幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について

スプマリ

30話目 俺に構わずさっさと逃げろ!

――――ガアアア!


 突然の乱入者に怒りをあらわにした傷の浅いキラーウルフは男に飛びかかった。


「っ! 危ねえ!」


 男は見たところ軽装であり、噛みつかれれば一たまりもない。盾も持っておらず、その手にはみすぼらしい長剣しか無い。キラーウルフの突進を防げる要素が何一つ見当たらず、男が弾き飛ばされる未来が容易に想像できたデイビスは思わず声をあげた。


「らあああああ!!」


 だがデイビスの予想は大きく外れた。男は長剣をその場に放り捨て、あろうことかキラーウルフの二本の牙を両手でつかみ取り、その突進を受け止めたのだ。


「なぁっ?!」


 あり得ない。デイビスとジルは同じ思いを抱いた。彼らが信頼を置いているライオルでさえあの突進を防ぐことは出来なかったのだ。にもかかわらず、ライオルよりも余程背が低く線の細い目の前の男はそれを受け止めたことは二人に大きな衝撃を与えた。


「そこの二人! ぼうっとしてないでさっさと逃げろ!」


 その場で棒立ちになり一向に逃げようとしない二人に苛立った男は声を荒げた。その声で我に返ったジルは撤退すべくデイビスに声をかける。


「デビー! ライオルを!」
「っ! 応!」


 依頼の内容を考えれば男について詳しく観察をすべきだが、これ以上は命に関わる。幸い最初に発見したキラーウルフは男を警戒して動いていないが、いつ襲い掛かってくるかわかったものではない。デイビスとジルは二人掛かりでライオルを担ぎ森の外へと向かう。そして森の外へと出る直前、デイビスの耳に獣の断末魔の咆哮が微かに聞こえたのであった。






 命からがら逃げだした三人は酒場の二階で情報の整理を行っていた。噂の男については存在することを確かめたので、依頼自体は達成することが出来た。


「あのキラーウルフについて警戒するよう促すか?」


 あれからしばらくしてライオルが目を覚まし、軽い打撲以外何も怪我が無いことに二人は呆れつつも仲間の無事を喜んだ。ライオルが心配したのは仕留めそこなったキラーウルフについてだ。助けに入った男について二人から話は聞いたものの、気絶していたためその戦いぶりを実際に見ていないライオルはその男もキラーウルフを倒し損ね、この村に襲い掛かることを危惧したのだ。


「いや、その必要はねえだろ」


 それに対してデイビスは全く危機感を抱いていなかった。そもそもあの出血ではそう長くないと判断していたこともあるが、あの男の異常な戦い方を思い返せばあの手負いのキラーウルフはおろか、後から現れた方のキラーウルフも生き残ることは無いと確信出来たからだ。


「……それ程までか?」


 ライオルとて仲間を疑っているわけではないが、自分たちを容易く窮地へと陥れたキラーウルフ二匹をその男が相手にして、全く問題が無いと断じることが出来るのはやはり信じがたい。


「ああ、多分あれでも手加減してたぜ」


 デイビスが問題ないと断じる根拠をジルが述べる。怪我をすればどうしても治療する必要があり、最低でも安全な場所で休むべきだ。しかし男に助けられたという冒険者は後を絶たず、加えて男に大きな怪我も見当たらなかった。


 それはつまり男にはキラーウルフを相手にしても全く問題が無い程の力があることを示していて、自分たちが離れるまで倒さなかったのは実力を知られることを恐れてであると考えられたのだ。


 もしもこの事実を王族らに知られればどうなるか、簡単に想像できてしまう。恐らくは全軍を用いてでも生け捕りが命じられ、捕縛されればその一生を国のために使いつぶされるだろう。


 それからしばらく三人が口を開くことは無かったが、重い静寂をジルの一言が破った。


「それで、依頼はどうする」


 依頼を達成するのは簡単なことだ。今からでも王都へと出発し、ギルドで今回のことについて詳しく話せばそれで事足りる。問題はそれによりあの男の存在が国に知られるということであり……。


「俺は気が進まねえな。命の恩人を売り渡すのはちょっとばかり気が引ける」


 悩む様子を見せているデイビスに対してジルが言葉を続ける。あの男が居なければ三人は今頃キラーウルフの腹の中に納まっているのは確実であり、命の恩人であることは紛れもない事実であった。


「それに、あの男はやっぱりおっさんの言ってた男と何か関係がある気がするぜ」


 根拠の少ないただの直感。助けに入ったあの男の髪はこの辺りでは珍しい黒色だった。


「いや、それは無いな。あいつの横顔がちらっと見えたが、ありゃあ十八どころか十五がいいところだっだぞ。同一人物も、ましや息子でも無えだろ」
「兄弟って線は?」
「おやっさんによれば、気が付いたら森の中だったって話だったろ? だったらそれは無えだろ」


 デイビスはジルの言葉にことごとく反論した。それはジルだけでなく、デイビス自身に言い聞かせるような言い方でもあった。


 二人が話している間にライオルが発言することは無かった。こういったことを決める時には三人のリーダーであるデイビスの意見が最優先であり、どういう結論が出てもデイビスに従う腹積もりである。やがてデイビスとジルの意見も出尽くし、ライオルが見守る中デイビスははっきりと結論を口に出した。


「ギルドにはそのまま報告する」


 恩人を売り渡し、一人の若者の未来を潰す決定。ジルは何かを言いたげな表情をするが、デイビスの決定に逆らうことはしない。その顔を見たデイビスはため息交じりにジルに説明した。


「そもそもだ、あいつは自分の存在を隠そうとしていない。俺たちが嘘の報告をしたところで時間稼ぎにもなりゃしねえよ。別の所から情報が流れてそれでしまいだ。ついでに俺たちゃ国王に歯向かった反逆者だ」


 この言葉を聞いてもジルは納得した様子を見せないが、デイビスはそれ以上言葉を続けなかった。これ以上喋れば、余計なことまで言ってしまいそうだったから。


 自分たちが焦がれてやまない英雄、颯爽と現れ困難に立ち向かい人を救う姿。自分達とて魔物を討伐し、人々を助けているという自負はあったが、あの男は出来ることが違いすぎる。


 自分たちに出来るのはせいぜいが村を一つ救うことくらいだが、あの男の強さならば国一つ救うことが出来るだろう。魔物の森の魔物を討伐することで、国中の人間に影響を与えることも出来るだろう。


 自分たちが村の人たちにその強さを称えられ、ささやかな宴会を行っている時、あの男の強さは吟遊詩人達によって国中で語られ、盛大な宴と共に迎えられているだろう。


 嫉妬。


 その感情がデイビスの心の中にあったことは否定できない。いくら論理で導き出したように見せようとその核となるのは、持たざる者の持つ者への嫉妬。その嫉妬が、あの男の輝かしい未来を潰せとデイビスに囁いた。


 それから数日の間村に張り込み、あの男が村に住んでいる様子が無いことを確かめた彼らは王都へと帰還した。

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