ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~

佐倉唄

4章7話 イヴ、思い出す――(1)



「早急――『1つ目の用事』は終わった。早く2つめの用事を終わらせないと……」

 死にそうなほど具合が悪そうな表情かおをしながら、シャーリーは貧血に酷似している感覚をこらえて懸命に廊下を走る。

 時は遡り、場所も移り、まだロイと第1特務執行隠密分隊の戦闘が始まる前、だいたいシーリーンとティナが再会した頃、ロバートに国王陛下への伝言を預けどこかへ消えてしまったシャーリーは、実は七星団の本部という非常に身近なところにいた。
 具体的にはイヴが意識不明の状態でベッドに横たわっている集中治療室を目指して。

 ドアが開き、そこからシャーリーが現れた瞬間、集まっていた医療魔術師たち7人はみな一様に驚く。
 自明だ。王国最強の戦闘集団の12名の中で、上から4番目のシャーリーの魔力が子供同然ように、それも魔術の才能にあまり恵まれなかった子供同然ように欠乏しているのだから。

 イヴのヒーリングを助手に任せ、この中で一番権限があると推測される男性がシャーリーに近付いた。もっとも、七星団上層部のシャーリーに対し、集団を代表して近付いてきた、という対応そのものから一番権限がある、と、推測したわけだが……。

「シャーリー様!? どうしてこちらに!? ま、まさかっっ、どこか負傷なされましたか!? すぐにベッドと医療魔術師を手配いたしますので……っっ」
「感謝――だが、必要ない。今回は別の用事でここにきた」

 不幸中の幸いで、イヴの肉体的損傷はほとんどヒーリングし終わっている。イヴを現在進行形で苦しめているナニカが魔術的なモノなのは明らかであり、都合よく、戦闘で汚れた七星団の制服を着ているシャーリーが着替える必要はなかった。
 余談ではあるが、医療魔術師たちもロイの前世でいうところの術衣に相当する服装をしているわけではなく、修道服を着て首から十字架を下げてイヴのヒーリングに専念していた。

「そ、それでは、いったいどのような……?」
「命令――フェイト・ヴィ・レイク様のヒーリングを即刻中断して、この部屋から退出してほしい」
「な……っ!?」

 シャーリーのその発言に、そこにいた医療魔術師全員が彼女の正気を疑ってしまう。
 今治療している彼女は王族の妹であり、光属性魔術の適性で将来的に枢機卿であるセシリアさえ上回ると見込まれている逸材なのだ。そうでなくても七星団の団員、つまり国防を担う同胞、魔王軍に戦いを挑む上での仲間なのは明白で、今のシャーリーの発言はどこからどう考えても、仲間を救うな、見殺しにしろ、としか捉えることができない。
 一方、シャーリーは彼らの心境など意に介さず、続けて要求を話す。

「代理――別に彼女様を見捨てるわけではない。貴方様たちの代わりに私めが彼女様をヒーリングする」

「? それでしたら、シャーリー様が主治医になり、我々が助手に回れば……」
「却下――それはできない。今回のヒーリングは私めが1人で行う必要がある」

「えぇ、っと……」
「謝罪――困惑させてゴメンなさい……。でも、これは世界を救うために必要なこと。命令するくせに事情の1つも話せなくて申し訳ないけど……、どうか、わかってほしい……」

 すると、シャーリーは頭を下げた。
 それが彼女の考えるせめてもの誠意だったから。

 逆に医療魔術師たちは彼女の命令の内容よりも、彼女の謝罪に戸惑ってしまう。どう対応すればいいかわからないなんてレベルではない。その対応のために思考さえ、目の前に下げられたシャーリー、つまり上官の頭が衝撃的すぎて、ただの1つさえまとまらない。
 正直、シャーリーは七星団の上層部の団員ではあるが、本来、かなりいい子なのだ。他人にお願いをする時はきちんと理由を話そう! 間違っていることをしてしまったら素直に謝ろう! そんな初等教育の子供のようなことを守ろうとしているのが彼女で、実力は特務十二星座部隊に相応しいモノを持っているのだが、軍事力を持つ組織の上層部の一員としての素養は実のところ、そういう意味ではかなり低い。

 つまりなにが言いたいのかというと、シャーリーが頭を下げるのは、少なくとも本人にとってはごく普通、自然のこと、ということである。
 が、問題なのは、周りがそれを普通とは認識してくれず、シャーリーにとっての普通で多大な混乱が生じてしまうことなのだが……。

