み干した。

「やはり、あなたは彼の弟だったのですね......。」

  すっかり元に戻った俺に対して、森山葉月はそう確認を取った。

  俺はそれに対して、まだ鼻っ面が湿っていたので、それを拭いながら、

「ああ......。見苦しい所を見せて申し訳なかったな。」

と、その問いの答えを言って見せた。

「彼は、努力で『聖騎士』まで登り詰めた人だったのですよ。才能なんて、これっぽっちも無かったのに......。」

  森山葉月は、悲しい表情を浮かべた。

「まあ、お前の口ぶりから、お前も兄と親しい関係にあった事は、よく分かるよ。」

  俺がそう賛同すると、彼女は俯きながら、更に続けた。

「それはそうですよ、だって私は元の世界の時だって、ずっと一緒だったんですから......。」


ーー元の世界でも......?


  俺はそんな彼女の言葉に、疑問を抱いた後で、問い詰めた。

「と言う事は、お前と兄は、一緒に転移したと言う事になるのか? 」

  俺の問いに対して、彼女は、首を大きく横に振る。

「いえ、共にという訳ではありません。先に私が転移しました。その時は、ある悩みを抱えていたのです。そして、それがどうにもならなくなった時、気がつくと私はこの世界にいたのですよ......。」


ーーそんな彼女の転移した経緯を聞いた時、自分自身の状況と似ている事に気がつく。


  前に矢立駿が言っていた、負の感情がこの世界に転移する理由と言うのは、どうやら合っていた様だった。

「そうだったのか......。それから遅れて兄がやって来たと言うのか? 」

  その言葉に対して彼女は、神妙な顔つきでこう答えた。

「そうですね......。しかし、再会する事が出来たのは、彼が転移してから暫くしてからの話になりますが......。」

   彼女は日本酒と思しき飲み物に一口手をつけた後で、そう答えた。


ーー俺はそんな彼女を見ていると、何となく森山葉月と言う女性の人格が垣間見える気がした。


ーーそして、気になる。


  この世界に転移してからの『佐山浩志』と『森山葉月』の関係性について......。

  それは、俺の慕っていた兄について詳しく知る事が出来る気がして......。

  だが、森山葉月は無理矢理そこまでで話を終わらせる。

「その話は、この戦争が終わりましたら、しっかりお話させて貰います。私自身にも影響が出てしまいますので......。折角の『異世界人』同士ですから、元の世界の話でも......。」


  俺は、『影響』という言葉に引っかかったが、その言葉に頷いた。


ーーそれから彼女と元の世界の話に花を咲かせた。


  元はみんな同じ街から来ている事もあり、地元の話で盛り上がった。

  聳え立つビル郡に、大きな観覧車、綺麗に整備された公園の前にある海、丘の上から見える巨大な橋......。

  その全てが、俺にとっては懐かしい風景。

  決して幸せでは無かった筈のあの場所であっても、俺にとっての故郷であるのだから......。

  森山葉月も会話を交わす毎に純粋な笑顔を見せていた。


ーー俺はそんな彼女の表情を見ていると、今の世界では肩肘を張って生きている事に気がつく。


  苦しみ、哀しみ、辛さ、そんな気持ちを押し殺しながら......。

  そんな彼女の中に見えた『弱さ』を感じた時、俺は彼女の本当の『強さ』を実感した。

「なんか、雄二の故郷って楽しそうだね!! 行ってみたい!! 」

  桜は俺達の話を聞く度に、ワクワクしている。

「いやぁ......。一度でいいから連れて行ってやりたかったが、生憎、俺はこの世界から戻る方法を知らないんだよ。だから......。」

  俺がそう言いかけた時、森山葉月は俺の発言を否定する様に割って入ったのだ。

「何を言っているのですか? 元より一度『日本』に戻って頂く為に、『メディウス』に行ってもらうのですから......。」

「何を言っているんだ。神話の話をそのまま鵜呑みにするなんて......。」

「だから、試して貰うんですよ。あなた達にしか出来ない事なのですから......。明日には支度をして頂いて旅立つ手配はもう既に完了しております。」

  そんな彼女の真剣な表情を見ると、俺は否定する事をやめた。


ーーそれにしても、旅立つ準備までしていたとは......。


  俺はそんな風に半分疑いの気持ちを持ちながら、転移をする為に『メディウス』に旅立つ事が決定したのだった。

  何も事情を理解していない桜だけは大喜びしている中で......。

  そして、店を出る直前で、森山葉月は意味深な一言を放った。

「あなたの兄の口癖であった、『この世界を救う』事が出来る人は、あなたしかいないのです。それの第一段階ですから、心して行って来てください。もし元の世界に戻れたとしたならば、その時、全て分かるでしょう。この世界の理が......。」


ーー俺は去り際に放った彼女の言葉を聞くと、精一杯努力してみようと思った。


ーー今は亡き兄の意志であるのならば......。


  そう思うと俺は桜の手を繋ぎ、準備の為に施設へと戻って行くのだった。


ーーーーーー

「相変わらず誘導するのが上手だな......。」

  『異世界の料理店』の店主はそんな言葉を森山葉月に向けて呟いた。

  それを聞いた森山葉月は、切ない表情を浮かべながらため息をつく。

「それはそうですよ......。だって、この世界はこの世界の人の物なのですから......。本来、私達が干渉し過ぎるのは宜しくないのですが......。」

  それを聞いた店主は、一瞬ハッとした顔をした後で、すぐに直り、

「まあ、『異世界人』にしか出来ない事がありますからね......。支える側もさぞ大変な事でしょう。」

と、皿を拭きながら言った。

  それに対して森山葉月は、ニコッと笑いながら呟いた。

「まだ入り口に到達しただけですけどね。我々『異世界人』にとっても迷惑な話ですよ。こんな使命を課せる『あの人』も性格が悪いです......。」

  そんな彼女の発言に店主は微笑を浮かべた。

「とりあえず、今は『ヘリスタディ帝国』を足止めしなければなりませんね。」

  店主の一言に森山葉月は頷いた後で、会計を済ませた。

「そろそろ私も戦いに参加しなければなりませんね......。やはり、この世界の人間では、『異世界人』に太刀打ちする事は難しそうですので......。責めて佐山雄二さんが本当の『英雄』になるまでは......。」


ーー彼女はそんな事を話した時、『二代目聖騎士』の一言を思い出していた。


ーー『例え俺が死んだとしても、この世界を必ず救ってみせる!! お前の事も絶対に!! 』ーー


  そして、森山葉月は王宮に戻る為に店の引き戸を勢い良く開けて、『異世界の料理店』を後にするのだった。

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