スキルを使い続けたら変異したんだが?

クルースニク

第十七話 魔女

 運営スタッフの中にもそういう悪ノリが好きな人間が居たのだろうか。
 どう考えても、これはそんなスキルだ。
 可愛いは正義を具現化したようなスキルが存在するとは、やはりこのゲームは面白い。

 先ほどナツメの体が光ったのは、俺が彼女のことを可愛いと思ったからだろう。
 それならば、彼女がこんな格好をしているのも納得ができる。
 ナツメにとっては、服のコーディネートがそのまま攻撃や防御力に直結するといっても過言ではないのだから。

「ユニークなスキルだな。変動値ってどれぐらいなんだ?」

「わかりませんけど、最高で全ステータス500アップしたことがあります!」

 自慢げに胸を張るナツメ。ブラウスを押し上げる双丘に目を奪われるが、慌てて逸らす。
 女の子は視線に敏感だという話を聞いたことがあったからだ。
俺のことを王子王子という彼女の期待を、ちょっと裏切りたくない気持ちが出てきていた。

 だが、凄まじい引力を誇るソレに、幾度となく視線が吸い寄せられる。
 おい、馬鹿、違うことを考えろ。全ステータス500アップかぁ。はは、すごいなぁ――って全ステータス⁉

 俺は驚愕に唸る。
 レベル50の俺ですら敏捷値は300台だ。それを軽く超えている。
 500も上がったら、クラスごとに設定されている苦手ステータスなんて帳消しだ。

 しかし、ステータスが“上昇”ではなく“変動”ということは、もしかすると減少されることもあったりするのだろうか。

「しかもしかも! そのステータスを消費して専用アクティブスキルが使用できるんです!」

「専用アクティブスキル……?」

 俺が繰り返すと、彼女は頷いた。

「はいっ! 今は表示されてないんですけど、戦闘しているときにスキルを確認したら見つけたんです」

 戦闘時限定出現のスキル、そんなものがあるとは。
 クリムゾンブレイズと言い、彼女のスキルと言い、ユニークスキルには壊れたものしか存在しないのだろうか。

「ユウトさまは、あたしに何か隠し事をしたりしてないですか?」

 隠し事って。会って十五分も経っていない人間にそんなことを教えるは奴はいないだろう。いや、目の前にいるんだけど、彼女は例外にしていいと思う。

「例えば、女の子と一緒に暮らしているとか。
 ……なぁーんて、そんなわけないですよね」

 自分で言って、自分で笑っていた。
 ずばり言い当てられた俺はなんて答えていいか戸惑っていると、ガッ、とやおら俺の手首を彼女が掴んだ。

「そんなわけ、ないですよね?」

 嘘を言えば切り捨てられそうな剣幕に、俺は負けた。
 このゲームにまともな女の子はいないのだろうか。

 早く和樹と合流してワイワイゲームを楽しみたいなぁ……。


 修羅場。
 そんなもの、俺には一生縁がないと思っていた。

 ゲームや漫画で少女の間に挟まれて狼狽する主人公に、「しっかりしろよ情けない男だな」とか思っていた自分を殴り飛ばしたい。
 胃が痛いとか贅沢言ってんな。俺には身近な女の子なんて妹しかいないんだぞと嘆いていた自分を張り飛ばしたい。
 気心知れている分、妹の方が百倍良い。

 果たして今の俺の状況を羨む人間がいるだろうか。

「あなたがあたしの王子さまをたぶらかす魔女ね⁉」

 止める俺を完全に無視して小屋へ乗り込み、びしっと指を差すナツメ。
 料理の試作の途中だったのか、ナイフを片手に現れたレナはそら恐ろしい笑顔でこちらを見た。

「どういうこと?」

 こっちが聞きたいです。

 ああ、すごいなぁ主人公って。二人だけでもこれなのに四、五人の女の子に囲まれて楽しく過ごせるなんて。それが主人公に一番必要な才能なんじゃないだろうか。
 どうしよう、今すぐ何か用事を言い出してログアウトしようかな。でもログインするまでずっと待ってそうな気がして怖いなぁ。

 脳内で現実逃避をし始めた俺の前にナツメが立った。まるで庇うようにして。

「――安心して、王子さまはあたしが守るから」

 それ、王子の台詞。
 っていうか、いつの間にか王子呼びに戻ってるし。

「ふーん、王子。王子さまね。
 随分と面倒くさい女の子を引っ掛けてきたじゃない」

「いや、お前も大概――」

「あ?」

 やめて! もう俺の心はボロボロよ!

「王子さまをいじめないで、この魔女!」

 再びの魔女呼び。
 恐る恐る顔色を窺うと、存外満更でもなさそうな顔をしていた。

「魔女。魔女か。うーん、悪くない響きかも」

 指を唇に当て、ふふ、とレナは笑う。
 うん、魔女だ。

 余裕を見せる彼女に、ナツメはカッとしたように言った。

「この絶壁!」

 ぴきりっ、と。
 俺は、空気が凍り付いたような錯覚を覚えた。
 レナは笑顔を張り付けたまま。

「人の身体的特徴を馬鹿にしちゃいけないって義務教育で習わなかったのかしら、この脳内お花畑女は」

 その恐ろしく低い声音に、俺は身体を震わせた。
 揺さぶりに成功したことを確信したナツメは、その顔に嗜虐的な笑みを浮かべた。

「え? 今、絶壁って言っただけなのに何を勘違いしてるんですか?」

「なんの意図もなく他人様に絶壁っていう癖があるなんて、随分と難儀な人生を歩んできたんでしょうね。同情するわ」

「あたしも同情します。あなたの将来の彼氏さんや旦那さんに」

「私も同情するわ。あなたのメルヘンな妄想に嫌々振り回される彼氏や旦那に」

「……あなた、友達いないんじゃないですか?」

「……あなたこそ、友達いないんじゃない?」

 バチバチッと、ぶつかる視線に火花が散る。
 怖い、怖いっ、怖い!


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