世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第38話 妖鬼妃の呪い

 アカネは人生最大の危機を迎えていた。
「これは、どういうことなの?」
 部屋の扉にはシルフィードと、ベッドの下に潜り込もうとして、間抜けな格好をしているターニャ。
 ここは友人を招き入れていただけだ。と誤魔化すのが普通の言い訳なのだろうが、ターニャは悪い意味で有名人だ。
 顔はしっかりと見られてしまったし、なにより背負っている特大剣が、悪名高い【破壊王】の特徴と合ってしまっている。
 シルフィードがターニャの顔を知らないとかだったなら、まだ誤魔化せる可能性がある。 特大剣はファインドと同じ大物を扱う、珍しい女の子とでも言えば…………
「アカネ、答えて。なんでここに【魔王】がいるの?」
 現実はそう甘くない。 バッチリ顔を認識されていた。
「えっと…………」
「お? お前、あの時一緒にいた奴の一人か?」
「――ちょ!?」
 アカネがこの場を逃れる言葉を探している時、四つん這いを止めたターニャがそうなことを言い出した。
「貴女何を……!」
 こうなったらターニャが復讐に来たことにして、今すぐに彼女をぶん投げよう。そう思って頭を掴もうとするが、ターニャお得意の反射神経で避けられる。
「知られちまったものは仕方ねぇだろ? それならオレができることは、害意はねぇとアピールすることだけだ」
「…………ターニャ」
 驚いた。ターニャがそんなことを考えられる人物だとは思っていなかった。
「よう、人間……じゃねぇなエルフか? いきなり来ちゃって悪かったな。何せオレは有名人だからよ! 人前には出られねぇんだ」 
 あっはっは、と笑うが、それにつられて笑う者はこの場に居なかった。
「アカネ……」
「うっ、ごめんなさいシルフィ……」
「なんで、どうして謝るの? 謝るなら説明をしてから……!」
 アカネが【魔王】を部屋に呼んでいた。
 シルフィードはその事実を、裏切られたと思ってしまい、目元から大きな雫を溢す。
「ああっ、どうか泣かないで、シルフィ」
 下を向いて泣き出すシルフィードに、アカネは慌てて駆け寄り、その小さな体を抱きしめた。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。貴女を、貴女達を裏切った訳ではないの……だから泣きやんで? 私も正直に全てを話すわ。 だから、お願いよ…………貴女の姿を見ていると、罪悪感で私が死にたくなってしまうわ」
「……ぐすんっ、アカネはズルいわ……そんなことを言われたら、無理にでも泣くのを止めるしか……ないじゃない。馬鹿ぁ……」
 アカネの肩をドンッと叩くシルフィード。 それは彼女の今出せる全力だったが、アカネはそれを微動だにせず受け止める。
「一度、下に行きましょう。リフィちゃんも含めて、改めて話すわ」
「…………うん。先に行っているわ」
 そう言ったシルフィードは、少しフラつきながらも階段を降りて行った。
 これで先に待ってる。と言ってくれるのは、アカネが逃げないと信頼されている証拠だった。
 元々、騙しているとは自覚していたものの、それを改めて突き付けられると、胸の奥が締め付けられる感覚がしてしまう。
「……ターニャ、貴女にも出席してもらうわよ」
「わかった。元はといえばオレが、馬鹿やったのが悪いんだもんな。……もし、これでオレを悪人にして誤魔化しても、お前を責めないぜ」
「……ふっ、やっぱりターニャは馬鹿ね。私が大切な友人にそんなことする訳ないでしょ?」
「さっき頭に掴みかかったあれはどうなんだ?」
「…………うん。たとえ友人でも、そういうことあるわよね」
 アカネは下の階に行く前に、ギルドカードを取り出す。
「【解除ディスペル】」
 そして、ギルドカードにかけられているモザイクを消した。きちんと自分は【魔王】だと二人に伝えるために。
「おい、それを解除しちまっていいのか?」
「この魔法は簡単なものだからね。私も一度、術式を見たから自分でやることができるわ。…………さあ、行きましょうか」