「…………っ、わかりました、シャーリー様」

 声が聞こえ、ひとまずシャーリーは頭を戻した。
 そこには当然だが医療魔術師たちがいて、しかし、もう戸惑いは消えている。

「むしろ私たちの方こそ失礼いたしました。上官を疑い、あまつさえ命令に異議を唱えるなど七星団の団員として言語道断。まして、シャーリー様はヒーリングを代行すると仰り、決して同胞を見捨てるというわけではありませんでしたのに。打倒魔王軍、ひいては救世のため、僭越ながらシャーリー様の命令を受けさせてください」

「光栄――そう言ってもらえるとすごく嬉しい」
「それでは、私たちは退出すればよろしいのですよね?」

「肯定――代わりに別の任務として、火災による負傷者の手当てを貴方様たち全員に与えます」
「「「「「「「了解!」」」」」」」

 そして早々に医療魔術師たち7人は退出してくれた。
 集中治療室に残っているのはイヴと、シャーリーと、治療に必要なアーティファクトと、同じく治療に必要なイヴの状態、症状、今まで試したヒーリングの結果などがまとめられた書類だけ。

 初めに書類に目を通すシャーリー。冷酷な判断で、自分でも自分を嫌悪しそうになるが、イヴは魔術的に闇に汚染され意識不明の状態にあるだけで、今すぐ死ぬというわけではない。仮に死ぬとしても治療特化のアーティファクトが用意されている以上、本当に一瞥しただけだが絶対に1週間は持つだろう。
 ゆえに、すぐ隣でイヴがベッドに横たわっていても、まずは書類だ。情報がなければ効率的なヒーリングは不可能だから。

(理解――フェイト・ヴィ・レイク様の意識不明そのものは危惧するべきモノではなく、むしろ闇の汚染に対する安全装置のようなモノということ。でも、じゃあ闇の汚染を気にする必要はないのか、と、問い直せばそういうわけでもなく、安全装置の機能に対してわずかにだが闇の汚染が効力を上回っている感じ。直接確認したわけではないが、闇のせいで時間の巻き戻しによる体調回復を阻害されたらしいし、やはり取り除く必要がある。――――けれど、私めがそれをする必要はない。医療魔術師たち7人は知らなくて当然だが、私めにはフェイト・ヴィ・レイク様の正体に関する情報があり、彼女様が、実はまだ才能の片鱗しか発揮していない以上、彼女様が自分の正体を思い出したあと、彼女様自身に自分の中に入ってしまった闇を除染させた方が手っ取り早い。となると問題は『意識不明という安全装置により闇の汚染に抵抗している以上、無理矢理魔術で目を覚まさせて過去を教えるということは不可能』ということ。なら――)

 手段はある。
 他人の中に入り込むとか、他人の精神に干渉するとか、夢の中にダイブするとか、そういう魔術の中でも特に精神的、神秘的、事実かどうかはさて置きいわゆるアカシックレコードにいかにも関連していそうな魔術は、古来より存在し続けている。昨今では魔術の軍事利用が進み、しかもそれを活用できる機会として魔王軍との戦争が存在するが、まだ大陸の住民が原始的生活を送り、それなのに魔術が多少は発展し始めたいわゆる黎明期のような時代には、むしろそういう精神干渉系の魔術の方が先に研究が進められた、と、文献には残っていたのだ。

 要するに、眠っている相手と意思疎通を図ることは難しくない。
 ならなにが難しいのかといえば、無論、どのようにイヴにイヴの正体を教えるかということである。無論、イヴに「貴方様は実は○○なんです!」と伝えることは簡単だが、別にそれは正体を教えただけで、本当の実力を発揮できる要因にならない可能性の方が高い。なぜならば、イヴを縛っているナニカは魔術的なモノだから。ゆえに、それからイヴを解放するのも、ただの言葉ではなく魔術であって然るべきだ。

 そうして、シャーリーはまずこの集中治療室に結界を張る。誰かが入ってこないように。そして、万が一、外部から攻撃を受けてもすぐには倒されないように。最後に、誰にも盗聴、盗撮されないように。
 そして同時に、そもそも最初からこの集中治療室に盗聴や盗撮、それに類似する行いを可能にする魔術、あるいはアーティファクトが仕掛けられていたかどうかをスキャンする魔術をキャストし、そしていざ、シャーリーはイヴの額に手を添えた。

「発動――【廻り逢うハイリガー夢想トラオム沈殿タイレン】!」


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