異世界転移するような人が平凡な高校生だと思った?
54話 神は願う
シン、と静けさが広がるダンジョン100階層。
 
その最も最下層。ボス部屋は今、先程の騒動からは想像もできないほど静かだった。
「....〝回生〟....〝回生〟........〝回生〟」
 そんな静けさの中で木霊する必死そうな声。
「〝回生!〟」
 声の在処を辿ると、そこには片腕が無くなり、大量の血が流れた後が残り、死んだように動かない少年が倒れていた。
 そしてその傍らには綺麗に斬られた龍の首。こちらは今も大量の血が流れており、自分の血により、元の美しい白一色の鱗は、真っ赤に変色していた。そして段々広がっていく血は、少年の血と交わり合う。
 そんな事を気にする間もなく回復魔法を続ける少女、ミスラは自らの無力を嘆きながら、ずっと魔法を唱え続けていた。
「〝回生〟〝回生〟〝回生〟〝回...〟」
(魔力が....)
 だがそれも魔力切れでいつかは途切れてしまう。それを知ってても、なお....
「〝回生〟〝回生〟〝回生〟」
(祐は十分過ぎるほどに、役目を果たしてくれた。今度は私が、役目を果たす番です)
 いつの間にか、祐の隣にはシュナも座っていた。少しは魔力が回復し、どうにか動けるまでにはなったようだ。
「私のも..使っテ」
 シュナはそれだけ言うと、ミスラの肩に手を乗せる。そこから淡い光を発したと思った途端、シュナは魔力切れを起こし倒れた。
「ありがとう。シュナ」
 ミスラは少し魔力が回復したのを感じると、すぐに魔法の行使を再開させる。
 何度も、何度も、それだけ掛けているのに、未だに祐の容態は好転しない。傷口はとっくに塞がっている。だが、失った血を回復させることは出来ず、今出来るのは悪化しないように死ぬ寸前の祐を引き止めることのみ。
 
 正直に言えば、詰んでいる。
 魔力はいつか尽きる。その瞬間までに、祐の自己回復が悪化を止めるのはほぼ、いや確実に不可能。
「〝回生〟」
(でも、諦めない....絶対に......)
 意識が持っていかれそうになったら自分をビンタして無理やり起こし。すぐに魔法を行使。それを繰り返す。
 何も聞こえない空間で、1人で。
(この感じ、天界にいた頃と同じですね)
 いつも独りで、恨まれながらも、感情を消して世界を回り、人材を見つけては即異世界送り。酷くつまらなくて、心が荒む日々。
(でも、今は少し違います。1人ですが、独りではありません)
 
 こんな私を助けるという人がいます。1度は殺した方がいいと思ってしまったのに、私に笑顔を見せてくれる人がいます。
 昔の私なら、失ってしまえば同じ、と思っていたでしょうが、今は違います。全然違うのです。
 だって失ったら「悲しい」という感情が残るのですから。
 だから助ける。助けたい。お願いします。
(こんな時...神は何に願えばいいんでしょうね──────)
***
 瞼を開くと、まず目に入ったのは高すぎる天井。
 体を起こそうとしたが、全く動かない。その代わりに襲ってきたのが凄まじい倦怠感。血の匂いも充満して、最悪と言っていいほどにだるい。まだ気絶していた方が100倍マシだった。
「.......っ...........」
 というか、声も出ない。声帯潰れてたらやだなぁ.........って、そんな事よりも重要な確認事項を忘れてた。
(....俺........生きてたのか)
顔は動かせないから確認は出来ないが、白龍は倒せたと自信を持って言える。白龍を斬った時の光景は、鮮明に覚えてるのだ。
(ミスラが、頑張ってくれたのかな)
 正直、それ以外に俺が助かってる意味が分からない。そもそも、あの高さから落下してる時点で死んでてもおかしくなかった。
(あーぁ....やめだやめ、ダルすぎて考えるのもダルい.....)
 だから、この最悪な状況で、どうにか寝ることが出来ないか試みた。
***
「....ん」
 理解はしていた。どんな覚悟を持っていたとしても、魔力は切れる。諦めなくたってどうにかなるものではない。
 ミスラはだるい体を無理にでも起こす。
 傍らには未だに倒れたままのシュナと.....祐。
「........」
(ダメ....でしたか.......)
 ここまで来て、最後の最後で失ってしまった。
(何が....いけなかったんだろ....)
 気づけば、目から雫が落ちていた。
 意味が分からず狼狽してしまう。それでも、心の内から込み上げてくるものが止まらない。
(なんで......なん...で今....こんな.......)
 視界が歪んで前が見えない。すぐに裾で涙を拭き取った。
 数分ほどただただ溢れてくる涙を、拭き取り続ける。
涙とは、人の感情を抑える何かでもあるんでしょうか.....少しだけ、気分が軽くなった気が─────
 そこでミスラは気づいた。
「...........」
 祐が目を開けて、こちらを見ていることに。
 
「......へ?」
 双方見つめ合いながら沈黙。それが数秒続くと、初めに口を開いたのは────
「な...なな......なななななななっ!?」
 『な』しか言わなくなったミスラであった。
(え!?初めから開いてた!?いや、でも!なんか目動いてるし....瞬きしてるし!!!)
 驚いてるのか、嬉しいのか、恥ずかしいのか、なんの感情を出せばいいのか分からず頭が渋滞してしまう。
「.........」
「..........なにか....話してくださいよ」
「.........」
(まさか...言葉が発せない?)
 ありえないとは思うが、目の前の現実を見れば、奇跡が起ったとしか言い様がない。
 ギリギリ自己回復が間に合って、不必要な回復は後回しに、死ぬのを免れるよう自己回復が進んだと考えれるのが妥当。
 冷静に判断は出来てる。なのに....なのに........
 羞恥心が全ての感情の上を行ってしまった。
 今すぐ目の前の男の頭から記憶を消し去りたい。でも殴るのは流石にヤバいのはわかっている。もしそんなことをすれば、即死必須。ならばせめて遠くに逃げたい。けどまだ安心と言える状態ではない祐から目を離すのは有り得ない。
(詰んだ....生殺しです..........)
 しかも一言も発さず、ただ見つめてくるだけと言うのが、余計にミスラの心をえぐってくる。
「〝回生〟」
 どうしても耐えきれなくなったミスラは、少しだけ回復した魔力で、苦し紛れの回復魔法をを行使した。
 祐の方も、私が恥ずかしがってるのを見て空気を読もうとしたのか、目を瞑ろうとする。
「目を....閉じないでください」
 すると、突然冷静になって、おかしな事を言い始めるミスラに目を見開く祐。
「不安です。怖いんです。次目を閉じたら、もう二度と目を開けない気がして......だから、閉じないでください」
 何も恥ずかしがることなく、素直にそんな事を言ったミスラ。
 表情もまともに作れないのか、なんの応答も無かったが、祐は目を閉じず、真上に目を向けた。
 必然と生まれる沈黙。二人とも視線を合わせず、何も発さず、静かに回復を待つ。
 だがそこに気まずさはない。むしろどこか、暖かさまで感じるような時間が、この空間にはあった。
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コメント
白華
そのまま死ねばよかったのにね