 ターニャと二人でリビングに入る。
 こういう時、用心深い者なら『シルフィードがこっそり冒険者達を呼んで、奇襲をしてくるのでは?』と思うだろうが、アカネはそんな可能性を一切ないと断言していた。
 彼女も同じくらいシルフィードを信頼しているのだ。それに、先に裏切ったのはこちらなのだから、甘んじて奇襲は受け止めよう。……そう、密かに思っていた。
 現実はやはりそんなことはなく、リビングには緊張の面持ちで待っているシルフィードとリーフィアの二人が居た。
 リーフィアの方はまだ理解していなかった様子だったが、ターニャの姿を見た瞬間に全身が強張るのが見て取れた。
 アカネとターニャは、姉妹と対面するように座る。
 先に口を開くのはアカネだ。
「まずはこっちの紹介から始めるわね」
 そう言ってターニャを立たせる。
「二人も知っているし、今日会ったと思うけど……彼女はターニャ。私達【魔王】の一人にして【破壊王】の称号で呼ばれている者よ」
「――ッ!」
 どちらかが息を呑むのが聞こえた。 それでもアカネは続ける。
「ターニャ、こっちのエルフ姉妹が私の新しい仲間だった・・・・・人達よ。長い髪の方が姉のシルフィード。短い髪の方が妹のリーフィア、よ」
「ターニャだ。長い髪のねーちゃんは、驚かせちまってすまねぇな。それと、短い髪の方、お邪魔させてもらってるぜ」
「――は、はいっ! えっと、お気に……なさらず?」
「ハハッ! 気にしなきゃダメだろ。害意はないとしても、一応オレは世界を脅かす【魔王】なんだぜ? 問答無用で殺しに来るのが普通ってもんだ」
 ターニャは笑って冗談を言うが、リーフィアはそれを重く捉えて今にも泣きそうになる。
「……コラ、私の大切なリフィちゃんを泣かすな」
 アカネはアイアンクローにて、可愛い妹分を泣かせた者を成敗する。
「いでででっ!? じ、冗談を言って和ませようとしたオレなりの配慮だろ!?」
 アカネだってそんなことは察していた。だが、結果として泣かせたのだから、制裁は必要なのだ。
「……コホンッ、とりあえず全員の名前はわかったわね」
「待ってくれ、オレはまだ覚えていない」
「お願いだから黙ってなさい」
 ピシャリとアカネは言い放つ。 ちなみにこれは冗談ではない。ターニャの頭が絶望的に馬鹿なだけだ。
「最後に二人にお願いがあるの」
「お願い……ですか?」
「ええ、貴女達に――呪いをかけさせてもらうわ」
「「――――ッ!」」
 リーフィアはビクッ! と大きく震え、シルフィードは妹を庇うように前のめりになる。
「…………アカネ、それはどういうこと?」
「ごめんなさい。呪いと言っても、軽いものよ。これから話すことを誰にも告げることができなくなる呪い。命を取るようなことは絶対にしない。この状況で言うのもおかしいけど――どうか信じて」
 真剣な眼差しでシルフィードを見つめる。 これで断られたら、強引な手を使おうとは思っていない。それはそれで仕方ないことだと諦め、結局は素直に真実を明かすと決めていた。
「………………わかった。私はアカネを信じるわ。でも、リフィは――」
「お姉ちゃん、私も大丈夫だよ。だって、アカネさんはそんなことしないってわかるもん」
 根拠のない言葉だったが、それがリーフィアの答えであり、『信頼』という証拠だった。
「それに……二度と動けないと諦めていた私を、アカネさんは救ってくれた。ここで殺されても私は文句はないよ」
「……リフィちゃん」
 心からそう思ってくれていたリーフィアの言葉に、アカネは涙を流すのを堪える。
「二人ともありがとう。…………それじゃあ、かけるわね。【シルフィード・フェルエル、リーフィア・フェルエルに災いあれ】」
 これが【呪法】だ。 発動条件は対象の本名を知っていること。ただそれだけで呪いは発動する。
 バジリスクのように直接呪いをかけるのではなく、遠く離れた相手にも届く厄介な呪い。 しかし、これには大きなデメリットがある。条件付きの呪いは、発動する前に打ち消すことができる。そして、打ち消された場合、それは術者にそのまま返ってくる。
 例えば、神経毒で相手を殺したいと呪う。それが打ち消されたら、逆に術者が神経毒に苦しんで死ぬことになる。
 ただし、相手を即死させることはできない。じわじわと体を蝕み、苦しみを味わわせながら殺す。
 メリットとデメリットが大きいのが【呪法】というものなのだ。
「…………はい、これで終わりよ。それじゃあ本題に入りましょうか」
「えっ、これで終わりなの? もっと何かあると思っていたわ」
「だって、ほとんど害のない呪いだもの。自覚がないのが普通よ」
 シルフィード達は本当に呪いをかけたのか疑うほど、体に違和感がないのだろう。 だが、しっかりと呪いは発動し、二人の心臓にしっかりと刻印が刻まれている。
「…………それでは改めて、私はカンナギ・アカネ。ここに居るターニャの友人にして、正体不明だった最後の――――」
 アカネは深呼吸してから、姉妹を真っ直ぐ見る。 そして、冒険者カードを二人の前に差し出し、自ら正体を明かす。
「【魔王】よ」

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