異世界スキルガチャラー

黒烏

兄妹の心情

「さて、ここまでが僕の魔眼覚醒に至るまでのストーリーだ。少々長くなってしまってすまない」
「でも、本題はここからよ。正直、本当に思い出したくない過去だけど」
「だがゼーテ、話さない訳にもいかない。僕達の人生に最も影響を及ぼしたあの悪魔のことを」
「そう、ね。良いわ、話す。ただし、話すのはこの一回こっきりよ」
「では、始めよう。僕は強盗を殺し、ゼーテを連れて家に帰った。その日の夜の話だ」
「……1日の内に人生を揺るがす大事件が2つ起きたんだ。狂おしいほど忘れたいが、記憶に刻まれた光景はもう離れない」
「全て話そう。僕達の人生の道を決定づけた、「傲慢の悪魔」との邂逅について」









兄妹は帰宅後、両親が帰ってくる前に急いで風呂に入り、体中に着いた血を洗い流した。
服はシーヴァが洗剤と魔法をふんだんに使用して綺麗さっぱり洗濯した。

「出来れば、事件への関与なんて一切疑われない方がいいんだ。新聞になんて載りたくない」
「そうね。……洗剤使っちゃった言い訳はどうするの?」
「そこは、僕がうっかり床に落として中身をぶちまけてしまった事にするさ」

妹の疑問に、兄は笑いながら答えた。
その後両親が帰ってきたが、一切事件についてはバレることなく夕食まで済ませることが出来た。


夕食後、シーヴァは改めて自分が何をしたのか思い出してしまった。
その瞬間に激しい不快感を感じ、トイレに駆け込み嘔吐し出す。
今まで、妹の身を守る為に脅し文句で「殺す」というワードを使ってきた彼であったが、本気で人を殺そうと思ったことは1度もない。

(もちろん、あの時ゼーテを救わないという選択肢は無かったし、後悔もしていない)
(だが……今思い返すと、あの感じ…)
「うっ!おえぇぇぇ………」

胃の中身をすっかりからにして、ヨロヨロとトイレから出てきた兄を、妹はドアの目の前でじっと待っていた。

「どうした、今日は疲れたろう?部屋でゆっくり休んだらいい」
「……1人、嫌」
「おいおい、幼稚園児でもあるまいに」
「お願い」
「………はぁ、分かった。全く、しょうがない妹だな」

溜息をつきながらも笑顔で妹に手を差し伸べる。
ゼーテはその手を取ると、ぎゅっと強く握り締めた。

「よし、じゃあ今日は僕の部屋で一緒に寝よう。ゼーテ、お前の部屋に寄ってなにか取ってこようか?」
「ううん、いい。取り敢えず、お兄ちゃん以外の誰とも会いたくない」
「……そうか」

その後はお互いに無言のまま、シーヴァがゼーテの手を引いて歩くという形で廊下を進み、シーヴァの部屋に入った。

「適当に座ってくれ。ベッドの上でもいいぞ」
「…お兄ちゃんの匂い着きそう」
「お、言ってくれるじゃないか。そんなお兄ちゃんの匂いまみれの部屋に来たいと言ったのはどこの誰だっけ?」
「………」
「ふぅ、まあいいさ。ゆっくりしててくれ。今お菓子やら何やら急いで取って来る」

そう言い残すとシーヴァはゼーテが止める間もなく物凄い速さで後ろ手にドアを閉めると、キッチンへと走っていった。

「……行かないでって、言えなかった。でも、言えない方が良いかな。だって、こんな妹だって知られたらお兄ちゃんにまで見捨てられちゃうから」

ゼーテは兄のベッドにうつ伏せで横になると、枕に顔をうずめて大きく鼻で深呼吸した。
鼻腔に、馴染み深い香りが広がる。彼女がこの世で唯一尊敬し、唯一信頼し、そして初めて 「愛した」人物の香り。
肺の奥まで息をたっぷりと吸い込み、全てを吐き出す。

