異世界戦国記

鈴木颯手

第五十三話・謀殺

負けを悟った清康は信繫が突破する前に本陣を出て少数の兵のみで戦場を脱出していた。彼は居城である岡崎城ではなく尾張からの侵入を防ぐ安祥城に向けて馬を進めていた。岡崎城は元々清康が滅ぼした松平分家の居城で中には清康を快く思っていない者もおり清康はそれを警戒したのである。
「殿!安祥城まで安祥城まで後少しです!」
清康の前を走っている兵がそう答える。清康が前を見れば見慣れた城がぼんやりと見えてきていた。そう思った時自身の乗る馬が疲れ果てていることに気付いた。
「…一旦休憩する。ここは既に三河。信繫もここまで追ってくるほど無能と言うわけではないだろう」
自分の主家が危険な状態で深追いはしないと判断した清康は馬を休ませるために休憩を取らせる。兵士たちもここまで走りっぱなしであったため清康の名が下ると糸が切れたように倒れ始める。地面に倒れる者、水を浴びるように飲む者、疲労していても警戒を解かず槍を支えにして立っているもの等がいる。清康も馬を休ませるため降りると近くの岩に腰を掛けた。そこへ家臣が近づいてくる。
「殿、我らの兵は…」
「…運が良ければ半数は戻ってくる。最悪の場合誰も戻らない可能性すらある」
清康は自身の命を守るために五千近い兵を何も言わずにおいてきていた。そこから判断して撤退する者もいれば城攻めにこだわる者もいるだろう。その際にどれだけの犠牲が出るか分からなかった。
「…とにかく今は安祥城に戻る事だ。そうすればどうにでも出来る」
清康は慢心していたとはいえ家督を継いで直ぐに三河をほぼ統一した武将である。清康が動かせる兵は一万を超えまだ余裕はあった。
「とは言え暫くは尾張に首を突っ込む場合ではなくなるだろう。この機会に独立しようとする豪族が現れるはずだ。先ずはその者を制してから…誰だ!?」
清康は今後の行動を軽く考えていると後ろの草木が揺れ始め直ぐに立ちあがると後方に下がって警戒する。その行動に休んでいた兵も立ち上がり武器を構え始める。
そして現れたのは…、
「殿」
「…弥七郎か」
現れたのは一人の青年であった。歳は信秀と同じくらいで着ている鎧はボロボロであり所々に返り血と思われる血が付着していた。
名を阿部弥七郎正豊と言い清康に仕える阿部大蔵定吉の息子である。
「ご無事で何よりです」
「弥七郎、大蔵はどうした?」
清康の問いに正豊は顔を伏せる。それだけで清康は察したが正豊は言う。
「逃げる途中で落武者狩りにあい、某を助けるために…」
「…そうか」
正豊の言葉を聞き清康は武器を下ろすと周りを警戒する。
「…弥七郎、お前も少し休め。ここまでくれば安祥城は目前。信繫もここまでは追ってこまい」
「…はい」
正豊は清康に促され座ろうとした時であった。彼は何かを見つけたらしく清康を横に突き飛ばしたのである。
「弥七郎!何を…!?」
思わず正豊に問いかけようとした清康は言葉を失った。正豊は頭に矢を刺した状態で仰向けに絶命していたのである。しかもその場所は清康が直前までいた場所である。それを見た清康は叫ぶ。
「敵だ!全員警戒せよ…ぐっ!?」
清康はそう叫ぶが続いて放たれた矢を喉に受けてしまう。清康はせめても相手を知ろうと体を反転させるが更に放たれた矢によって頭を刺されそのまま絶命してしてしまう。
「殿!?」
周りの兵が清康に近づくもそれは周りから現れた兵によって中断させられた。
「貴様等!我らを松平宗家の者と知っての無礼か!」
家臣はそう叫ぶが囲む兵は特に応じずに切りかかってくる。家臣たちは奮戦したが倍以上いる敵の前に全員が切り殺された。
「…松平清康、確かに討ち取りました」
清康の死骸を確認した一人の兵がそう言うとその後ろから身なりのよさそうな武将が現れ不敵に笑った。
「ふ、これで松平はわが物だ。フハハハハハ!!!!」
武将の笑い声は周りへと響くのであった。

「異世界戦国記」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「歴史」の人気作品

コメント

コメントを書く