世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第61話 哀愁漂う魔王の姿

 子供達との稽古は二時間ほど続いた。
 それだけやっていると、さすがの子供達も疲れが溜まってしまう。そこでアカネが一休みしようと提案した。 ついでに雪姫が涼しい風を送り、子供達だけではなく、アカネもリラックスしている。
「はあ……私も年かしら。すぐに息が上がるようになってしまったわ」
 お茶を啜りながらそんなことを言う姿は、とても哀愁が漂っているように見える。 見た目は麗しい美女だとしても、アカネは人間の何倍も生きているのだ。そのような格好になってしまうのも仕方ない。
「お母様、すぐに疲れるのは体質のせいなのですから、そんな悲しいこと言わないでください」
 静かに寄ってきて、おばさん発言を咎める雪姫。
「ただでさえお母様は魔力をギリギリに保っているのですから、本当は動かないことが最優先なのですよ?」
「それはわかっているんだけどね。それではつまらないでしょう?」
「……はあ……それがお母様の意思だというのなら、止めません。ですが……私達も心配しているのだということを、覚えて置いてください」
 雪姫の表情は、いつになく真剣だ。
「……わかったわ。無理をして皆を悲しませるのは、私としても遠慮したいからね」
 でも、とアカネは続ける。
「私にとって大切な人達……貴女達やシルフィにリフィちゃん、コノハ、部下、友人。皆が危険な目に合うのなら、私は無理をするわよ」
 これだけは譲らないし、揺らがない。
 力を抑えたことで誰かを失い後悔するのなら、無理をして死んだほうがマシだ。 アカネの考え。それだけはずっと昔から変わらない。
 しかし、雪姫は呆れるのではなく、愛に満ちた笑顔で主人を見つめた。
「それでこそお母様です。そんな貴女が、大好きなのですから」
「ふふっ、ありがとう…………っと、ようやく帰ってきたわね」
 何が、とは聞かなくても雪姫にはわかった。 アカネがずっと待っていた人物。それが該当するのは、三人しか思い浮かばない。
「お、おい! みんな外を見ろ!」
 村人の一人が声を荒げて、皆が休んでいるところに走ってきた。
「どうしたんじゃ!」
「で、デカい物影が、森から……!」
「――ッ、まさか!」
 村長が村の門へと走る。それに他の村人達も釣られて動き、残ったのはアカネと雪姫のみとなった。 アカネは残りのお茶を飲み干し「さて、と……」と立ち上がる。
「行きましょうか」
「随分とゆっくりしておられますね。三人が負けたと思わないのですか?」
 そう言うが、全く心配した様子はない雪姫。
「雪姫もわかっているんでしょう?」
「……まあ、そうですね」
 あの三人を倒す魔物が居るのならば、アカネはすぐに気づく。そして、現在も強力な反応は認識できていない。
「あの三人にはご褒美をあげなきゃね。私が言い出したことなのに、全部任せちゃったから」
「別に気にしていないと思いますけど……お母様が思うのならば、そうした方がよろしいかと。きっと三人も喜ぶでしょう」
「と言っても叶えられる限度があるわよ?」
「大丈夫ですよ。きっと簡単なことを願うと思いますから」
「そう? 雪姫が言うのなら、そうなんでしょうけど……簡単なことって何かしら? まさか抱きしめ? いやいや、さすがにそれはないでしょう。そんなの頼むなら、もっと他に叶えたい願いがあるだろうし……」
 ブツブツと考え事をしながら、アカネは村人が走って行った方向へと歩く。雪姫はその後ろに、ひっそりと付き従った。
 村を出た少し先、そこには……
「あらら、大変なことになっているわね」
 村人に囲まれてオロオロしているコノハの姿があった。
 その後ろには、巻き込まれないように避難しているシルフィードとリーフィア、そしてピクリとも動かない魔物……ではなく竜がいた。
 竜は確かに大きかった。よくぞこんな奴が森に隠れていたな、と思うほどの巨体だ。
 これでは村人が敵わないのも道理。この世界で最強クラスの生物がなぜこんなところに? という考えは一旦置いておき、竜の状態を簡単に観察する。
 歯向かう者全てを容易く噛み砕く顎。鋭く尖った爪は、凶器より人を殺すのに適している。
(見たところ……中級の竜種って感じね)
 A級冒険者パーティー『不変の牙』なら、注意して挑めばそこまでの被害がなく倒せる程度だ。
 中級程度の竜種は何が厄介かというと、身を守る鎧のような鱗と皮膚だろう。
(でも、竜も相手が悪かったわね。自慢の皮膚も、全くと言っていいほど意味を成していない)
 見るからに硬質な皮膚は、首元が見事に切り裂かれていた。 他に外傷がないことから、コノハが一刀の名の元に斬り伏せたのだと予想できる。

「どうやってこんな魔物を倒したんだ!?」
「え、あの……」
「すげぇよ! そんな小さい体なのによ!」
「いや、これは……」
 次々と質問攻めにあうコノハ。元々人との付き合いが苦手だった彼女は、ちゃんとした言葉を一言も話せてない。
 話そうとしても、次の言葉が来る。 どうしようもなくなったコノハの目に、若干の滴が見えた気がした。
「――コノハ」
 ワイワイと騒ぐ場に、静かで凛とした声が通った。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く