スキルを使い続けたら変異したんだが?

クルースニク

第二十四話 降り立つ者

 目を焼く閃光に、俺は顔の前に手のひらをかざす。
 背後でズザァッとフィールドを滑る音が聞こえた。振り返ると、ナツメが手と膝を地面へ着いていた。

「はあ――、はあ――……」

 荒い息に、頬を伝う大量の汗。顔色もどこか青白い。
 あれだけの速度での連続攻撃。スタミナが持たなかったか。

 なるほど。
 どういう理由で存在していたのか疑問だったが、ゲームバランスを保つためのものだったようだ。

 現実逃避にそんなことを考えていると、輝きが収束していく。
 その中心点。ゴーレムの残骸の中に其れは降臨した。

 人間離れしたアメジスト色の髪。そこから覗く耳には、インカムに似た部品。首元からつま先まで、所々から褐色の肌が覗く純白の装甲を纏っている。
 光の翼を背にした天使が、髪色と同じガラス細工のような瞳をこちらへ向ける。

『モードチェンジ完了。
 個体識別コード、アイズ。これより敵対勢力を殲滅します』

 淡々とした女の声。
 それが俺の耳に届くときには、その精巧な造形をした顔が目前に迫っていた。

「ッ!」

 紫の輝きを纏った拳を刀の柄でガードできたのは、奇跡に近かった。
 音速を超えた速度の打突に、俺は木の葉のように吹き飛ばされ、観客席下の壁に背後から衝突した。

「がっ――ッ」

 腕全体に走る衝撃に、緋桜を取り落とし掛けるが歯を食い縛って堪える。
 直撃を喰らったわけでもないのに、HPゲージが三割ほど削られていた。
 本能が咆える。全力を出さねば死ぬと。

 クリムゾンブレイズの使用を決めた直後、ぐらりと俺は膝から崩れ落ちた。

「……?」

 疑問の声は、しかし言葉にならない。
 体が焼けるように熱い。手足が痺れて痛み、全身が重く力が入らない。HPゲージを見ると、徐々にだが確実に減少している。
 まさか、バッドステータス……⁉

 幾度となく身体を動かそうと試みるが、言うことを聞かない。

『無駄です。このウイルスに耐性を持つ存在はありません。
 最優先目標の戦闘能力の低下を確認。このまま撃破します』

 冷淡な宣告が耳に届く。
 しかし、もはや防御すらままならない。迫る死の一撃は、

「ダメっ!」

 横からのナツメの体当たりによって、その軌道を変えられる。
 だが、動じずにアイズは宙でその身を反転させ、

『ターゲット変更』

 ナツメの迎撃に移った。

 両手に禍々しい光が宿る。振るわれる拳打を、ナツメは光へ触れないように手刀で流す。
 何かがおかしいと俺は感じた。
 先にゴーレムを圧倒していた速度が、今の彼女にはない。スタミナ以前に、まるでステータスが減少しているような……!

 俺は気付き、重い首を動かして観客たちを見る。
 彼らが注目しているのは、もはやゴシック姿の美少女ではなく。ゴーレムという強大なモンスターから現れた、美しい機械仕掛けの天使。
 今、観客の心を揺れ動かしているのはアイズ。揺らすべき心を奪われ、ステータスが減少しているのか。

 段々とさばき切れなくなり、その顔へ焦燥の色が滲む。
 ナツメは足払いを掛け、アイズの気が逸れた一瞬の隙をついて背後へ跳ぶ。
 そして、両手を前へ突き出した。

「エモーション・シャインッ!」

 前方へ幾科学的な模様。魔法陣が浮かび上がり、その中心から七色の光弾が放たれる。
 その全てがアイズのもとへ殺到し――虹色の輝きが炸裂した。

 彼女の言っていた戦闘時限定のユニークスキル。
 これで、終わってくれと俺は祈るが。

『軽微な損傷を確認。戦闘を続行します』

 無常な声と同時、美しいエフェクトが毒々しい紫の煌きに吹き飛ぶ。
 そうして現れたアイズのHPバーは、一割すら削れていない。

「嘘……?」

 茫然とナツメが呟く。
 その顔にもう戦意は感じられない。

『奥の手は最後まで取っておくものです。さようなら』

 人間じみた言葉を発して、アイズの広げた翼が赤紫に染まる。
 その瞳は、俺もナツメも見ていない。ならば、来るのは超広範囲スキルか。
 死を予感する。考えてみれば、このゲーム始まって初の敗北だった。

 まあ、貴重な経験だと思って受け入れるしかない。
 ユニークモンスター相手に余裕を持つと痛い目に遭うという良い勉強になった。
 今度からは傲慢さを捨て、最初から全力で挑もう。

 緋桜を無くしたら、やっぱりリアナに怒られるのかな。

 ――うん、怒るよ。

 ッ⁉
 脳裏に響く声に驚愕すると同時、アイズがスキルの名を口にする。

『ヨルムン――』

 ――でも、ユウトは死なないよ。

「――ヨルムンガンド」

 寸前。アイズの足元にヒビが走り、砂下の岩床が溶岩と共に爆発した。
 そのスキルを、俺は知っている。

 吹き上がるマグマと共に、赤ん坊の頭程もある破片が次々とアイズに襲い掛かった。装甲と褐色の肌が焼け、焦げた臭いが鼻をつく。

 ――あの子が来たから。

 黒い影が、俺の前へ降り立った。
 サラサラと揺れる黒髪。細く華奢な後ろ姿が、今は頼もしい。
その手に握られているのは、大蛇の彫刻が特徴的な杖。

 観客、司会、あの壮年の男すら突然の闖入者に声も出ないようだった。

 ――闘技場に乱入とかありなのかよ。

 不自然な沈黙が支配する会場の中で、俺は思わず苦笑を浮かべた。

 彼女はこちらを振り返らずに、アイズと対峙する。
 無言で俺を背中に庇う様相は、まるであの時と逆だ。

『あなたは――……ッ』

 アイズが地面に膝を着く。
 瑠璃色のエフェクトが彼女の体へ纏わりついていた。

「無駄よ。このウイルスに耐性を持つ存在はいないんでしょう?」

 苦しむアイズを眺め、レナは愉快そうに嗤った。


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