幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について

スプマリ

60話目 へたれ

 恐ろしい程に、それはそれは恐ろしい程に淡々と日々が過ぎていった。この二年近く俺が何をしていたのかと問われれば『さあ?』と答えたくなるほどに何も記憶に残っていない。


 シャルがいなくなってから俺はただただ怠惰に暮らしている。毎日ずっと続けていた訓練でさえも身が入らず、暇つぶし兼趣味として続けていた料理でさえも放り出してしまっている始末である。


 日がな一日ボーっと過ごし、ため息を吐き、後悔する。何故俺はあの時シャルの手助けをすることを申し出なかったのだろうか。こうして女々しく彼女のことを思い続けることはわかっていたはずなのだ。


 人を助けることを恐れていてもいい。それを抑え込めるだけの勇気が俺にあればそれでよかった。勇気じゃなくても良い。彼女のことを本気で考えていたならば、その程度のことは出来ていたはずなのだ。


 俺の想いはその程度の物だったのだろうか? 俺はどうしてこうも臆病なのだろうか?


 自問自答するも、答えなんて見つかりはしない。


 いや、本当はわかっているんだ。今からでも彼女の元へ駆けつけ、立ちふさがる万難を排すればそれで良いはずなんだ。それが出来るだけの力が俺にはあるはずなんだ。一歩踏み出すだけで、この死んだような毎日は終わるはずなんだ。


 でも、それが、出来ない。


 いざ彼女の元へ駆けつけようとしても、足が竦む。


 恐れるものなど何もないはずなのに、心が恐怖に支配される。


 裏切られるのが怖い。失敗するのが怖い。差し伸べた手を彼女に振り払われるのが、怖い。


 時間が経てば経つ程にその恐怖は大きくなるのに、それでも俺は今動けずにいる。あまりの醜態にドラ助からも心配されるくらいであり、毎朝捕えた獲物を差し入れに来ている。前までの俺ならば『お前に心配される謂れはない!』と一喝して追い払っていただろうが、その心遣いを有りがたく思い、申し訳なく思う程しょぼくれてしまっている。いつもと調子の違う俺を益々心配してか、ドラ助は用も無いのにわざわざこちらに足を運んで来たりと更に気遣われる始末である。


 我が家の庭で昼寝しているドラ助の背にのり、人恋しさからかドラ助に抱き着くようにして時を過ごす。そうして日が暮れ、ドラ助も巣へと戻り、一人眠れぬ夜を明かす。


 こうして俺は死ぬまで後悔し続けるのだろうか……。


 俺も、彼女も寿命と言うくびきから解き放たれているため、殺されるか自殺するかでしか死ぬことは無い。死にたくないからここまで鍛えたというのに、死ねないことに苦痛を覚える。


 そうして今夜もまた眠ることが出来ずにいた俺は、森の異変を察知する。だがそれももう慣れたことであり、気付いても放置することが多くなった。何もする気力が起きないのに、わざわざ魔物同士の争いに首を突っ込むわけがない。


 だけどしばらくして、ほんの気まぐれで、どちらが勝つのか気になって、気配を探り、そして、ある気配を感じ取り、俺は寝床から飛び上がった。


「シャル!」


 いつかここに初めて来たときのように、虫の息で、今にも消え失せてしまいそうで、それでも確かにそこにいた。何故彼女がここにいるのか、何故彼女は死にかけているのか、そんなことはどうでもいい。大事なのは今俺が動かねば彼女が死ぬこと、俺がそのことに気付くことが出来たこと。


 死んでも生き返らせることは出来るが、それは駄目だ。それでは駄目なんだ。上手く言えないが、それじゃあ嫌なんだ。


 即座に転移魔法を発動し、彼女の元へと向かう。ここまで追い詰められてだけど、本当にギリギリの所だったけど、そのおかげで俺は余計なことを考えずに彼女の元へ行くことが出来た。


 シャルのすぐそばに転移して周囲の状況を把握し、驚愕する。


「お前らが……、守ってくれたのか……」


 キラーゴリラが、シャルを襲おうとしているキラーエイプと対峙するように立ちふさがっていた。ボロボロになっているリーダーらしき個体が俺に気付いたのか、背中越しにこちらを一度だけ見る。


『借りは返したぞ』


 その背中が、そう語っている気がして。


「ありがとう」


 俺はただ一言そう述べ、涙が溢れ、敵を倒すことも忘れ、気絶しているシャルを抱きかかえて我が家へと連れ帰った。

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