世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第40話 別れの告白

「…………どうぞ」
 話は長続きした。喉が乾いたとターニャが言い、リーフィアが席を立って紅茶を淹れてくれた。
「おっ、サンキュー。えっと……リー…………」
「リーフィア、です」
「おお、リーフィアね。覚えたぜ……多分」
「そこは自信を持って言いなさいよ。ごめんなさいねリフィちゃん。この子は見た目通り馬鹿だから……」
「い、いえ……! 気にしないでください……アカネさんもどうぞ」
「ええ、ありがとう。…………やっぱり二人が淹れてくれた紅茶は美味しいわね」
 別に特別な淹れ方はしていない。だが、シルフィードとリーフィア。二人の淹れた紅茶は、何となく落ち着く味がしてアカネは好きだった。
 それはターニャも同じらしく、淹れたてで熱くなっているのを気にせず、グイッと飲み干していた。
「初めて飲んだが、紅茶ってのもいいものだな。おかわりくれ」
「あ、はい! 少々お待ちください……」
 リーフィアは再びキッチンの方へと行き、新たに紅茶を注ぐ。
「…………なんか意外ね」
 その様子を見ていたシルフィードは、ポツリとそう言った。
「意外?」
「ええ、最初はもっと緊迫した雰囲気で会話が進むと思っていたのだけれど……なんか普通に和んでいる気がするのよね」
「ま、オレ達はいつもこうだからな」
 稀に魔王同士で近状報告をする時があるが、それは十分もしない内にただの世間話になっていたりする。挙句には『和の都・京』への旅行計画を企てる始末だ。
 基本自由人な魔王達はそれを気にしていない。アカネだけは自由さに呆れ果てていたが、流石にもう慣れた。
「最初はちゃんと話を聞いてくれるか心配だったのだけれど……私も基本的に暗い雰囲気は好まないのよ」
 アカネ達は既に世間話をしているような流れになっていた。
 【魔王】と出会ったら逃げるか殺すの二択しかない。 そう教えられてきた常識が、いとも簡単に崩壊していく感覚に、シルフィードとリーフィアは驚いていたが、アカネ達は寧ろちゃんと話し合いたいと思っていたのだ。
「ターニャは殺し合いたいと思うだろうけど、私や友人のリア……ああ、【幻魔王】リンシアのことね。彼女も戦わずに済むなら、そっちの方が楽でいいとか言っていたし……」
「正直なところ、雑魚に構っている暇はないって感じだろうけどな。オレの場合は強い奴と戦っていたら、いつの間にか雑魚も巻き込んでいるから変わりねぇけど」
「ターニャの剣技は意味不明なのよ。そりゃあ、あんな無茶苦茶に暴れれば相手側の統率も意味ないもの。――そうだ、シルフィもターニャに剣を教えてもらえば? きっといい体験になると思うわよ」
「えっ……私が、【魔王】に……? そんな、恐れ多いわよ」
「いや、シルフィは私と特訓しているでしょ。今更じゃないの」
 シルフィード達は、依頼を達成するついでに特訓をしていた。依頼場所に行く時も馬車ではなく、徒歩……しかも走って向かうようにもしていた。
 シルフィードだけではなく、リーフィアも走らせている。 魔法使いもいざという時に動けなければならない。そのため、今の内に体力を付けておこうということになったのだ。
「あ、そうだったわ…………でも、遠慮しておくわ。今の私じゃ相手にもならないと思うから」
「そう……格の違う相手を敵にした場合の立ち回りとかを体験するのに、結構いいと思ったのだけれど……」
 サラッと恐ろしいことを口にするアカネに、やっぱり断ってよかったと心から思うシルフィードだった。
「オレは別にやっても構わないけどな。だが、同時に実力も上げたいなら、アカネが適任なんじゃねぇか? 見た感じ、こいつはオレみたいな力で押す剣術じゃなくて、アカネみたいな技量が必要な剣術が合うだろ」
「うーん、そうなんだけどね。私ってあまり他人に剣術を教えないのよねぇ」
 アカネが戦う術を教えてあげたのは、過去に一人しかいない。
「そんなの体で覚えさせればいいんだよ。とにかく打ち合う。それを繰り返せば自分の弱点がわかんだろ」