(見られたら、全部終わっちゃう。でも、でも……離れたくない……)
(大……好きな、お兄………ちゃん…………)

ゼーテは兄の香りに包まれながら、その意識を手放してしまった。




数分後、両手に盆を持ったシーヴァが足でドアを開けて入って来た。
盆には親に「勉強のための糖分補給」と嘘をついた菓子類とジュースが乗せられていた。

「ゼーテ、戻ったぞー。ドーナッツ食べるだろ?」
「ゼー……ああ、寝ちゃったか」

ベッドに突っ伏して身動き一つしないゼーテを見て、シーヴァはやれやれと首を振ると、盆を床に置いてベッドに歩み寄った。

「枕に顔うずめてたら窒息するぞ」

妹の体を回して仰向けにする。
その顔は涙に濡れていた。

(泣くのも仕方ない。昼間にあんなことが起きたんだ。今まで泣かずにいられただけで大したものだよな)

明かりの加減でキラキラと輝く銀髪を優しく撫でながら、眠る少女を見つめる。
自分が守らなければいけない少女。極限まで愛おしい自分のたった一人の「妹」。

「……これじゃ僕はベッドで寝られないな。よし、床で寝よう」
「あー、菓子類、どうするか。……食べるか」

シーヴァは2人分用意した菓子をペロリと食べ、ジュースも飲み干すと、明かりを消し、着の身着のままで床に横になって眠りについた。










深夜、兄妹は何かがガラガラと崩れるような轟音を聞いて目を覚ました。
雷雨でも降っているのかと窓から外を確認するが、外には美しい満月が出ている。
ということは、轟音は間違いなく家ので発生したと考えられる。

「お兄ちゃん……」
「僕が見てくる。ゼーテはここにいろ」
「嫌。一緒に行く」

部屋を出ていこうとするシーヴァの袖を掴んで首を横に振るゼーテに、シーヴァは渋々頷いた。

「分かった。じゃあ、僕の後ろについてくれ。何かあったら守れるように」
「うん」

兄が前、妹が後ろとなり、真っ暗な廊下を進む。
照明は全て粉々に割れてガラス片が床に飛び散っていた。

「踏まないように気をつけるんだぞ」
「分かってる」

足元に注意しながら恐る恐る廊下を進み、居間まで辿り着いた。
居間のソファには、両親が座っている。

「父さん、母さん!これは一体どういう……」
「シーヴァ、駄目!上にいる!」
「なっ…………!?」

ソファにいる両親に駆け寄ろうとしたシーヴァの肩を掴んで引き止め、ゼーテは上を指さす。
天井を見上げた兄妹は、言葉を失った。
そこにいたのは、異様な姿の男。

「いやはやお嬢さん、勘が鋭いね。私がここに居ると気づくとは」
「では、その勘の良さに敬意を評して、君達と同じ目線で会話してあげよう」

男は、。つまり、天井に足をついて直立しているのである。
男はフワリと跳躍して床に降り立つと、トントンとかかとを2回鳴らす。
すると、男の体が黄金に輝き出した。
いや正確には、男が身につけている紳士服とシルクハットが金色の輝きを放ちだしたのだ。
更に手にはステッキを持っていたようで、そちらは純銀の輝きを放ち出している。

「フフ、驚いたかね?私は、人間に「悪魔」と呼ばれている存在だ」
「訳あって「神眼」という才能を持つ人間を探している。そして、君達のどちらかが不思議な「眼」の力を持っているという話を聞いたので、お邪魔したというわけだ。ああ、ご両親は心配するな。既に楽にして差し上げたよ」
「さて、答えてもらおうか。どちらがその「眼」の力の持ち主なのかね?」

そう問う男の顔はスーツの輝きが強いせいでよく見えない。
しかし、その双眼だけは不気味な程よく見えた。
黄金の光のせいで影になっている顔の中で唯一、両目だけは見えた。
何故なら、その目が服やステッキの輝きとはまた異質の、深紅の輝きを放っていたからだ。

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