喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

another 09

「うっ」 土魔法【アースチェイン】により、地面に縫い付けられてしまったアケビ。自力で脱出しようともがくも鎖は緩む事はない。 このままだと抵抗出来ず、一方的に攻撃を喰らってしまう。実際、アケビの目にはこちらへと駆け出しているローズの姿がある。片やツバキは【アースチェイン】に捕まらなかったオウカの方へと刀を振り下ろそうとしている。 このままいいようにされてたまるか、とアケビは迫り来るローズに向けて【フラッシュレイ】を放とうと詠唱を開始する。「光よ、我が言葉っ?」 詠唱の途中だった。ドロップキックをかまそうとし、足に力を入れたローズに向かって包丁が投げつけられた。ローズは包丁を避け、視線を包丁が飛来した方を向く。 それから一秒にも満たないうちに、オウカがローズの鳩尾にボディブローを繰り出す。 アケビは可笑しいと思った。先程までオウカはツバキに攻撃されそうになっていた。あのままならツバキとの交戦に入っていても可笑しくない。 ふと、ツバキの方を見やれば腹を押さえて蹲っていた。手にしていた筈の刀は彼より数メートル右の方に落ちている。 オウカはツバキの攻撃を防ぎ、刀を飛ばし攻撃を加えて一時的に無力化。その後ローズへと攻撃。ほんの僅か、三秒にも満たない間にオウカはそれをやってのけた。 そして、ボディブローを喰らったローズは何故? と頭の中に疑問が沸き起こった。全身アーマーで守られており、オウカは【殴術】のスキルを所持していない。なので、拳でのダメージは微々たるものだ。 本命は別にあった。 ローズは足払いを受け、地面に崩れ落ちる。ほんの一瞬、気を散らしてしまったが故、対処出来る攻撃を受けてしまう。 オウカは容赦なくローズの顔面にフライパンを振り下ろす。ヘルムとフライパンが衝突し、ローズの鼓膜に轟音が響き目の前がちらつく。オウカは一発で終わらせず、続け様に二発、三発、四発とフライパンでヘルムを攻撃する。五発目を放とうとした瞬間に即座に飛びずさって距離を取る。「ちっ!」 先程までオウカがいた場所に刀が振るわれる。ツバキの一刀はオウカに掠りもせずに宙を切り裂くのみだ。 オウカはそのまま開いた距離を保とうとせず、フライパンをツバキに投げつける。「っと!」 ツバキはフライパンを刀で弾く。その一瞬でオウカはツバキへと肉薄し、斬撃を繰り出す。「っんで⁉」 ツバキは反射的に刀で包丁を受け止める。フライパンを投げたので今のオウカは丸腰の筈、ツバキはそう思っていた。だが先程オウカが飛びずさった際、偶然足元に落ちていた包丁を蹴り上げながら駆け出し、逆手に持って薙ぎ払ったのだ。 包丁を受け止められたオウカは即座に包丁を引き戻し、もう一度薙ぎ払う。ツバキは今度は紙一重で避け、刀でカウンターを喰らわせようとする。 しかし、それよりも速く、オウカの突きがツバキの首元を襲う。包丁を避けられた瞬間、反射的に動かしていたもう片方の手へと包丁を移動させ突き出していた。「いつっ⁉」 思いもよらない攻撃にツバキは一瞬硬直してしまい、ほんの僅か回避が間に合わず包丁の一撃を微かに喰らい、生命力を少し持っていかれる。 包丁を突き終えたオウカは僅かに腰を落とし、ツバキの腹を渾身の力で蹴り、前方へと吹っ飛ばす。「がっ⁉」 ツバキが地面に落とされ、呻き声を上げる頃にはオウカはローズへと攻撃を繰り出していた。 ふらつく頭を片手で抑えていたローズは迫り来るオウカの斬撃を腕で受け流す。そのまま攻撃に転じる事が出来ればいいのだが、生憎と【ウィンドアクト】の効果が終了し、敏捷が下がってオウカの攻撃を防ぐのにやっとの状態だ。 そして、オウカの攻撃の熾烈さは詠唱をする隙を与えない。 先程までと違い、動きに激しさはない。しかし一手一手の動きに無駄がなく、速い。何よりも情が感じられず一切の容赦がないのが一番の違いか。