喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

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 目的地に着くと同時に、俺は転がり落ちる。しかし、今回は俯せにも仰向けにもならずに片膝を付いて直ぐに動けるようにしておく。「…………ここも嗅ぎつけられたか」 鳥に乗って酔いを我慢しながら、俺はボボナの実の真下に鬼神が突っ立っていたのを発見していたからだ。「全部で十、同じように予備の贄を用意していたのだがな。その全てを見付けられるとは」 鬼神はゆっくりと俺に近付いてくる。サクラ達はまだ来ない。「しー!」 リトシーが俺の前に飛び出して魔法陣を下に描き【初級木魔法・補助】を発動させて鬼神を木のドームに閉じ込めようとする。「……まぁ、別にいい」 鬼神は軽く跳び上がり、木のドームを避け、その上に着地する。「見付けられたとしても、お前達を消せばそれで済む」 鬼神は白と黒のマーブル模様のローブを掴むと、一気に剥ぎ取る。 ローブの下の姿は、白髪の青年と言えばいいか。乱雑な長さの髪、光の射さない闇のような瞳、死んでいるように白い肌。比較的余裕がある上下黒一色の服装、背中の翅はカブトムシの外翅のように固く黒いように見える。「さぁ、行くぞ」 木のドームを蹴り、俺とリトシーへと一直線に向かってくる。 俺はリトシーを抱えて直ぐに横へと跳び、避ける。俺が先程までいた場所に拳が打ち込まれ、土煙が舞う。 直ぐにリトシーを降ろして視線を先程までいた場所に向ける。 鬼神が土煙の中から現れ、一気に距離を詰め拳を俺の腹目掛けて放ってくる。俺はバックステップで大きく避け、その際に牽制の蹴りを入れ直ぐには後を追わせないようにする。 今の俺は武器が二つとも大破し、金の問題もあって予備は持っていない。普通にダメージを与えられるのは蹴りだけとなっており、一応拳も振えるが該当スキルが無いのでダメージに期待出来ない。「そらっ」 後ろに着地したのと同時に俺は直ぐに前へと向かい、蹴りを放っていく。鬼神はそれを蹴りで応じ、互いの足が交差した際に拳を振るってくる。俺はそれを払うようにして軌道を逸らす。 俺も拳を放つが鬼神に手首を掴まれて受け止められ、握り潰すかのように力を籠め始める。痛みが襲い掛かってくる前に交差していた足を離して軸足にしていたもう片方の足で即座に俺の手首を掴んでいる腕へと蹴りをお見舞いする。が、それは俺の腹に蹴りを入れられ、俺を吹き飛ばすと言う形で中断させられた。「がっ」 吐き気が一気に押し寄せてくるが、それでも何とか空中で体勢を立て直して転がるのを防ぐ。 正直言って、今の俺では満足な動きは期待出来ない。酔いが醒めていないと言うのもあり、醒めない状態で無理に動いているのでぎこちなく、精彩に欠けている。「しー!」 リトシーが俺の補助をしてくれる。鬼神が俺に近付いてきた瞬間に目の前に木の根を出現させ、足首を掴もうとする。しかし、それは一瞬で後ずさった鬼神の反射神経の前に空しく空振る結果となる。「邪魔だ」 着地すると俺ではなくリトシーへと目掛けて駆け出し、そのままサッカーボールのように蹴飛ばしてしまう。「しー……」 リトシーはそのままくるくると空中で回り、木に体を打ちつけて目を回してしまう。「このっ」 俺は一気に駆け出してリトシーを蹴りやがった鬼神に振り被った拳を打ち付ける。「ふん」 しかし、手の甲を添えるようにして軌道を逸らされ、流れるように俺の腕を掴んで関節を決められ、地面に組み倒される。「うぐっ」 腕が悲鳴を上げるが、折れたり引き千切れたりする事はない。しかし、STOでは痛みがセーブされているとは言え結構な激痛が走る。普通ならこの痛みで身動きが取れなくなるだろうが、俺は海老反りになるようにして無理矢理に蹴りをかましていく。「つっ」 まさか反撃して来るとは思っていなかったようで、蹴りは後頭部にぶち当たるが、体勢に無理のあったヤケクソ気味に放った一撃だったので体重があまり乗っておらずダメージはそんなに期待出来ない。が、これによって鬼神は俺から離れ、決め技から解放される。「腕が使い物にならなくなってもいいのか?」 鬼神は俺へと蹴りの連撃を放ってきながらそんな事を言ってくる。未だに痛みは残っているが折れたりする事はないので特に気にしていない。現実では絶対に痛めるのでやる事はないが。 ただ、海老反り蹴りで腕への負担がダメージとして現れ、一気に二割も削れた。あまり使える技でもないか。 俺と鬼神はそのまま蹴りを交差させ、拳を逸らし続ける。全力で動くが【夜の森での攻防】のように相手に防戦一方を強いる事は出来ず、逆にこちらが防戦一方になっていく。本調子ではない事を含めなくとも、鬼神の動きがあの時よりも格段に速く切れがあるのが原因だ。 