幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について

スプマリ

125話目 お出迎え

 転移魔法を使うことにより、俺の目に映る景色は遠くに山があるだけの草原から、見慣れたいつもの我が家と憎たらしいほどに青々とした木々へと一瞬にして切り替わる。特に衝撃がある訳でもないが、まだこの魔法による移動に慣れていないリーディアはたたらを踏みそうになりながら感心するように唸った。


「帝都に行く際にも感じたが、やはりこの魔法は凄まじいな……」


 この世界では長距離の移動は徒歩が基本であり、金銭的余裕がある者は馬や馬車に乗って移動する。そして大半の人たちはそんな余裕は無いので別の都市への移動は歩きであり、緊急の用事がある場合にのみ乗合馬車を使っているのだ。例外は商人や貴族であり、そいつらの場合は自前の馬車を用意して移動を行う。


 俺たちがやったように村への移動はもちろん、街を挟んだ更に遠くの街へと向かう場合にもそのような手段が取られるため、例え馬車を用いたとしてもそれはそれは長い旅路となるのだ。その上、俺が居た世界と同じように盗賊が出るのに加えて化け物まで襲ってくるのだから、その危険度は推して知るべしである。そのような事情から街から街への移動というのは命がけとなるのが普通であり、そうでないのは大量の護衛を雇った貴族くらいである。


 さて、それらを合わせて考えると今回俺たちがやったような観光旅行というのは一般人には手の届かない贅沢であり、遠く離れた都市の情景は妄想するか、それとも偶に訪れる吟遊詩人の詩を聞いて想像するかしかない。それらを無視して金もかからず、命の危険も、時間すらもかからずに安全に長距離を移動できるというメリットは果てしなく大きい。


 ぶっちゃけて言えばたかが観光なんぞに使うことなどもったいない事この上ない魔法であるが、どう使おうが俺の自由なので文句が来ても黙殺する所存である。そしてそうまでして行った観光旅行なので『チョー楽しかったんですけどーマジでー』くらい言いたいところ……なのだが……。


「正直微妙だったな……」


 家へと早足で向かう二人の背を見つつ、俺は誰にも聞こえないくらいに小さな声でボソリと呟いた。別に楽しくなかったという訳ではない。さっきリーディアに言った言葉が嘘で、得るものが何もなかったということでもない。ただ、冷静に振り返ってみた時に『あれ、これ観光旅行だっけ……?』と猛烈に首を傾げたくなるのだ。


 観光のメインと言えばその土地特有の風景や食べ物であり、断じて模擬戦や冒険者の仕事をすることではない! 確かにリーディアに案内された場所は良かったが、それはあくまでも『彼女に紹介されたから』であり、その風景単体としてはそれ程でもないだろう。メシはなんか美味しくないし不衛生だし、結局森で採取した材料で作ったシャルの手料理が一番良かったという散々な結末だった。


 ご当地グルメとかを内心で楽しみにしていただけに、この始末には文句の一つや二つは言っても許されるはずだ! 言わないけど!


「ただいまー! って、あれ? ドラ助がいない?」
「ふむ、狩りにでも行っているのではないか?」


 心の中で独り言ちしていると、家の近くにあるドラ助小屋を覗いた二人がそんな話をする。あやつとてシャルがここに来る前までは自力で狩りをしていた身である。俺たちが用意した食事が数日分しかなかった以上、足りない分は自力で取りに行ってもなんら不思議ではない。まあ帰ってくるのをのんびりと待つかー、と思いながら家の玄関へと近づくと、不意に家の陰から『のそり』と影が伸びてきた。


「おわ! びっくりしたー」
「……………………」


 じい、っとこちらを半目で睨むようにしながら裏庭から顔だけ出しているドラ助に肝を冷やしてしまった。おのれ、ドラ助のくせに生意気な。


「あ! ドラ助ただいまー!」


 俺の声を聞いたからか、はたまた少し離れた場所からでもその姿が確認できたからか、シャルがこちらへと駆け寄ってくる。しかし声をかけられた当のドラ助はというと、それに返事をすることもなく顔を引っ込めてしまった。


「あれ?」


 おかしいな、いつもならば嬉しそうに尻尾の一つや二つを振りながらシャルに寄って来るはずなのだが。そしてそう思ったのはシャルも同じなのか、シャルは俺と顔を見合わせた後に『ドラ助ー?』と言いながら裏庭へと向かっていった。それに遅れてリーディアも裏庭へと向かって行くが、この場合俺も向かうべきなのか? 少しの間悩みつつも、『まあ二人に任せりゃいいや』と玄関の扉へと手を伸ばしかけたその時、シャルの『師匠ー! こっち来てー!』という声に呼ばれたため裏庭へと行き先を変更した。


 裏庭に行くと、そこでは変な光景が繰り広げられていた。様々な料理を代わる代わる取り出しながら、謝罪しながらドラ助の前にそれを掲げる二人。そして『私はあなたたちを無視しています』と言わんばかりに顔を背け、たまにぐるりとその場で回って二人にケツを向けるドラ助。


 『なんだこの光景は……』と悩むこと数秒、ドラ助に振り回されている二人を見ていると合点がいき、『ポン』と手を打った。


 あやつ、拗ねておるな!

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