兎に角相手の生命力を減らそうと我武者羅に攻撃を加えるのではなく、如何に早く相手を仕留めるかに特化している攻撃が繰り出される。その全てがアーマーの関節部位――相手の動きを阻害する場所に集中される。 攻撃される箇所が限定されるのである程度予測立てれば防ぎ、避ける事は出来る。ただ、そこを守ろうとすれば即座にオウカは胸や脛と軌道を変えて攻撃する。更には、攻撃の要である筈の包丁を振り抜く途中で手放し、組み伏せようと掴んで来たりその話した包丁を蹴ってヘルムの隙間へと押し込もうとする。全てを避け切れずに被弾し生命力が次第に減っていく。 先程までのオウカの動きなら、対処した上でローズは反撃出来ただろう。しかし、今のオウカの動きにはついて行くのに必死な状態だ。【ウィンドアクト】の効果が続いていたとしても、よくて五分の打ち合いが出来る程度だ。 以前ローズがオウカに指摘した、右側を庇うような動きは全く無い。その癖は防御や回避に顕著に見られていたが、攻撃の際にも僅かに見られていた物だ。それが無くなったからか、要所要所の動きを最適化し、無駄を極限まで省いている。更には普段のオウカがしないような搦め手を駆使してくる。少しでも気を逸らせば、先程のように一方的に嬲ってくる。「解放パージっ!」 このままでは不味いと、ローズはアーマーを【解放パージ】し、射出されたアーマーでオウカを物理的に遠ざける。もっとも、アーマーの欠片はオウカに当たる事無く、オウカはバックステップで距離を取ったに過ぎない。 飛び散ったアーマーはローズの手に集まり、ハルバードと短いランスへと形を変える。アーマーが二本の槍へと変貌した事により、耐久は減ってしまったが一撃の威力と中距離からの攻撃手段を得た。 今のオウカには近付けさせてはいけない。その為にはハルバードとランスでオウカの間合いへと入らずに攻撃をする必要がある。ローズはこのままスキルアーツを発動させようか逡巡するが、やめる。動きが固定されるスキルアーツよりも、自由に動けて柔軟に対応出来る状態を保った方がよいと判断したからだ。 見れば、オウカは槍を構えるローズへと近付いて来ない。迂闊に相手の間合いに入らないようにしている……訳ではない。相手が警戒しているのを見越して失った体力の回復に努めているだけだ。 故に、後ろから切り掛かってくるツバキに対しては紙一重で避けるのに徹し、反撃は一切しない。「えっ⁉ ちょっ⁉ マジか⁉」 ツバキは避けるだろうと思ったが、まさかその場から動かずに躱されるとは思いもよらなかった。オウカの動きは【観察眼】によってある程度分かっている。この戦闘中だけでなく、初めて会ったイベントの時から何かと縁がある相手だ。一緒に行動する事も少なくない。その間にオウカの動きを予測出来るようになった。 なのに、だ。 ツバキは今のオウカの動きが全く分からない。まるで別人のように何時もの時と癖や機微、呼吸のタイミングが異なる。オウカであってオウカでない。そんな錯覚に陥るツバキは薄ら寒さを覚え、表情が僅かに引き攣る。 ツバキの体力も残り少ないが、下手に攻撃の手を緩めてはならないと勘が働き、彼の隠れスキル――精神力を消費し斬撃の軌跡を数秒残す【残刃】を発動させる。それでも、オウカは斬撃の軌跡に当たらないように避けるだけだ。「土よ、我が言葉により形を成し、彼の者を繋ぎ止めよ! 【アースチェイン】!」 オウカがツバキを相手しているのを好機と見て、ローズは先程アケビを拘束した【アースチェイン】を発動させる。大地から伸びた鎖はそのままオウカの四肢を捕らえようと襲い掛かるが、大きく横に跳んで回避する。 落ちていたフライパンを即座に拾い、両手に武器を持ったオウカは一瞬だけツバキを視界の端で見据えローズへと躍りかかる。 ローズはオウカの武器の間合いへと近付けさせない為にハルバードとランスを振るう。ハルバードは大きく振るい、それによって出来た隙をランスで埋める。オウカが近付こうとすれば薙ぎ、突く。オウカの方はハルバードを避け、ランスを弾くも近付けないでいる。