魔法が使えず、武術を伸ばしていっただけはある、か。段々とボルテージが上がっていくようで、ついに防御する事さえ辛くなり、一撃、二撃ともろに攻撃を喰らってしまう。「ほら、避けないのか?」 完全に鬼神の方が速さを上回り、俺はサンドバッグに成り果てる。拳を振ってきたので腕をこう支えて防ごうとすれば、蛇のように軌道を変えて掻い潜り胸を抉る。俺が体勢を崩すのと同時に鬼神は膝で鳩尾を狙い、膝で背中を打ちつける。「……っ」 肺の空気が全部出されて呼吸困難に陥るが、それでも鬼神は手を緩める事をせずに俺の顔面に拳を叩き込み、腕に、足に、腹に、腰に、次々と重い一撃を当てていく。何も出来ないまま生命力がどんどん減っていく。 生命力がほんの僅かにまで減ると、鬼神は俺を攻撃するのをやめる。何事かと顔をそちらに向ければ、鬼神が深く腰を落とし、右腕を後ろに引いている姿が目に入った。「そろそろ、沈め」 一歩強く踏み出したのと同時に、引いていた右腕を前方へと放ってくる。これを喰らえば、俺の生命力は0になるだろう。「しー!」 しかし、当たるよりも先に復帰したらしいリトシーが放った【生命の種】が俺に当たり、生命力を三割回復。その後に胸の真ん中へと深く重い拳が吸い込まれる。余りの威力の後方へと吹っ飛ばされていく。「っ」 リトシーが回復してくれた分が丸々減った。リトシーが【生命の種】を使ってくれなかったら死に戻りしていた。 だが、このままだと背中を打ちつけた時の衝撃で残っている僅かな生命力が消えてしまう。流石に吹っ飛ばされながらメニューを開いて回復アイテムを使用すると言う器用な事は出来ず、【生命の種】の発射速度よりも速く吹っ飛ばされているので生命力を回復する手立てはない。 俺が一人なら、だけどな。 吹っ飛ばされながら、俺は突如降ってきた液体を被り、生命力が五割回復された。その後に背中を木に打ち付け、僅かに生命力を減らす。「間に合いました」 鬼神の後ろに降り立ったサクラが俺に生命上薬を使用してくれた御蔭で、存命出来ている。「オウカ! 先におっ始めてたのかよ!」「せっかち」 サクラと同時に降り立ったツバキとアケビが自身の得物を構えて鬼神へと向かって行く。「来い、シェイプシフター」 カエデはシェイプシフターを呼び、くるりと踵を返し、きまいらとフレニアはカエデと一緒にボボナの実の方へと向かっている。つまりは、ツバキとアケビ、シェイプシフターと俺で鬼神の相手をしている間にイワザルをどうにかしようと言うのだろう。 しかし、あのイワザルは復活するからな。殲滅は不可能に近い。勝算はあるのだろうか? サクラとリトシー、リークは後方から回復、補助の援護をするのだろうな。完全に二手に分かれるよりは何かと応用が利くか。あと、鬼神との戦いで生命力や体力に少しだけ気を配らなくてもよくなる。「……ちっ、またあれか」 鬼神はシェイプシフターを見ると即座に視線を外し、掛かってくるツバキとアケビに目を向ける。流石に神子とは戦いたくないのだろう。神子に変身させない為に視界に入れていない。 シェイプシフターは素のままではステータスが決定されずに戦闘が出来ない。誰かが五秒以上見続けなければ変身せず、ずっとそのままだ。 ツバキとアケビは鬼神と戦いを繰り広げているので見る暇はない。と言うかツバキの場合はマンボウになってしまうので戦力外。 カエデ、フレニア、きまいらはもうボボナの実の方へと向かってしまっているので論外。 かと言ってサクラに見させてはいけない。リトシーやリークは何に変身するのか未知数だが、ここはあの二匹のどちらかに五秒以上見て貰う方が賢明か? それとも俺が見た方がいいか?「オウカっ」 と、遠くまで離れたカエデが振り返って俺を呼ぶ。「君が見てっ」 それだけ言うとまた踵を返してボボナの実へと向かって行く。 ……俺か。俺が見てもどんな姿になるか分からないんだが、まぁ、見てみよう。 そもそも、俺が恐怖してるのは何なんだ? と思いながらシェイプシフターを見続ける。 五秒経つと、シェイプシフターは姿を変えていく。「……えっと」 確かに、それには恐怖してるんだが、STOの世界でこれってありなのか? と言うか、生き物ですらないんだが、ありか? 本当にありなのか?「危ねっ」「えい」「小賢しい」 ツバキとアケビの二人が段々と鬼神に押され始めた。俺とほぼ同様の動きが出来るツバキと俺よりも敏捷と器用が高いアケビの二人だと、互いに攻撃が当たらないように動きながら鬼神を攻撃出来るので昨夜のような同士討ちみたいな事にはなっていない。それでも、力量では鬼神の方が何枚も上手らしく、次第に鬼神の攻撃がヒットし始める。 俺も加勢に行った方がいいんだろうが……、でもこのシェイプシフターが加勢に行ったらどうなるんだ? と思ってしまう。 