作者ネタ切れにより「俺、幼なじみ(男の娘)と同棲します」は思いついた日常を季節関係なく書きます

煮干

4月7日(1)

 家のチャイムが鳴ると、寝ぼけ眼の大樹が現れる。


「今週の着替え持ってきたんだ!」


 明希の手にはキャリーバッグ。パンパンに膨れて、はち切れそうになっている。


「そんないっぱいいる?」


「いるよ。だって、寝巻きに普段着にブレザーに……」


 明希はキャリーバッグを下ろすと、指を折って数える。両の手では数え切れなくなり、ついには指を使わなくなる。


「……だよ!」


「なるほど」


「聞いてなかったでしょ」


 大樹は内心ドキッとするが、すぐさま表情を装う。


「聞いてたって、うん」
  

「じゃあ七番目に言ったのは?」


「……実家から送られてきた野菜?」


「やっぱり聞いてない!」


 明希が腕を組んでそっぽを向く。機嫌を悪くしてしまったことに勘づくと、大樹はすぐさま平謝り。


「ごめんごめん、悪気は無いの」


「じゃあ今度からはしっかり聞いてね」


「分かったよ」


 大樹はそう言うと、玄関のドア大きく押し開く。明希は頭を下げながら大樹の横を通っていった。


「お邪魔します」


 家に入ると明希は、靴を脱いで丁寧にそろえた。大樹がドアを閉めると、美樹が洗面台から顔をのぞかせる。


「あ、明希さんいらっしゃい」


 髪はボサボサで、口には歯ブラシ。美樹は朝の支度をしていた。


「お邪魔するね」


 明希がニッコリとすると、美樹も微笑み返す。


「どうぞどうぞ。くそ兄貴には気をつけてくださいね」


「お前なぁ……相変わらず口が悪いよな」


 大樹が大きなため息をついて肩を落とす。美樹は歯ブラシを置くと、アッカンベーをした。


「兄譲りです!」


 すると、隣にいた明希が思わず吹き出す。


「明希、何がおかしい?」


「ごめんごめん。なんか納得しちゃって……」


「えぇ!? 俺ってそんなに口悪い?」


 大樹は大げさに肩をすくめる。明希は目じりに浮かべた涙をはらいながら、弁明した。


「口が悪いわけじゃないんだよ。なんかさ、無駄に演技っぽいところとか似てるなって」


「あー、なるへそ」


 大樹は納得して頷く。


「妹のそれがいきすぎて厨二病にならなかったのは救いだね……」


 明希がしみじみ言うと、大樹は人差し指を明希に向けた。

「ほんとそれな。妹までなったら俺は切腹していい」


 大樹のその言葉に反応したのか、美樹が洗面台から出てくる。手にはドライヤー。何がしたいのか分からず、明希と大樹は首を傾げる。


「お前らの命を生贄にしてやる!」


 美樹がドライヤーを銃のように構えて、大樹は何かを察したようだ。


「おい妹。それで厨二病のつもりか?」


 大樹は指の骨を鳴らし、顔に青筋をうかべる。瞳孔は縮小して、酷く興奮していた。


「ほら、死んでよお兄ちゃん」


「甘い!  兄が厨二病とは何たるかを教えてやる!」


 大声と共に人差し指を振り下ろす。そんな大樹に美樹は冷ややかな視線をあびせる。


「けっこうです」


 キッパリと断るも、大樹はめげない。


「ダメだ! 兄として、厨二病としてお前に教えてやる!」


 ズカズカと近づく大樹に美樹は軽く恐怖する。


「明希さん助けて!」


「こ、こうなると止められないんだよね……」


 苦笑いをうかべ、明希はその光景を眺める。
 美樹の目は潤み、今にも泣きそうだ。


「犯される! ファッキンくそ兄貴に処女が散らされる!!」


「やめろ! 俺は手取り足取りお前に教えるんだ!」


「その言葉は誤解招くよね」


 明希が腕を組んでしみじみ言う。ちょうどその時、大樹は美樹に掴みかかろうとする。


「ちょ!  明希さん!  そんなこと言ってないで助けて!」


「これはしつけだ!」


「触られた! 孕まされた! もうお嫁に行けない!」


 美樹は腕を掴まれた瞬間、その場に崩れ落ちた。目からは大粒の涙をこぼし、大泣きする。


 大樹は美樹から手を離すと二、三歩下がる。さっきまで笑っていた明希も罪悪感を感じたのか、黙ってしまう。


「……なんかごめんな。でも、そこまでされるとお兄ちゃん傷つくんだけど……」


 謝罪をするも、美樹には届かない。美樹は泣き続ける。しばらくして、ピタッと美樹は泣き止んだ。


 唐突に泣き止む美樹を二人は気味悪そうに見る。だが、美樹はそんなことお構い無しに、ゆっくりと口を開いた。


「悪いことしたって思ってる?」


 声のトーンは低く、僅かばかりな怒気を孕んでいる。


「ま、まあ多少なりとは」


 大樹はバツが悪そうに答える。


「じゃあさ、誠意を見せてもらいたいよね」


 美樹の表情は一転。笑顔になる。けれどその笑顔は、どこか含みのある笑顔だった。


「ごめんは誠意をもって言ったよ」


 すぐさま大樹が反撃すると、美樹はモジモジし始める。


「形のある誠意がいいなぁ……」


「……分かったよ」


 大樹は大きなため息をついて、ガックリと肩を落とした。


「た、大樹は大変だね」


 明希はヘラヘラ笑いながら、さも他人事のようにその場を去ろうとする。


「何言ってるんですか、明希さんも同罪ですよ?」


 美樹はすぐさま手を伸ばして、横を通ろうとする明希の腕を掴む。ニコニコしていて、酷く不気味だ。

「えっ……」


 明希の顔が思わずひきつる。


「僕が何かしたって言うわけじゃ……」


「助けなかったよね?」


 美樹にそう言われると、明希はすぐさま視線を逸らす。


「後ろめたさはあったんだね。酷いな〜」


「ごめん。本当に許して……」


 小声で小さく呟くも、美樹は聞こえないふりをする。


「許して欲しいなら……」


 美樹は繊細な指を明希の細腰に這わせる。その光景は、奴隷と奴隷商人のように見えなくもない。


「な、何すればいいの?」


「ハンバーグ食べたい」


 震えて弱々しい声に美樹は即答する。

    
「わ、分かった。今から取り掛かるね」

 美樹は手を離して明希を逃がす。明希はキャリーバッグを廊下において、キッチンへと駆け出した。


「じゃあ次はお兄ちゃん」


 指をさされた大樹は、生唾を飲み込む。目をつぶり、覚悟を決めた。


「私の部屋に来て」


「はぁ!?」


 予想外の言葉に大樹の口から素っ頓狂な声がでる。


「誠意」


「はい!」


 大樹に断るという選択肢はなかった。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品