世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第58話 一番弟子との朝練

 アカネ、シルフィード、コノハの三人で結論を出した次の日の朝。
「――ハァッ!」
「もっと脇を締める!」
「ぐっ、うぅ……はいっ!」
 アカネとコノハは、村から出てすぐの場所で朝の訓練をしていた。 内容は簡単。コノハが木刀を打ち込み、アカネがそれを返す。それを永遠と繰り返している。
「動きが鈍くなってきたわよ。もう疲れちゃったかしら?」
「――ッ、なめないでください!」
 ――ドガッ!
 上段から振り下ろされた一撃が、アカネの立っていた地面を抉る。
「凄まじい力だけど、力任せに振るのは愚策よ?」
 そうすれば全身に力が入ってしまい、次の攻撃に移るまでに時間がかかってしまう。速さと技量を売りにしているコノハには、あまり相応しくない戦い方だった。
 アカネの言った通り、全身を使って振り下ろしたせいで、コノハは固まっている。……と言ってもほんの一瞬だが。
 その隙を的確に突くアカネ。 横っ腹を蹴り飛ばされたコノハは、すぐさま体制を立て直すが、アカネからの追撃はいつまでたっても来ない。
「……今日はここまでね」
「あ、もう二時間経ってましたか……ありがとうございます。ギリギリまで付き合ってもらって」
 緊迫していた空気は、嘘のように消え去った。木刀を固く握っていたコノハも、力が抜けたようにその場に座りこむ。
「はあ……まだアカネ様に届かないんですね」
「焦らなくていいのよ。貴女にはまだ時間があるんだから……さ、帰りましょ。シルフィ達が待ってるわ」
 シルフィードとリーフィアの二人は、まだ気持ちよく寝ていることだろう。二人は妖の世界で稽古をしていたため、精神を休ませるために朝の訓練には参加していなかった。
「そういえば、二人はあっち側で訓練を受けているようですが……どうですか?」
「シルフィはお察しの通り。リフィちゃんは見ていないからわからないわ」
 前に何をしているのか気になって顔を覗きに行ったのだが、コンと雪姫に「まだ内緒です」と言われてしまったので、仕方なく我慢していたのだ。
「そうなのですか……」
「まあ、後の楽しみだと考えて気長に待つことにしているわ。……それに、コノハがいるから寂しくないし。私の可愛い一番弟子だもの」
「――ッ、もう、不意打ちでそれを言うのはズルいです」
 時には美青年と間違われるコノハも、照れたら可愛いものだとアカネは内心思う。
「…………あら? あれは、村長ね」
 村に戻った時、村長が農作業をしているのが見えたので、挨拶をするために近づく。
「おはようございます村長さん」
「おおっ、おはようございますアカネ様、コノハ様。昨日はよく眠れましたかな?」
「ええ、お陰様で皆、ぐっすりでした」
「そうですか……それはよかった。皆さんは今日、旅立たれるので?」
「そうしようかと思っていたのですが、意外と余裕ありますし、迷惑でなければもう少しゆっくりしていこうかな、と……」
「迷惑だなんてとんでもない! どうか気が済むまで休んでいってくだされ」
「本当ですか? ふふっ、ありがとうございます」
 ここまで話しても、村長は森に出た魔物のことは一切口に出そうとしてこない。どうやら本当にアカネ達に頼る気はなさそうだった。
 それならば、アカネ側から仕掛ければいい。
「今日は暇つぶしに、あそこに見える森に行ってみようかなぁと思っていますわ」
「あ、あそこですか……!」
 狼狽しているのが目に見えてわかる。それにあえて気づかないふりをするアカネ。
「あの森は危ないので、入ることはおすすめしません」
 原因は言わない。だが、村長の言葉には明確な拒絶があった。
「何故です? 昨日、聞いた話によると、村の人達もあそこに入って狩りをしている様子。自己評価が高い訳ではありませんが、私達は冒険者。一応、それなりの実力は持っていますわ。 …………ああ、食料がなくなる、という話でしたら安心してください。なるべく魔物は狩らないようにしますし、万が一に狩ってしまっても、この村にお譲りします」
 後ろで控えているコノハは思う。 こういう時のアカネは容赦がない、と。
 わざとわからないふりをして、それとなく相手の様子を探る。そして、上手い具合に話を誘導し、言い訳できないところまで持っていく。
 今もその通りだった。 村人が普通に入って狩りができる場所に、それよりも戦闘経験を積んできた冒険者が負ける訳ない。そして、狩った魔物も村に全て渡すという条件付き。これで村人が魔物と戦うリスクも負わずに、楽して食料が手に入るのだ。
 村人からしたらメリットばかり。 押し止める理由がない。
「じ、実は皆様にお願いがありまして……」
「ほう、お願いですか? 泊まらせてもらっているのですから、私でよければ聞きましょう」
「村の子供達に冒険のお話を聞かせてあげて欲しいのです。時々ここへ来る皆様と同じ冒険者の話を聞くのが、どうにも大好きらしくて……」
 村長の言っていることは嘘ではない。子供達は皆、冒険者の旅の話を聞くのが大好きだった。
「そういうことなら、いいでしょう。……と言っても、話を聞かせるなら私だけで充分ですね。他はあまり話すのは得意ではありませんし……」
 シルフィードとリーフィアは、いつの間にかアカネ自慢に入ってしまいそうだし、コノハは任務で外に出ていたので、あまり冒険というものをしていない。
 アカネなら様々な話で盛り上げるくらい造作もない。
「森を探索するのはコノハ達に任せましょう。私がそれをできないのは残念ですが……それでいいですか?」
 村長の表情はみるみる渋いものになっていく。
「え、ええ……ですが森は万が一、という可能性もあります。何かあったのならば、無理をしないでください」
「わかっています。……では、私はシルフィ達を起こさなくてはならないので、これで失礼します」
「……はい。アカネ様はお昼頃、よろしくお願いします」
「承りました」
 そう言って、アカネとコノハは場を離れた。
「ごめんなさいね。私から提案したことなのに、押し付ける形になっちゃって」
「いえ、どうか気にしないでください。元々、ボクだけでも充分な相手でしょうし、無理にアカネ様が出る必要はありませんから」
 自信満々に言ったコノハは、腰に差していた己の得物をチャキッ、と鳴らしたのだった。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く