ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~

佐倉唄

1章3話 アルバート、緊急事態宣言を発令する。(1)



 時はシャーリーがロイを救出する十数分前に遡る。
 国王陛下、アルバート・グーテランド・イデアー・ルト・ラオムは王都全域に緊急事態宣言を発令した。

 瀟洒な扉を開けたその向こう側には、上品な紅の絨毯じゅうたんがあり、天井には輝かしい光を放つシャンデリア、非常に高価なU字型の長い机もあり、その外側には、玉座を連想するほど豪奢な椅子が合計51脚も。広さは星下王礼宮城の謁見の間にも匹敵するほどで、高さは座れば巨人でも収まるほどである。
 七星団本部の最上級会議室に呼集されたのは尚書官(=国王陛下の秘書)、執事、様々な分野の大臣と副大臣、次いで国王陛下補佐官と大臣補佐官、枢機卿、そして七星団の上位の騎士や魔術師たち、総勢46名。各自、国家の複雑で繊細な最上層部の一部を任されているありとあらゆる分野の熟練者エキスパートたちであった。

 宮廷には厳密に区別されているわけではないが、社会通念上、主に3つの領分が存在する。即ち、国王陛下の政務を補佐する働く宮廷、王族の世話をする生活する宮廷、王族の護衛や戦争を一任されている戦う宮廷の3つだ。
 察しのとおり、様々な分野の大臣たちが働く宮廷に、尚書官や執事が生活する宮廷に、そして最後に七星団が戦う宮廷に分類される。枢機卿は確かにこの場に参列しているが、超厳密に言えば、宮廷の所属ではなく教会の所属であるため、一応、外部の人間に分類されていることに。

 話をもとに戻すが――間違いなく絶対に、今回の第1級大規模敵襲において特に重要な役割を果たすのは、当然ながら国防を担う秀才の中の秀才、防衛大臣と防衛副大臣。複数人いる特命担当大臣のうちの1人、その分野における代替不可能の逸材である防災担当大臣。国民の生命と財産、権利の保護などを任されている超一流の賢者、総務大臣と総務副大臣。憲法と法律の専門家の頂点、このような非常事態に、死傷者が続出すると理解していても、あくまでも法律を絶対に遵守して、その上で極めて冷静にどのような対処ができるかを提案、助言する、制度に限定していえば国王陛下以上の見識を誇る実力派、法務大臣と法務副大臣。

 最後に――、
 重要なのはもう1人いて――、

「――国王陛下、七星団はすでに事態の収集に向かっております。また、そこにいるロイヤルガード、エドワードを除き、特務十二星座部隊の11人には各々、独断専行の権限を与えており、各自、現在進行形で陛下のために励んでおられです」

 会議室の最奥、U字型の机の中央に着席するアルバート。彼の左斜め後ろには特務十二星座部隊、星の序列第1位の【白羊】、王国最強の聖剣使いにして魔剣使いの双剣流、魔術無効化のゴスペルを宿し、時属性の魔術適性と空属性の魔術適性も9という神に愛されし者、ロイヤルガードであるエドワードが控えていたのだったが、彼の逆側、アルバートの右斜め後ろから、1人の男性がアルバートに耳打ちをする。

 固くて厳かで、静かな怒りに染まる表情と、視線だけで人を殺せそうな鋭く真剣なブラウンの隻眼、ブラウンの短髪、白い肌、長身痩躯、そして身にまとう七星団の制服。腰に下げている剣は聖剣でも、ましてや魔剣でもない。それは上級品とはいえ普通の剣に他ならなかった。戦闘力でエドワードに劣っても、部隊の統率力では一切の敗北を知らない優秀な指揮官。仮に聖剣か魔剣かゴスペルのどれか1つにでも恵まれたら、その3つを全て保有するエドワードにさえ匹敵しただろうと目されている最強ならぬ最良、才能の人ではなく努力の人。彼こそは王国七星団の『団長』、王国に数人しかいないロイヤルガードの1人、アルドヘルム・アーク・ラ・イトオルターその人だった。

「結構だ。まぁ、余のためではなく、ほんの少しでよいから国民のために励んでもらいたいものだがな」

 会議室には非常に、極限に逼迫した息が詰まるほど重苦しい雰囲気が充満している。ここに集まったのはみな一様に王国にとっての重鎮ばかり。常人なら3分すらこの常軌を逸した重圧に耐えきれまい。子供なら入った瞬間に号泣し、老人なら入った瞬間にショック死するような、そんな重圧プレッシャーが飽和状態どころか、限界を超えた圧縮状態になっていた。
 会議室の最奥に国王陛下であるアルバートが座り、その左右斜め後ろは前述のとおり。尚書官は少し離れたもう1脚の机で会議内容を速記しており、執事はエドワードのさらに左。アルバートから見て右側には防衛大臣や総務大臣などの政務サイドが、左側には騎士や魔術師などの七星団サイドが各々着席している。

「さて、防衛大臣」
「はい!」
「この事態を未然に防げなかった反省会は後回しだ。敵の戦力は?」

 意図的に誇示するまでもなく、自然体で圧倒的な威厳を奔流させ、アルバートは防衛大臣に静かに、しかし厳しく問うた。彼我の身分の差は歴然。アルバートが天にも等しい権力と偉さを持ち、例え大臣だとしても、彼の全てに畏怖と敬意を覚えないわけがない。しかし対して、常人なら卒倒するレベルの死の覚悟さえ覚える視線を向けられてなお、防衛大臣は毅然と答えた。

