幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について

スプマリ

番外4

「それじゃあ今日も討伐頑張ってね!」
「ああ、行ってくるよ」


 男がこの街に来て早くも一か月が経過しようとしていた。あの時客引きをしていた自称看板娘に見送られつつ、今日も今日とてウォーバニーの討伐をしに街の外へと向かう。ほとんど毎日のように討伐へと向かい、一日で銀貨十枚という冒険者としては破格の稼ぎもあって男は宿からすれば上客と言えるからこその対応である。


 もちろん、稼ぎが良いだけでなく問題を起こさずクレームも出さないという冒険者にあるまじき素行の良さもあってのことであるのだが、そもそも男からすれば問題を起こせと言われる方が無茶なのである。目と足が悪く、仲間も居ない自分が深酒をすれば命に係わると自負しており、看板娘にちょっかいをかけるといった行動も、未だ傷心から立ち直っていない彼がそのようなことを行う気が起きるはずもない。


 いっそ彼の生活が先行きの見えない不安定なものであれば、破滅を望んでやけ酒でも飲み全てを忘れることも出来たのかもしれないが、その点についてはむしろ他の冒険者よりもよっぽど優れているためヤケになることも出来ずにいた。他の冒険者達が徒党を組んで銀貨十数枚の儲けを山分けする中、彼は一人で銀貨十枚を稼ぎ出しているのだから、その違いは雲泥である。


 加えて、冒険者達の狩りは安定しているとは言い難く、獲物を見つけられなければ当然稼ぎはゼロ、倒すにしても命の危険があり、怪我をすればその治療費が飛んでいく。当然疲労もそれに応じて溜まるためこまめな休日も必要であったが、男はその全てと無縁であった。


 ずるり、ずるりと片足を引きずりながらも男は今日も獲物を狩る。何も考えることなく、ただ只管にカタナを振っている瞬間だけ男は救われていた。気を抜けばふと頭に過る光景がある。得るはずだった幸せ、彼女の笑顔、子供らに囲まれて一生を終える自分。


 そのような物は無いのだと己に言い聞かせるも、その次に襲ってくるのはどうしようもない不安。今でこそ生活は安定していて仲間も必要としていないが、将来はどうなるだろうか。右足だけでなく左足も『失う』かもしれない。こんな自分に背中を任せる間抜けなど存在しないだろう。老いには勝てないだろう。果たして自分が果てる時、傍にいてくれる人は居るのだろうか。


――――余計な事を考えるな。


 男はしきりに頭を振って雑念を振り払おうとするも、それは叶わない。故に男は駆り立てられるように狩りに勤しむのだ。それこそが不安を取り除く唯一の術なのだと分かっているから。それこそが不安を振り払うことが出来る瞬間だから。


 そうして時に自身に課した目標額を超えて狩りを行ったため、男の稼ぎはこの一月で金貨四枚分にも上っていた。そのうち一枚は村を出る時に貰ったものと同じ回復薬を買うのに使ったが、それなりに貴重であるはずのそれを一月と経たずに余裕を持って買える程の財力は確かに得るものだったのだろう、と、その時男は買ったばかりの回復薬を眺めて皮肉気に口の端を歪めた。


 程なくして男は狩りを終えて帰路に就く。狩り自体に慣れた事もあって、男が気が付くと必要以上に狩っていたり、日が既に傾きかけていたりする事も多くなっていた。ギルドに引き渡す袋を片手に街へと向かう。どうせ明日は休みにするのだからと、男はそのまま宿へと向かった。


 最早慣れた道であるため男の歩みに迷いは無い。今日の稼ぎはいくらだっただろうか、この泡銭を何に使おうか、そんなとりとめのない事を強いて考えつつ男が宿の扉を開けると、そこには抱き合う男女が立っていた。


「あっ!」
「ッ!」


 男が現れた事に気づいた二人は慌てて距離を取るも、男は二人に向けて手をひらひらと振って『構わない』と言葉をつづけた。もちろん、そう言われたからといって続きを行うような二人ではない。看板娘と、その幼馴染らしい青年。顔を赤らめている二人をよそに男は自室へと向かう。


 飯もそれなりで、料金も安く、部屋も悪くない宿であるが、男にとっての唯一の不満点はたまにこうして彼らの仲睦まじい姿を見せられる事であった。嫉妬、ではない。己を重ねた代償行為に過ぎないが、むしろ男は彼らにこそ幸せになってほしいと願ってすらいる。


 ただ、どうしようもない孤独を覚えるのだ。


 男は一人で部屋に入り、村に居た頃には手が届かなかったであろう酒に手を伸ばすも自制心が適量以上に呑む事を拒絶する。少なくない疲労から眠気が襲うものの、今すぐに眠る事が出来るほどでもない。いっそ女を買ってしまう金もあるが、彼の女々しさがそれを嫌がる。


 酒にも女にも溺れることも出来ず、他者より安定した生計を立てられているという事実が彼に狂うことを許さず、不安と孤独に震えて夜を明かす。


 彼にとって、夜とはどうしようもなく恐ろしい物となっていた。

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