「……へぇ、ターニャもしっかりと考えられるのね」
「ま、無駄に【魔王】やってねぇってことだ」
 ターニャも戦いに関しては、しっかりと物事を考えていた。それがアカネにとって驚くことであり、もしリンシアがこの場に居たなら、ターニャが偽物なのではないかと心配していただろう。
「…………ちょっと待って? アカネって剣も使えるの?」
 アカネが武器を使っているところを見たことないシルフィードは、そこに引っかかった。
「ええ、剣以外にも刀、斧、槍も扱えるわよ」
「凄い……普通の人はそんなに覚えないわよ」
 アカネは当然のように言っているが、それは普通に考えて異常なことなのだ。
 数種類の武器を扱えても、戦場で複数の武器を持つのはハッキリ言って邪魔だ。 だからこそ人は一番使いやすい武器を決めて、それだけを極めようとする。
 そしてアカネの戦い方を見た者は、その考えを丸ごとひっくり返すことになるだろう。
「くくっ、アカネの戦闘を見たら絶対に驚くぜ? 剣だけならオレが勝つが、アカネが全部を使ってきたらオレでもちょっと長引く。妖も使われたら……まぁ、無理だな」
 ターニャが言っているのは、近接でのみのことだ。それを足して【妖術】も使われると、【魔王】の中でアカネに勝てる者はいない。
 しかし、アカネにも弱点がある。 それは持久力がないことだ。
 アカネは魔力を常に取り込んで体を維持しているが、それを一気に消費するのはとてつもない負荷がかかる。
 それは動くという単純なことでも、同じことが言える。だから、シルフィード達の特訓は、アカネ自ら動くことは少なかった。
「ああ、そういえばアカネはもう旅立つんだっけか。タイミングが悪くてすまねぇな」
「…………いえ、いいのよ。必要なことだから仕方な――――」
 ――――ガシャーン!
 何かが割れる音がした。その方向を見ると、リーフィアが食器を手から滑り落としてしまっていた。
「ちょっとリフィちゃん大丈夫!?」
 心配したアカネは慌てて駆け寄るが、リーフィアは食器のことなんて忘れて、声を震わせながらアカネをガシッと掴む。
「べ、別の場所って……! アカネさんはどこかに行ってしまうのですか!?」
「…………それは」
「アカネ、私もそれは詳しく聞きたいわ。まさか、ターニャさんがここに来た理由でもあるの?」
「…………ええ、今日はそれを話すというのも目的に入っていたわ。さあ、座って……そして、私の話を聞いて二人がどうするか。それを考えて欲しいの」
 これはアカネの正体を明かすことよりも、辛い現実となるだろう。……二人の答えによっては、今生の別れになる可能性が高い。 それを予想していたため、彼女はいつまでも言い出せなかった。
 そして、今、それを言う機会が訪れたのだ。 アカネは【魔王】と名乗った時よりも、強い覚悟を持って席に座った。
「今、『聖教国』が秘密裏だけど、大きな動きをしている。私はそれを調査しに行くことになったの。奴らは言ってしまえば私達の最大の敵。それが何かをしようとしているならば、妨害をしなければ後々面倒なことになる可能性が高いわ」
「…………いつ、戻ってくるの?」
 シルフィードは震える声を必死に抑えて、アカネに質問をするが、彼女は首を横に振った。
「奴らの動きによっては【魔王】と話し合いをしなければならない。だから帰ってくる可能性は限りなく低いわ」
「いつ、いつここを……出て行ってしまうのですか?」
「明日の昼には……」
「――ッ……そ、う……随分と急な話ね」
「なるべく早めに調査したいのよ。これは私だけの問題じゃなくて、私の同胞も関係しているんだから」
 アカネは立ち上がり、頭を下げて謝った。
「……ごめんなさい。私の勝手で無理を言って、二人を連れ出すなんてことは……できない。だから、明日でお別れよ…………ごめんなさい。折角、私をパーティーに誘ってくれたのに、本当に……」
 再び、アカネは謝る。
「…………アカネ」
 シルフィードが名前を呼ぶ。
 ――パァン!
 次の瞬間、リビングに乾いた音が響いた。

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