「ただいまの時点で幻想種、死神、その1体だけです。推定される実力は特務十二星座部隊レベル。現在、第1特務執行隠密分隊が交戦中。空中に展開された魔術防壁はロイ殿下の妹君であらせられるイヴ・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイク新兵の魔術とすでに断定できております」

 ここにいる全員は全ての特務執行隠密分隊のことを知っていた。これは特務執行隠密分隊の機密性の低さを意味しているのではなく、逆に、ここに呼集された者たちの権力と、情報網の凄さと、どの程度国政に携わっているか、というレベルの高さを意味している。
 ゆえに、隠密行動中の部隊が存在している、という情報が話題に上がっても、誰ひとりとして狼狽する愚者はいなかった。

「現在進行形でどのような対処をしている?」
「93個の小隊、総勢4557人を応援として現場、職人居住区画に駆け付けさせ、それとは別の83個の小隊、総勢3237人が包囲殲滅の準備、さらにそれとは別の145個の小隊、総勢7540人が国民の避難誘導、及び結界の展開を担当しております。なお、なぜ連隊や大隊ではないのかと申しますと、被害の中心である職人居住区画とその周辺は非常に入り組んでおり、なおかつ広場などの開けた空間が極小のため、流動性の高い人数配分にした所存です」

「どのぐらい避難は完了している?」
「王都全体で約78%、被害が最も大きい職人居住区画の避難は住人の危機感も強く99・9%完了しており、次に当該区画に隣接している貧民街スラムの南部、風俗街の南東部、歓楽街の東部、市場マーケットの東部が揃って90%以上。逆に死神から比較的離れている貴族などが住んでいる高級住宅街、大聖堂や図書館や美術館がある文化特区、七星団学院の周辺である学生街あたりの避難はいまだ55~60%というのが現状であります」

「145個の小隊が国民の避難の誘導と結界の展開を担当していたな。30人以上50人未満の小隊のうち、6個をポイントG‐4に。ポイントE‐7、J‐5、L‐3にはそれぞれ4個。ポイントJ‐4、Q‐3、Q‐8、S‐2にはそれぞれ3個。そして2個をポイントE‐8に配置しろ」
「御意」

 恭しく防衛大臣はアルバートに一礼する。
 数秒後、頭を上げると、防衛大臣は七星団長、アルドヘルムに視線をやった。視線を向けられる、たったそれだけで、歴戦の猛者である七星団長はだいたいのことを察してそれを待つ。

「死神討伐の担当がそちら、避難と結界の担当が私だったな?」
「相違ない、おれが討伐担当だ」
「なら、今のは私が担当しよう」

 そのような基本的なこと、アルドヘルムと防衛大臣の2人にとって、わざわざ確認するようなことでもなかった。なぜならば、死神の顕現が発覚した次の瞬間には、アルドヘルムが討伐担当、防衛大臣が避難と結界の担当、マニュアルに従いそのように1秒で決めたのだから。
 つまり、今の発言、やり取りの真意は、2人きりで行った担当の確認ではなく、ここにいる全員に向けたアルドヘルムが討伐、防衛大臣が避難と結界を担当している、という、暗喩的な説明である。
 そのようなこと、アルバートはもちろん、ここにいる全員が理解していた。この程度のやり取りの意味さえ推し量れない低能はこの場にはいない。

「法務大臣、今回の敵襲で、端的に言って邪魔になりそうな法律はどれだ?」
「なにを優先するかにもよりますが?」

 やはり恭しく、法務大臣が軽く頭を下げ、アルバートの尊顔を直接視界に入れないように、しかし訊くべきことを真正面から訊いてのける。確認するべきだったから確認する、ただそれだけのことであり、しかしただそれだけのことが難しい、だというのに、法務大臣は国王陛下が相手でも臆せずに問う。敬意を払うことと臆することは、別段、矛盾ではなかった。
 問われると、アルバートは愚問だな、と、言わんばかりに即答する。

「当然、人命第一だ。1人でも多くの人を救う。そのためなら、いくらかの必要悪だってやむを得ない」
「でしたら宗教的歴史的文化的建造物及び芸術品保護法。これがある以上、たとえ少数の小隊でも大聖堂や図書館、美術館に結界の展開を理由とした団員配置をしないとなりません。これを怠ると、事態が収束したあと、図書館や美術館の学芸員に非難され、それ以上に我が国では宗教が広く親しまれておりますから、ファンタジア教や竜の聖書教の信者に大顰蹙ひんしゅくを買うことになるでしょう」

 それは宗教国家の宿命だった。無論、国王である以上、国民に対するアルバートの影響力は絶大だ。しかしアルバートが王様なのに対し、宗教の信仰の対象は神そのもの。王と神のどちらにより深く頭を下げるか、と、問われれば、誰だって後者を選択するだろう。
 ゆえに、このような有事の際、国王は宗教的価値があるモノを保全するように努力する仕組みが存在した。

 が、それを承知していても、アルバートは意見を変えない。人命第一という自明な方針を、例え宗教的歴史的文化的建造物及び芸術品、その崇高な価値を知っていても、曲げることを彼は良しとしなかった。


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