だがこれといって焦りを見せず淡々と双槍を捌く。傍からは二人の戦闘は演舞に見えるだろう。「くらえやぁ!」 ローズと対峙しているオウカへとツバキも攻勢に出る。挟み撃ちの形を取り、オウカの逃げ場をなくし前後から絶え間なく攻撃を繰り出す。 普通ならよくて防戦一方、最悪一方的に嬲られる事態に陥るだろう。 しかし、オウカは二人の攻撃を全て捌きながら隙を付いて近付き、攻撃しようとしている。二人だからと油断したら、気を抜いたらその瞬間にこの一見して有利な構図は瓦解する。姉弟はそう感じ取っている。「…………」 そんな三人の攻防をアケビは見据える。【アースチェイン】の拘束から解放されても、あそこに割って入る事は無理だと悟ったのだ。あれだけ熾烈で過激な剣戟に自分は到底ついて行けない。行ってしまったら最後、オウカの邪魔になるだけだ。 オウカは狂気に呑まれているようにも、自棄になっているようにも、まして正気を保っているようにも見えない。普通でない事は一目で分かるが、アケビにはどうする事も出来ない。呼び掛けても彼の耳に入るとは到底思えない。 ならば、とアケビはまずPvPを手早く終わらせようと遠くからオウカの支援に入る。狙いはローズだ。「光よ、我が言葉により形を成し、彼の敵を目指せ。【フラッシュレイ】」 アケビの前に展開された魔法陣から【フラッシュレイ】が解き放たれ、一直線にローズへと向かう。「っ⁉」 オウカに集中し過ぎていた所為で、ローズはアケビが魔法を放った事に気付かず、こめかみに【フラッシュレイ】の一撃を貰ってしまう。 その隙を付き、オウカが一気に肉薄する。肉薄されてしまえば、ハルバードもランスも意味を成さない。「しまっ」 オウカはフライパンを振り返らずに後方へと投げ、ツバキへと牽制しながらローズの頸動脈を切り裂き、足を払って一瞬で組み敷いて喉に包丁を突き立てる。更に駄目押しとばかりに突き立てた包丁で喉を抉る。「っ…………」 アーマーに守られていない急所を突かれ、ローズの生命力は尽きる。血こそは出ないが、確実に絶命させる攻撃を躊躇い無く繰り出したオウカ。彼の瞳には光が宿っていない。慈悲も存在しない。情の欠片も垣間見えない。殺気や怒気さえも孕んでいない。瞳の奥にはただただ闇が広がるのみ。 ローズを倒したオウカは包丁をを抜き取り、肩越しにツバキを見据えて駆け出す。「ちっ!」 ツバキは刀を構え直し、オウカを迎え撃つ。オウカは一撃を加えようと包丁を振り被る。「…………」 しかし、一向に包丁は振り下ろされる事無い。駆け出していた足もピタリと止まり、呼吸さえも止まっているのではないかと錯覚するくらいに微動だにしない。 油断を誘っているかもしれない、とツバキは無闇に攻撃を仕掛けず一挙手一投足を見逃がすまいと気を張り巡らせる。 そんなツバキの緊張を余所に、オウカの身体はぐらりと傾き、地面へと倒れ込む。数秒後に光となって消え、後には『Log Out』の文字だけが浮かんでいる。「「…………」」 ツバキとアケビは暫くオウカのいた場所を茫然と見ていたが、頭を振って互いに目を合わせる。 オウカがログアウトした事により、PvPは中断扱いとなり、強制的に終了する。生命力、体力、精神力がPvP開始前まで回復し、ローズがむくりと起き上がって未だに違和感の拭えない首を何度も擦る。 重苦しい空気が一帯を包み込む。暫しの間、誰も声を発しない。観戦していたルーネ達パートナーモンスターも召喚獣も口を閉ざす。オウカのパートナー達はカゲミを除きかたかたと震えており、グラゥやウィング達にしがみ付いている。「……ちょっと、本人に訊いて来るわ」 我に返ったツバキがメニューウィンドウを開き、先に現実世界に戻ったオウカの様子と、先程のオウカの状態を本人に訊く為にログアウトをする。 後に残されたアケビとローズは重い足取りでルーネ達のいる方へと向かう。

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