世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第49話 妖の加護

 その後、シルフィードが本格的に稽古を受けるのは、明日の夜から、ということになった。
 今回はあくまで宴。アカネと新たな二人の母親を歓迎する日なのだ。それで疲れさせてしまっては、申し訳ないという雪姫の提案だった。
 そして、妖達の住む異界を充分に堪能したアカネ達は、そろそろ帰ろうかという雰囲気になっていた。
「なんだ、もう帰っちまうのか」
「ええ、向こうに張ってきた結界も、弱まるころだろうし」
『久しぶりにお母様と会えたというのに、寂しいです……』
「そんなこと言わないで、コン。また明日来るから」
 コンだけではなく、見送りに来ている妖達全員が、しばしの別れを惜しんでいた。
 妖達はアカネだけではなく、シルフィードやリーフィアとも離れたくないと思っている。皆、二人のことを大好きになり、すでに新たな親として認めていた。
『リーフィア様……』
 ハクが一歩、前に出る。
「なんですか、ハクさん?」
『あちらの世界ではまだ大変でしょう。お節介なのかもしれませんが、貴女にキュウビの加護を――【汝に我らの光あれ】』
 リーフィアの手の甲が光だし、やがて紋様が浮かび上がった。
『これは一族に伝わる秘術。これで魔法をより扱いやすくなったことでしょう』
「…………凄い、とてつもない力が流れてくるような、そんな感じがします」
 より扱いやすくなっただけではない。魔法の力も格段に上がり、今まで力不足で放てなかった強力な魔法も、今のリーフィアなら簡単に出せるようになっている。
『これの力を過信し過ぎないよう、お気をつけください。そして……どうか、どうか私達がいない時も、お母様をお守りください』
「……はい、勿論です。何があっても、私はアカネさんを助けることを約束します」
『ふむ……女狐のくせに粋なことをする』
 先を越されたことにハクは、不機嫌そうに呻く。
『それでは、我も……シルフィード様、どうかこちらへ』
「え、ええ……」
 恐る恐るシルフィードも前へ出る。
『どうか母上をよろしくお願い致します――【我らの加護を、汝に捧げる】』
 リーフィアと同じく、手の甲に狼の紋様が浮かび上がり、強力な何かが流れ込んでくるのを、シルフィードは感じた。
「よかったわね、二人とも。それは二人を心から信頼している証でもあるの。きっと、貴女達の力になるはずよ」
 もちろん、アカネも同じ加護を貰っている。今となっては太ももの刻印と同化してしまったが、その力は【魔王】になった今も彼女を支えてくれている。
 きっと今の二人は、S級冒険者にさえ遅れを取らない実力を持っていることだろう。
 しかし、持っているのとそれを扱えるのは別だ。これから二人は、強大な力をコントロールするのに苦労する。だが、きっと使いこなしてくれるとアカネは信じていた。
「……さ、夜も明ける頃だろうし、帰るわよ。翁、皆を頼むわね」
「ハッ! 言われなくてもわかってらぁ。嬢ちゃんも気ぃつけな。もし何かあったら、遠慮なくオレ達を使え。そのために妖は存在するんだからよ」
「その時は頼むわ。私は貴方達を誇りに思う……ありがとう」
「その言葉だけデ、ご飯三杯はイケるナッ!」
 鎌鼬の言葉に、賑やかに妖達が笑う。
「シルフィ、リフィちゃん。手を……」
「ええ、それじゃあ今日はありがとう。翁、明日からよろしくお願いします」
「おうっ、あっちでも頑張れよ」
「えっと、今日は楽しかったです。それとコンさん、雪姫さん。明日から稽古の方、よろしくお願いしますっ!」
『はい、私達も最大限、貴女をサポートさせていただきます』
「向こうでのお母様の体力作りも大変でしょうが、それは決して無駄ではありません。どうか諦めないで頑張ってください」
「――はいっ!」
 コンと雪姫の激励に、リーフィアは元気よく答える。
「……二人も打ち解けたみたいで安心だわ」
「そうだな。皆、嬢ちゃんを信頼しているからこそ、あんたが信じた二人を受け入れたんだ」
「……本当、私は救われているのね。最近になって、本当に【魔王】なのかと心配になってくるぐらいよ」
