世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第50話 最凶の子供

 ――なんで?
 アカネは目の前の光景に、素直に疑問を抱いた。
「ヘヘッ、こんなところで女三人と出会うとはなぁ」
「俺達は運がいいぜ。コイツらを奴隷として売り渡せば、一生遊んで暮らせるなぁ……けひひっ……」
「なぁなぁ、売る前にヤってもいいんだよなぁ?」
 ――なんで?
 再び、アカネはそんな疑問を抱く。
「森には同じ人種しか居ないのかしら? いや、前の奴らと兄弟という可能性が……いやいや、顔も声も似ていないし。けれど、性格しか似ていない兄弟も居るって聞くし…………ブツブツ……」
「……多分、血の繋がりもない人達だと思いますよ?」
「なるほど。ということは、今回もハズレなのね」
「なんだとテメェ!?」
「ナメた口きいてんじゃねぇぞおい!」
「ざけんなっ!」
「わーお、全く同じ反応……」
 疲れたように項垂れるアカネ。そして、同時に理解する。賊に落ちた者は皆、このようになるのだと。
『母上、どうなさいますか? 我ならばすぐさま、あの下賎な輩の首を噛みちぎって差し上げますが……』
 馬車を引いていたハクは、低い唸り声をあげながら、主人からの命令を待っている。
 盗賊の三人にハクの声は聞こえていないが、それが彼らにとって、唯一の幸運だった。その声は恐ろしいほどの怒りが込められており、シルフィードとリーフィアでさえ、恐怖から震えが止まらなくなってしまった。
「怒るのはいいけど、もう少し抑えなさい。シルフィ達が震えているわよ」
『――ハッ! も、申し訳ありません!』
 ハクの声が怒りから狼狽へと変わる。だが、賊共への威圧は継続中だ。……もっとも、賊共はハクの怒りを感じることができずに、ヘラヘラと笑っている。
「だけど、どうするの? 捕らえるにしても、『聖教国』までは遠いから邪魔になると思うけど……」
「正直、一緒にいたくありません……」
 ハクが威圧を抑えたことによって、恐怖から脱した二人が素直な意見を言う。リーフィアに至っては、明確な拒絶反応を示している。
「殺すのは何よりも簡単なんだけど……」
 この先、小さな村がある。 殺した時の返り血で村人に怪しまれたら、色々と面倒なことになる。だからといって、捕縛して旅を共にするのも面倒だ。
 それらを含めた結果、アカネは一つの結論に至る。
「……よし、無視しましょ」
『無視、ですか……追いつかれない程度に走り抜けることは可能ですが……』
「いいえ、もっと安全に振り切る方法があるわよ。――おいで【天邪鬼あまのじゃく】」
 妖は性格に一癖も二癖もある。その中でも天邪鬼は、特に癖の強い妖だとアカネは思っていた。
 それはなぜか。 理由はその場にいる全員がすぐに理解することになる。
『ウフフッ……』『アハッ!』『ねぇねぇ』『遊ぼっ!』『遊ぼうよぉ!』『アハハッ!』
『『『『アハハハハハハハハッ!』』』』
 甲高い笑い声が、四方八方から直接脳内に響く。耳元に囁きかけるように、又は両方の耳から同時に、それは聞く者全てに不安を与える不気味な声だった。
「うっ……何、これ……!」
「あ、頭に……直接……!」
『はあ……』
 二人は頭を抱えて呻き、ハクは呆れたようにため息をついた。
「天邪鬼、止めなさい」
 アカネの一言で、脳内に響いていた声はピタリと止む。そして、彼女の前に、いつの間にか少女のシルエットが現れていた。
「貴女の悪戯好きにも困ったものね……」
 本気で怒ってはいないアカネは、その少女の頭を優しく撫でる。天邪鬼は嬉しそうに目を細める。
「ママッ! 今日も遊んでくれるの?」
「もう……あっちの世界で充分遊んだでしょう? まだ足りないの?」
「うんっ!」
「……さすが子供ね。元気なのはいいことなんだけどねぇ。今は時間がないから無理なのよ、ごめんね」
「え〜? ヤダヤダ! もっとママと遊びたい!」
 抗議の声をあげる天邪鬼。 それをあやしながら、本当の子供がいたなら、このくらい元気なのかしらと、アカネは世の中の母親に賞賛の声をあげたくなった。
「私の代わりに、あの人達がめいいっぱい遊んでくれるらしいわよ?」
 そう言って指差すのは、襲うタイミングを逃している賊三人。いきなり指を指されて戸惑う三人とは真逆に、天邪鬼はパアッと顔を明るくさせる。
「本当!? ずっと遊んでていいの!?」
「ええ、貴女の気が済むまでずっと……」
 それは天邪鬼やハクからは、本当の母親のよう優しい微笑みに見えただろう。しかし、賊共から見たら、それは天邪鬼よりも不気味で恐怖心を増幅させる微笑みだった。
「「「――ヒィッ!」」」
 ――こいつはヤバい。
 それを察した賊共は、背を向けて自慢の脚力で敵前逃亡する。……だが、それはあまりにも遅すぎた。
「――ねぇ、なんで逃げるの?」
 先程までアカネと話していた天邪鬼が――賊共の目の前に現れる。
「横だっ!」
 賊の一人が指示を出して、道を外れた森の茂みへと進路を変更する。
「あっ、わかった! 鬼ごっこして遊ぶんだね!」
 それを別の意味で捉えた天邪鬼は、同じように森の茂みへと入っていく。やがて、その奥から無邪気な笑い声が聞こえてきて、木々を揺らす程の男達の絶叫が響き渡る。
「「うわぁ……」」
 見えない茂みの奥で何をされているのか。想像をしたくないのに、今も聞こえてくる絶叫のせいで、嫌なことを考えてしまうシルフィードとリーフィア。
 改めて妖の強大さを感じた二人は、遊びに行った時に嫌われなくてよかったと、心から安堵したのだった。
『さあ、母上。今のうちに中へお入りください』
 こうなることを予想していたハクは、すでに馬車を引く準備を終わらせていた。後はアカネ達が馬車に乗り込めば、いつでも出発は可能だ。
「ありがとう」
 アカネは短く礼を言って、馬車に乗り込む。
「ほらっ、二人もいつまでもボーっとしてないで、早く乗りなさい。無駄な時間を取り戻さなくちゃね」
 近くの村に行ったら、少しの休憩を取ってまたすぐに出発をしなければならない。
 忙しい未来を悟ったアカネは、不機嫌そうに空を見上げたのだった。

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