だって、ジェットコースターになってるんだぞ? あの物凄く速く動いて俺を確実にグロッキー状態に持っていく恐怖の乗り物なんだぞ? ただし、レールは無いから下手するとこの地面を縦横無尽に走り回るのかもしれない。シェイプシフターの意思で。「……って、何で動かないんだよ?」 つい、そう呟いてしまう。変身しても動かなければ意味ないじゃないか、いや、動いたら動いたで怖いんだけどな。「オウカっ」 と、またカエデが俺を呼んでくる。「何だっ?」「乗ってっ」 ………………………………。「マジかっ?」「マジでっ」 マジらしい。乗らないと駄目なのかこれ?「一人じゃ嫌ならっ、サクラとかリトシー達と一緒にっ」「いやいや」 そこは問題じゃないだろう。と言うか、こんな状況で乗る必要性って何だ?「シェイプシフターは対象に恐怖を与える為に動くっ。だからオウカが乗らないと動かない」 心の中で疑問を呟いていたら、カエデが補足説明をしてくれた。 あぁ、そう言う事か。アングールに変身したシェイプシフターは普通に攻撃していったが、神子に変身したシェイプシフターは身動きせずに蔑むような冷たい視線でずっと鬼神を射抜いていた。それらの行動に共通していたのは相手に恐怖を与える為。 だから、ジェットコースターに変身したシェイプシフターを動かすには俺が乗らないといけない……ってか。「悪いと思ってるのっ、でも乗ってっ。乗れば直ぐに片が付きそうだからっ」 両手を合わせて謝ってくるカエデ。いや、確かにこれなら決着つきそうなんだけどな。ただし、現実だったらと言うのが最初につくけど。「オウカさん」 と、何時の間にか近寄っていて袖を引いてきたサクラが一言。「乗りましょう」 マジか。まさかサクラからそんな言葉訊くとは思ってなかった。ただ、顔が物凄く申し訳なさそうに歪んでしまっているが。「僕も一緒に乗ってオウカさんの恐怖を少しでも和らげますから」「いや、一緒に乗る乗らない関係ないんだけど」 一緒に乗っても乗らなくても酔う事に変わりないので、どちらかと言えば巻き添え、道連れと言う言い方の方が正しい気がする。「なら、少しでも重くしてぶつかった時の威力を上げましょう。…………オウカさんをなぶっていたあの人に甚大なダメージを与える為に」「えげつない事言うな」 サクラの口からそんな言葉が出るとは思ってなかった。「しー」「しー」 サクラとそんなやり取りをしているうちにリトシーとリークが何かもう乗り込んでいた。と言うか、嫌に楽しそうにしてんなお前等。まぁ、こいつらはジェットコースターとは無縁のSTO世界の住人だからな。珍しいんだろう。恐らく、カエデの乗ってと言う言葉と座席から乗れると判断したっぽいな。「あぐっ」「いたっ」 と、そうこうしているうちにツバキとアケビも先程の俺と同じように一方的にやられ始めている。鬼神は二対一でも物ともせずに攻撃を仕掛けている。「オウカさん」 サクラがアケビに回復アイテムを使用しながら俺の袖を引っ張る。「…………分かったよ」 正直、このまま戦っても鬼神に敵うとは思えない。正攻法とはかなり違った方法で、相手の虚を突くような形で挑んで行かなきゃ負けは確実だろう。 …………腹をくくるしかないな。 諦め半分、倒す意気込み半分で俺はジェットコースターの最前列に乗り込む。一番前の方が酔い難いと思ったからだ。サクラも俺の隣りに座る。 俺が座り終えると、バーが降りてきて振り下ろされないように固定される。これで、もう逃げる事が出来なくなってしまった。「あの、オウカさん。顔が青くなってきてっ!」 サクラが何か言ってきたが、ジェットコースターは急発進を開始して初速から恐らく最高スピードに達した。俺は両手で咄嗟に口を押えようとする。「きゃぁぁあああああああああああああああああああっ‼」 しかし、片手はサクラが思いっ切り掴んできたので掴まれていない手しか動かせなかった。「しぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ‼」「しぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ‼」 後ろに乗っているリトシー二匹も声を上げている。楽しんでいるのか怖がっているのか分からない。と言うか、考える余裕が全く無い。「ん?」「げっ」「退避っ」 鬼神がサクラ達の叫び声を訊き、こちらを向く。ツバキとアケビもこっちを向き、この世界では有り得ない物体が迫ってきているのを視認すると即座に横に跳んで直撃しない場所へと退避する。「何だこれはっ⁉」 鬼神は見た事無い物体に目を奪われ、猛スピードで突っ込んできたジェットコースターに跳ね飛ばされた。


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