無能な俺がこんな主人公みたいなことあるわけがない。
三章 31 『目覚める時』
玉座の上で尻尾を左右に振っているフェル。
「まさか本当に会えるなんて・・・。」
フーリンはフェルの姿を見て驚愕している様子だ。
「あれがタクミをこの世界に連れて来た神獣か。なんていうか想像していたモノより随分可愛らしい容姿だな。」
「そこの騎士さん。お褒めの言葉ありがとう。僕にとって可愛いって表現は最上級のほめ言葉だよ。」
アイズの言葉に上機嫌に尻尾を振っているフェル。
「たしかに随分可愛らしい神獣だな。だけど秘めている魔力は可愛いってものとは随分かけ離れているけどねぇ」
フェルの纏う魔力に警戒しているサリス。
「フフッ。そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。ここで君たちに危害を加える気は毛頭ないからね。むしろ感謝を伝えたいくらいだよ!僕にとって子供のような存在のエルフ族の危機を救ってくれてありがとう。」
「子供?っていうかお前ここで俺たちの事待ってたって言ったな?俺たちがここに来ることが分かっていたっていうのか?」
「君は相変わらず質問が多いんだね、タクミ。エルフ族は僕を神として崇めている存在だよ?その存在がいなくなれば僕にとっては魔力の供給に危機を及ぼす事態なんだよ。だから彼らは僕にとっては自分の子供のような存在なんだよ。そして僕にはここにタクミが来ることが分かっていたよ。なぜならタクミは僕がこの世界に連れて来たんだからね。君の行動を僕は少なからず知ることが出来るんだよ。」
「俺の行動を知ることが出来ただって?ならお前は俺がこの世界に来て今まで何をしてたか知っているっていうのか?」
「まあ全部が全部知っているわけじゃないけどね。それなりに知っているつもりだよ?君があれから魔法を使えるようになっていることも、自分だけの魔術を造り出したことも。そして魔法騎士団に入隊してそこから逃げてここに来たと言うこともね?」
「なっ!?俺は逃げてなんか・・・」
フェルの言葉にアイズは驚きの、サリスは何か納得したような表情でタクミを見た。それに構わずフェルは淡々と続ける。
「まさか違うなんて言うつもりかい?タクミのせいでスコットは死んだ。これは誰の目に見ても明らかだと思うけどね。そしてその真実から君は目を背け逃げ出して、ここにたどり着いたんじゃないのかい?」
「やめろ!たしかにスコットは俺のせいで死んだ。だけど俺はそのことから逃げたわけじゃねー!ここに来たのだってスコットの仇を討つために手掛かりを探してだな・・・」
「やれやれ・・君は何も変わってないんだね。君はただ魔法が使えるようになっただけじゃないか。がっかりだな。タクミには期待していたんだけどね?タクミはきっとこの世界を面白くしてくれると思ってたんだけどなー」
つまらなそうにフェルが言う。
「勝手な事言ってんじゃねーよ!大体元はお前が勝手に俺をこんなところに連れて来たんじゃねーかよ!お前が俺をこんなところに連れてこなきゃ・・・」
「連れてこなきゃ君は元いた世界で無能の烙印を押されたまま人生を終えただけじゃないのかい?」
「・・・・っ!」
フェルの言葉にタクミは言葉を詰まらせた。
「この世界に来たことは間違いなくタクミにとって僥倖だったはずだよ。少なくともタクミにとっては変われるきっかけになったはずだよ。ただそれが良い結果になったかどうかは置いといてね?」
タクミは下唇をかみしめた。フェルの言葉に返す言葉が見つからなかった。
「まあまあ、可愛い神獣様。あんまりこの男をいじめないでやってくれよ。それで話を戻すんだがどうしてここでタクミが来るのを待っていたのか教えてもらえるだろうか?」
サリスがタクミの肩に手を当ててフェルに尋ねた。
「そうそう!話が脱線してしまったね!僕がここにいた理由はずばりエルフ族の騒動が原因だ。今回の事件の犯人について君たちは目星がついているのかい?」
「私は邪神教徒の関係者が怪しいと思っているのだが?」
「うん。その通りだよ。今回の事件は邪神教徒によるものだ。そしてこの邪神教徒のリーダーについて君たちは何か知っているかい?」
「いいや。」
「残念だがわからないな。」
アイズとサリスが首を横に振る。
「・・・エレボスって奴か。」
「どうやらタクミは知っていたようだね!そう、そのエレボスと呼ばれている存在なんだけどね!実は彼も僕が異世界からこの世界に連れて来た人間なんだ。」
「なんだって!?」
驚きの言葉を上げるタクミ。
「驚くのも無理はないねかなり昔にこの世界に連れて来た少年なんだが、今は邪神教徒のリーダーをしているみたいなんだ。」
「じゃあそいつの事も俺と同じように、お前には何をしているのか伝わってくるってことなのか?」
「そうだよ。僕は基本的には不干渉主義なんだが・・・。今回彼らは僕の子供たちに手を出した。こうなってしまった以上僕も沈黙しているわけには行かなくったわけなんだ。」
「なるほど。では神獣である貴方自身がそのエレボスの討伐に乗り出すというわけなのか?」
アイズの問いに首を横に振るフェル。
「それは少し違うね。僕自身が直接手下すのはこの世界の理に反することだ。だから手伝いこそしても僕自身が主だって行動することはないよ。」
「・・・どういうことだよ?」
「それはタクミ。君にエレボスの討伐を頼むということだよ。」
「・・・・はぁ!?いきなり何言ってんだよ!お前どこまで勝手なんだよ!?俺がそんな頼み聞くと思ってんのかよ!?」
