第54話　惚気話は最大の攻撃

　コノハの自己紹介が終わった面々は、次の問題へと移っていた。
「――お願いします！」
「いや」
「お願いしますっ！」
「やっ！」
　それは、コノハがアカネ達の旅に同行したいという問題だった。
　コノハが土下座し、アカネが却下する。　それが何度も繰り返されていた。
「ボクもアカネ様にもう一度ご教授をいただきたいのです！」
「前に言ったでしょう。私が教えられることは全て教えた。後は貴女の努力しだいだ、と」
「そこをなんとか！」
「いやよ。……それに、任務はどうするの？　貴女にしかできない任務は山ほどあるのよ？　それとも、貴女の他に任務遂行できる者がいるのかしら？」
「うっ……」
　それを言われたコノハは、渋い顔をする。正直なところ、彼女ですらギリギリな任務は沢山ある。それを他の者が遂行できるのか？　アカネはそれを問うていた。
　……まあ、実際はコノハ以外の者でも充分、任務は遂行できる。コノハは単独で動くため、任務の厳しさが増しているだけで、複数で調査をすれば簡単に終わるものばかりなのだ。
　そもそも、部下を大切に思っているアカネが、命の危険が及ぶ任務を任せる訳がない。そうするくらいなら自分で行った方が、心配する必要ないので遥かにマシだ。
「あのー、ちょっといいですか？」
　言葉に詰まっていたコノハに、リーフィアから救いの手が差し伸べられる。
「私は別に一緒でもいいと思います……」
「妹殿！」
「妹殿じゃなくてリーフィアでしょ。…………それで、なぜリフィちゃんが助ける必要あるの？　これはコノハがワガママを言っているだけなのよ」
　意外な人物からの助けだったため、アカネは少しばかり驚いたが、得意のポーカーフェイスで顔には出さなかった。
「だって……」
　本当に言ってしまっていいのだろうか。それを考えて躊躇ったリーフィアだったが、やはり言わなければ始まらないと口を開く。
「だってアカネさんが――本当に嫌そうではないからです」
「――なっ！？」
　コノハは驚きを隠せず、リーフィアとアカネを交互に見つめる。当のアカネは、下を向いてプルプルと震えていた。
「…………ふっ、ふふっ――あはは！」
　こらえきれなくなったアカネは、腹を抱えて笑い始める。主人のこのような姿を見たことがなかったコノハは、それを呆けた顔で見ている。
「私が、本当に、嫌そうじゃない……くくっ、ああ、まさかリフィちゃんにそれを言われちゃうとはねぇ…………はあ、負けよ負け」
　両腕を挙げて降参のポーズを取る。
「正直なことを話すとね、邪魔をされるのが嫌だったのよ。これは【魔王】としての任務で行動をしているけど、私と二人の旅でもあった」
　だから、邪魔が入るのは避けたかった。その理由だけで、アカネはコノハの願いを頑なに断っていたのだ。　しかし、それをリーフィアに当てられるとは思っていなかった。
「……はあ、バレたものはしょうがないわね……コノハ、旅に加わるには私の出す条件を呑んでもらうわ」
　・四人だけで居る時以外は、アカネのことを【魔王】、もしくはそれを予測されるような言葉を決して言わない。
　・アカネ達のスキンシップを邪魔しないこと。
　・ついてくるからには、多少の厳しいことがあっても文句を言わないこと。
　・アカネ達の夜の営みを邪魔しないこと。
　・アカネが不在の時は、命を賭してでもシルフィードとリーフィアを守ること。
　・アカネ達のイチャラブ空間を邪魔しないこと。
　・最後に、シルフィードとリーフィアのことを下に見ることなく、同じ立場として接すること。
「この七つを守れるのなら、好きについてきなさい」
　主に三つが同じような条件だったが、アカネにとっては重要なことだ。
「わかりました！　……けど、この三つは何なのですか？」
　コノハにもそれを指摘されてしまった。
「そういえば言ってなかったわね。私、シルフィ、リフィちゃんは――夫婦なのです！」
「……へっ？」
　人は予想していなかったことが起こると、とても面白い顔になる。それはコノハも例外ではない。
「えぇえぇえええ！？」
　テントが揺れるほど大声で、驚きを表すコノハ。アカネは「言ってやったぜ」と言いたげにドヤ顔になり、シルフィードとリーフィアは恥ずかしそうに笑っていた。
「ま、まさか、アカネ様がそっちだったとは……」
「ちょっと、そっちって何よ。単に男が合わなかっただけだし……二人の熱量に屈しただけよ」
「告白したのは二人からだったの！？　というかアカネ様が受け！？」
　何か別の方で驚いているコノハ。
「お、おおお、二人はなぜアカネ様を！？」
「えっ、えっと……それは、何回も助けられていく内に、好きになって……それで……勢いで告白して、うぅリフィ……パス」
「……え、ええっ！？」
　みるみる声が萎んでいったシルフィードは、限界を迎えて横にいる妹にバトンタッチ。勝手に託されたリーフィアは、一瞬反応が遅れる。
「あの、お姉ちゃんと同じで、助けられてから段々と……好きに……」
　それでもしっかりと『好き』という単語を二人共使ってくれたことに、アカネは満足してニヤニヤが止まらなくなる。
「条件に夜の営みとあったけど、まさかもうすでに経験済みなの！？」
「うぅ……ううううう……！」
「……あ、あの……う、あう……」
　コノハの質問攻めは止まらない。
　顔を覆い隠して蹲ってしまったリーフィアと、またもや「あう、あう」しか言えなくなっているシルフィード。
　その二人を見ているのも楽しいが、そろそろ落ち着かせたほうがいいだろうと、アカネはコノハの肩を叩く。
「一旦、質問攻めはそこまでにしなさい。ほら、二人が茹でダコみたいになってるわよ」
「――ハッ！　ご、ごめんなさい！」
　姉妹はこれで羞恥プレイが終わったと安心した。アカネならばちゃんとコノハを落ち着かせてくれる。そう思った。
「何か聞きたいなら私が教えるわよ。シルフィとリフィちゃんについてなら、なんでも来なさい！」
　アカネは握り拳に親指を立ててサムズアップ。
「アカネ様……了解です！」
「「ちょっと待ってぇええええっ！？」」
　まさかの展開が訪れたことに、姉妹は疲れを忘れて全力で止めにかか…………
「私とシルフィが最初に出会った後にね、喫茶店で『あ～ん♡』をしてね」
「ほうほう！」
「――ぐはぁ！」
　……ろうとしたところで、羞恥心でシルフィードが倒れた。
「お、お姉ちゃ――」
「リフィちゃんの病気を、私がキスして吸い取ってね」
「ほおぉ！」
「コフッ(吐血)」
　姉の助けに入ろうとしたリーフィアも、同じように倒れ伏した。
　これで被害者が二人になったが、アカネの嫁自慢は止まらない。そして、何か言う度にコノハも興奮した様子で食いつく。
　そこには、ただの惚気話なのに、悲惨な光景が出来上がっていた。

　結局、日が暮れるまでそれは続き、姉妹二人は疲れきった状態で、ぬらりひょんとコンの稽古を受けたのだった。