世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第45話 家族の食卓

「――さあ、召し上がれ」
 リーフィアとハクが大量に持ってきてくれた新鮮な肉。 それは沢山の肉料理として姿を変えていた。
 肉と野菜を充分煮込んで、味の深みを取り出した鍋。 粉をまぶして熱々の油に揚げた唐揚げ。 臭み消しの薬草で包み、大胆に丸々焼いた棍棒のような肉塊。
 それらが全て卓上の上に並んでいた。
「わぁ……! 美味しそう……」
 身体共に疲れているリーフィアは、沢山の肉料理を前に瞳を輝かせている。
「リフィちゃんには沢山頑張ってもらったからね。好きなだけ食べていいわよ。ハクもありがとう。貴方には一番大きい丸焼きをあげるわ」
『我は食事を取らずとも大丈夫です。それはリーフィア様に差し上げたほうが……』
「ダメよ。貴方だって食べれない訳じゃないし、同じく頑張ってくれたのだから。それに、一緒に仲良く食べるからこそ家族でしょう?」
『…………正直なことを申しますと、母上の手料理を食べたと同胞共に知られたら、嫉妬の対象にされそうだったので遠慮したのですが……ありがたく頂戴します』
 ハクはうやうやしくアカネから肉塊を受け取り、きちんと皿の上に置いて合図があるまで待機する。
「ハク、一つだけ訂正するわ。私の手料理ではなくて、私とシルフィの手料理よ。初めての共同作業ってやつね」
「――ぶっふぅ!」
「きゃあっ!」
 共同作業の辺りで、シルフィードは飲んでいたお茶を吹き出した。霧状になったお茶を被ったリーフィアは驚き、持っていたハンカチでそれを拭き取る。
「あ、アカネ……それは恥ずかしいからやめて欲しいんだけど…………」
「あら? 共同作業というのはシルフィから言い出したことでしょう? 今更何を恥ずかしがっているのかしら、この子は」
「いや……思い返してみれば悶絶レベルのことを言ったなぁ、と反省しているのよ」
「それでも私は嬉しかったわ。初の共同作業ができたことだけじゃない。シルフィが私を認めてくれているって再確認もできたのだから」
「アカネ……」
「シルフィ……」
「――ストップ! ストップです!」
 ラブラブ空間を作り出し始めた二人に、リーフィアが静止の声をかけた。
「ズルいです! 私も混ぜてください!」
 どうやら彼女は止めようとしたのではなく、混ざりたいから一時中断をさせただけだったらしい。
「もちろんよ。リフィちゃんもこっち側にいらっしゃい」
「はいっ!」
「……もう、リフィったら甘えん坊なんだから」
「お姉ちゃんだって人のこと言えないでしょ? いつもアカネさんのこと考えているくせに」
「――なっ!?」
 ああ、これは食事が中々始まらないな。と直感したハク。
 だが、一番尊い存在であるアカネが幸せと感じるなら、それはハクにとっても自分のことのように嬉しいのだ。


 妖達はアカネの過去を知っている。
 幸せという感情を与えられなかった彼女が、逆に幸せを与えてくれるというのは、妖達にとってもありがたいことであり、同時に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 ――我らでは母上に本当の幸せを与えられない。
 それを悟っているからこそ、シルフィードとリーフィアの存在は、ハクを含めた妖にはとてもありがたいことだった。
 だからこそハクは二人を新たな母君だと認めるし、アカネ同様に彼女達に身の危険が迫った時には、即座に駆けつけようと誓っている。
『……母上、折角の手料理が冷えてしまいます。話すのは食べてからでもいいでしょう』
 それでもやはりアカネの手料理を前にして、我慢などできない。 本当にラブラブワールドから戻ってこれない、なんてことにならないようにハクは会話の間に割って入る。
「おっと……それもそうね。折角、二人で作ったのに、それが冷めてしまうのは勿体ないわ」
 アカネが戻ってきてくれたことにハクは安堵する。 これで戻ってこなかったら、一匹悲しくアカネの手料理を食すところだった。
「はい、いただきます」
 手を合わせてから、アカネ達は肉料理を食べ始める。
 シルフィードとリーフィアは、まず最初に鍋を箸で突いていた。
「この鍋っていうのは初めて食べたけど、美味しいわね」
「色んな味が合さって飽きないです」
「気に入ってくれて嬉しいわ。……それに、皆が鍋を囲んで食べるからこそ、それは更に美味しくなるのよ。気持ちの問題って言われたら、それで終わりだけど……」
「けれど、これならいくら食べてもイケそうね。毎日食べたいくらいだわ」
「……それは私が飽きるわよ。時にはエルフ特製の料理というのも食べてみたいわね」
「それでしたら、任せてください! ここには現役が二人も居るんですから!」
 胸をドンッ! と叩いて得意げになるリーフィア。若干、爺くさい台詞を言っているのはスルーだ。
 その後も三人と一匹は、沢山ある肉料理を堪能し、それでも残ってしまった物はアカネの『アイテムボックス』にしまって後日食べることにした。
「はあ……食べた食べた。少し動けそうにないわ」
 アカネは腹を撫でて椅子に座っていた。 他の者も同じように食後の休憩をしている。
『母上……そろそろ我は一旦戻ります』
 そんな中、ハクはアカネに異界に戻ることを伝えに来た。
「そう……別にずっといてもいいのよ?」
『そうしたいのは山々なのですが、母上の負担を強いる訳にはいきません』
「……はあ、私は別に負担だとは思ってないけれど……わかったわ。出発する時間になったらまた呼ぶから、それまでゆっくり休んでいて」
「え、ハクさん、もう帰っちゃうのですか?」
 リーフィアが珍しいことに寂しそうにしている。
 彼女とハクは共に狩りをしたため、友好が深まっていた。だから、一度帰ってしまうということに寂しさを感じたのだ。
『ええ、我ら妖は強力故に現界するだけで、母上の魔力を消費します。それが上位妖となれば、更に負担は大きくなるのです。無駄に居座る訳にはいかないのです』
「そっか……いくらアカネでも魔力が減り続けるのは厳しいわよね」
「えっ? あ、ああ、そうね……」
 そういえば大切なことを教え忘れていたと今更思い出す。 それはアカネには魔力が一切ないということだ。
 それを知らない姉妹二人は、アカネの保持魔力量が凄まじいと思っている。
 だが、今はそれを言うタイミングではないだろう。『聖教国』に行って、ちょっと暇な時間にでも理解してもらった方がいい。
 ハクはそんなアカネの考えを、なんとなく察してくれた。
『それに、翁に報告もしておかなければ。二人の新たな母上ができた、と』
 その言葉に新しい母上二人は赤面する。
「大丈夫かしら……お前にアカネは釣り合わないっ! とか言われないかしら」
『それはありません。我らには母上の言葉が絶対。母上が決めた伴侶ならば、我らは貴女方を歓迎します。……それに、我はお二人を結構気に入っているのですよ』
「ハク……」
「ハクさん……」
 二人は感激して、ハクをヒシッと抱く。 ハクは何も言わないが、尻尾は正直者でしっかりと高速で揺れていた。
 そんな感動の空気に、アカネは考え込んでいた。 そして、ハクに一つの提案をする。
「――実際に私達が異界に行けば、話は早いんじゃないかしら?」

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