「思ってるよ。」
「なっ・・・?そんなわけねーだろ!お前の頼みを聞く義理なんて俺にはないんだよ!」
「そうだね。だけど義理はなくても理由はあるかもしれないだろう?」
意味深にフェルが言った。
「・・・どういうことだよ?」
「アーバンカル。この街が今どういう状況になっているか知っているかい?」
「突然なんだよ?悪いけど知らねーよ。」
「だろうね。アーバンカルは今まさに、邪神教徒による総攻撃を受けている状況なんだよ。」
「は?邪神教徒の総攻撃だって!?そんな・・・あそこには魔法騎士団の本部だってあるんだぞ!?そんなわけねーだろ!」
フェルの言葉が信じられない様子のタクミ。
「信じられない気持ちもわかるけど、これを見てもそんなことが言えるかい?」
そう言うとフェルは神殿の壁にある映像を投影した。そこには至る所から黒煙を上げるアーバンカルの街の様子が映し出されていた。
「そんな・・・こんなことがありえるのかよ・・・」
「ここは、タクミに所縁のある街なのか?」
「ここは俺がここに来る前まで行動の拠点にしていた街だ。」
「これで僕の言うことも信じてもらえたかな?それでタクミに改めて聞こう。君は今からこのアーバンカルにいって邪神教徒のリーダーであるエレボスを討って来てくれないかい?」
「そんな・・・俺が行った所でこの騒ぎを沈められるのかよ?」
「やれやれ、僕は今出来るかどうかを聞いているんじゃないよ?するのか、しないのか。それを尋ねているんだよ。強制はしないよ?君の自由意思に任せよう。行くも逃げるもタクミの自由さ。」
「俺は・・・俺は・・・・!」
フェルの問いかけにタクミは下を俯き答えを出せずにいた。そんなタクミにアイズが近寄った。
タクミに近づいたアイズ。次の瞬間アイズはタクミの胸元を両手で掴んだ。
「タクミ!君は一体何を悩んでいるのだ!?この街には君の知り合いもいるのだろう!?君はそれでも何も思わないのか!?」
アイズの迫力に圧されるタクミ。しかしタクミも負けじと反論する。
「うるせー!俺はあいつの言う様にアーバンカルから逃げて来たんだ!そんな俺が今更どんな顔して行けばいいんだよ!?」
「一度逃げたからまた逃げるのか?そうやって目の前の苦難から逃げて生きていくつもりなのか?そうやって逃げ回った先に一体何が待っているというんだ?」
「それは・・・」
アイズの真っすぐな瞳から目を背けるタクミ。アイズは胸元から手を放しそっとタクミの両肩に優しく手をかけた。
「タクミ。君はここに至るまでにいくつも間違えてきたのかもしれない。大切なモノを失ってきたのだろう。しかしそれはタクミだけではないのだよ。人は生きている以上一度も間違えずに、何一つ失わずに無傷で生きるなんてことは不可能なんだよ。人は間違える生き物だ。大切なのは間違えてからどう立ち直るかだ。タクミ!君が立ち直るのは今じゃないのか?ここで逃げたら一生後悔するぞ!」
アイズは強い口調ながらも優しさを滲ませてタクミ尋ねた。
「・・・俺でも、こんな俺でも今からここからやり直せるかな?」
「ああ。大丈夫だ。私が保証しよう。誰もタクミに無能の烙印など押させはしない。そんな輩は私がこの剣で切り伏せよう。」
アイズが優しく微笑む。こんなに真剣にタクミに向かい合ってくれたのは初めての経験だった。タクミの中で熱い何かがこみ上げてきた。目からはその気持ちを表すようにしょっぱい雫が溢れてきた。
「へへっ。アイズが言うと本当にしそうで怖いな。・・・・ありがとう。アイズ。もう大丈夫だ。」
目から溢れた雫を腕で拭きとりアイズの真っすぐな瞳に応えた。そんなタクミの表情を見てアイズも安心したように手を放した。
「そのようだな。良い顔をしているよ。」
「迷惑かけたな。俺はここから変わるよ!もう逃げない!ここに約束するぜ!」
「ああ。」
タクミが拳を握りアイズに向けた。それにアイズも拳を作りお互いに拳を重ね合わせた。そんな二人をサリスが抱き寄せた。
「全く二人してカッコつけやがって!・・・だけどタクミ。アイズの言う通り今のアンタ良い顔してるよ。見違えるよ、まったく!というわけだ!可愛い神獣様!答えは決まったよ!」
「フフッ。どうやらそのようだね。これだから人間の観察はやめられないんだよね。そうと決まれば早速アーバンカルへと行くとしようかね!」
フェルもどこか嬉しそうな様子だ。
「アーバンカルに行くって言ったって、ここからなら最低二日ぐらいはかかるんじゃないのか?」
「普通ならね。だけどここにはこの僕がいるんだよ?このフェル様がね。君たちは僕がアーバンカルに送り届けよう。」
「送り届けるってどうやって?魔法でも使うのか?」
「へへっ。こうするんだよ。本邦初公開!フェル様の真の御姿のお披露目だよ!」
そう言ったフェルは次の瞬間、その可愛らしい姿を変化させていった。変化させたその姿はまるで白竜といった言葉が相応しい姿だった。まさに神獣そのものだ。
「これがフェルの本当の姿かよ・・・」
「どう?驚いてくれたかな?この姿で君たちをアーバンカルまで運ぶとしよう。いいかな?」
 「ああ!最速で頼むぜ!フェル様よ!」
フェルの背中に乗り込むタクミ達。フーリンはアーバンカルに援軍を引き連れてきてくれるとのことでここに残って後から合流するとのことだった。
こうしてタクミ達はキャンペルの神殿から危機を救うため、アーバンカルに向かうことになった。
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