「はっはっはっ! 【魔王】だろうが何だろうが、関係ねぇ。オレ達はあんたについていく。それは変わらねぇんだからよ。 …………っと、そうだった。後でデカい奴らにも顔を合わせてやれよ。今日の宴に参加できなかったことに、泣き喚いてたんだからな」
「そうね……明日、二人が稽古をつけてもらっている時にでも、あっちに行ってくるわ」
「おうおう、その方がいいぜ」
 これで全員が別れの挨拶を終えた。
 『グロウス』への帰り方は、行きと同じだ。刻印に魔力を流し、別世界への回路を繋ぐ。
 次は吸い込まれる感覚ではなく、自然と一体感になるような、そんな開放的な感覚をシルフィードは覚えた。 それもそのはず。精神体である彼女達は、空気に溶けるように光となり、空に霧散したのだ。
 そして、次に目を覚した時には、アカネ、シルフィード、リーフィアの三人がベッドの上で横になっていた。
 ムクリッとシルフィードは起き上がる。
「……戻ってきた。夢、ではないようね」
 手の甲に浮かぶ狼の顔のような紋様が、先程の出来事は夢ではないと語っていた。
「夢……ねぇ、どうなのかしらね」
 シルフィードの独り言に返事をする者がいた。横を見ると、アカネが横になったまま、シルフィードを見ていた。
「確かに夢のような感覚なのかもしれない。あそこは精神体しか行けない場所だからね。……けれど、まだ何もわかっていないのよ」
「何も?」
「ええ、何も。あっちに行っている時、もし現実の体に何かあったら、精神体はどうなるのか。 殺されたとしたら、精神体も滅ぶのか。それとも、精神体、言わば魂のようなものが異界に行っている訳だから、魂だけその世界に囚われてしまうのか。 そもそも本当に異界に行くことは安全と言えるのか。時空を跨いでいるから、脳には多大な負荷がかかっているのではないか。 全てがハッキリとわかっていないのよ。…………まあ、今まで私しか試せなかったから、人体への影響は実験できる訳なかったんだけど、ね」
「けれど、今のところ私には何の影響もない。それどころか、加護まで貰っちゃって……」
「そうね、かくいう私も何百回と異界に行っていて、悪影響はないから大丈夫だとは思っているけれど…………というかリフィちゃん、まだ起きないの?」
 シルフィードとアカネは同タイミングに起きた。しかし、リーフィアだけはまだ横になって目を瞑ったままだ。安全か安全でないかを話していた二人としては、いつまでも目を覚まさない、というのは心配になってしまう。
「ほらっ、リフィ、起きなさい……」
 ペチッペチッ、とリーフィアの頬を叩く。
「……えへへっ…………まだ遊びましゅ……すぅ、すぅ……わー、い……」
「…………寝てる、わよね?」
「…………寝てる、わね。ぐっすりと……」
 ただの疲れが溜まっていたリーフィア。それが現実に戻った瞬間、眠気が一気に来てそのまま寝てしまったのだ。
 それなのに、夢の中ではまだ遊んでいるとは……元気な子だとため息をつきながらも、内心ホッとするアカネ。
「私達も寝ましょうか。出発までにちゃんと疲れを癒やさないと、リフィちゃんみたいにね……」
「うん、実は私も結構――って、わぁ!」
 再び横になるシルフィードの腕が、急に引っ張られる。バランスを崩した彼女だったが、すぐに柔らかい感触に身を包まれた。
「ふふっ、セルフ抱き枕ね。いい夢見れそうっ」
「ちょっと、びっくりしたじゃない……もう」
「だって、抱かせてって言ったら、貴女断りそうだったんだもの……だから、強引に、ね?」
「別に断りはしないわよ。私だってこの感触、好きなんだもの」
「なんでそうやって可愛さを放出するのかしら、貴女達は……今夜はずっと離さないわよ?」
「……望むところよ!」
 軽いイチャイチャを始める二人だが、それもすぐに聞こえなくなり、代わりに穏やかな寝息が二人分追加された。
 それでも二人は、お互いの存在をしっかりと確かめ合うように、仲良く抱き合っていた。
 ――こうして夜は明けていった。

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