世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第35話 人々の間違った知識

「【魔王】が現れました!」
 それはその場にいる全員に、充分な衝撃となった。皆が雷に打たれたように動かなくなり、アカネは激しい頭痛を覚えた。
「そ、そんな……魔王だなんて…………」
 リーフィアが体をガクガクと震わせ、己の杖をギュッと抱きしめる。
 恐怖で震えているのはリーフィアだけではない。
 シルフィードや『不変の牙』も、それぞれ違った反応を示しているが、そのどれもが【魔王】に対して恐れを抱いていた。
「魔王、ですか……予想外の大物が出てきましたね」
 その中、S級冒険者のアザネラとウィードの二人は、比較的落ち着いていた。
 それでも纏っている雰囲気は先程までのものとは異なり、極限まで気を高めているものとなっていた。
「…………それで、一班はどうなったの?」
「一班は離れた場所で待機。決して手を出さないよう伝えてあります」
「……となると、そろそろ冒険者の中で暴走しそうな奴が出てきそうよね」
「中には手柄を欲しがる連中もいますから…………昔の私も人のことを言えませんが」
 アザネラの予想に、肯定しながらも昔のことを思い出して、恥ずかしそうに頭を掻くウィード。
「もし、冒険者全員で戦ったとして、俺達が勝てる見込みはあるのか?」
「……相手によるわ」
「相手による? それはどういう意味です?」
 ようやく復帰したアカネは、アザネラの言葉に疑問を持った。
 他の同胞を庇う訳ではないが、『エール王国』の冒険者如きが絶対的君臨者の【魔王】を倒せるとは思っていなかった。
「魔王は誰よりも有名よ。だからこそ対策もできる。…………中にはどうしても対策できない奴もいるけどね」
 特に対策できないとされているのは【破壊神】――ターニャだ。
 彼女は全てを力でねじ伏せる。 どんなに数で押そうとも、即死級の罠を仕掛けようとしても、圧倒的な力の前には全て無力。
 だが、アザネラはもう一人、どうしても対策できない魔王がいる。と言った。
「それは誰です?」
「…………わからない」
「はあ……わからない、ですか?」
「そうよ。わからないの。それが誰なのか、どんな力を持っているのか、その魔王だけは何の情報もない」
 現在判明しているのは【竜王】、【女帝】【幻魔王】、【破壊王】、【死帝】、【爆滅帝】の六人。
「魔王は七人いるのは知っているでしょ? あと一人、全てが謎に包まれている人物がいるはず……」
 残りの一人。それはアザネラの目の前にいる【妖鬼妃】アカネなのだが、そんな重要なことを教える訳がない。 それと同時に、今まで徹底して姿を隠してきたことが無駄ではなかったと嬉しく思うアカネ。
「……っと、話し込んじゃったわね。本当に冒険者が暴走する前にさっさと現場に行きましょう」
「そう、ですね……シルフィ、リフィちゃん、準備はできてる? ガッツさんも……」
「私達はもう大丈夫よ。いつでも行けるわ」
「おう、こっちも大丈夫だ。A級の意地を見せてやるよ」
「皆様、ありがとうございます! 外に馬車を用意してあります。そちらに乗って『魔獣の森』へお願いします!」
 アカネ達はすぐに二つあった馬車へ乗り込んだ。
 片方はアカネ達三人とアザネラ、ウィードの計五人。もう片方は『不変の牙』の五人だ。
 道のりが長いということで、内装は腰が痛くならないよう座るところはソファのように柔らかかった。 速度も出て、なおかつ継続力があるように馬が二匹、馬車を引いていた。
 どう見ても貴族の馬車だったが、この時のために冒険者ギルドが用意してくれたのだろう。
 その中ではそれぞれが【魔王】に対しての作戦を練っていた。
「そういえば森跡に出現した魔王って誰なのか、わかっているんですか?」
 馬車を操作しているギルド職員へシルフィードが質問する。
 急いでいたせいで詳細を聞かずに出てしまったが、魔王の対策を練ることを考えると、それは悪手だった。
 だからこそ今のうちに情報を聞き出したかったのだが、職員は一言目から謝罪をする。
「実は…………」
 職員が言うには、一班の冒険者の中に【魔力探知】を使える者がいたらしく、肉眼で捉えられない距離で【魔王】の膨大な魔力を察知した。
 殺気よりも濃厚な魔力を直に当てられた冒険者は、発狂して気絶。一班はその場で緊急停止し、二班に助けを呼んだのだと職員は言った。
「その冒険者が時々『魔王が……』とうなされていたので、正体が判明したということです」
「魔王だとはわかっていても、姿までは知られていない。そういうことですね?」
「はい……そのとおりです」
「でも、それって結構拙いわよね」
「そうですね、魔王相手に対策できないとなると……勝率は大幅に下がりますね」
 S級の二人はこのことを大きく捉えていたが、アカネはそんなのどうでもよかった。
(事前に対策をしようと私達には意味がないわ。それを真っ向から潰すのはターニャだけだと思っているみたいだけど、それは大間違いよ)
 ターニャ以外は人間相手に決して本気を出さない。出したとしてもアカネの【侵蝕之死視】のように、バレずにやる。それは人間に対策をさせないためだ。
「そういえば魔王ごとに対策を立てていると言いましたが、例えば【爆滅帝】が相手だったらどんな作戦を練っていたのですか?」
「ん? ……そうねぇ、奴は炎属性の爆発する火球を手のひらから出すわ。炎魔法の効果を打ち消す結界を張りながら、手のひらを意識して戦う。それが一番有効じゃないかしら?」
 そう、本気を出さなければ、人はこのように間違ってくれる。
 【爆滅帝】バルハクは確かに炎魔法が得意だ。見た目に反して威力の高い火球を投げつけるのは強力だが、それは彼の全てではない。
 ――遥か昔の英雄がもたらした重火器。
 それは魔法ではないのに、大地を抉る威力を持って爆発するする球を打ち出す『グレネードランチャー』や『ロケットランチャー』という危険な物だ。
 それは英雄の中で危険視され、封印されることになったが、バルハクはそれに惹かれた。あるいは恋をしたと言っても過言ではない。
 そしてバルハクは【創成術】で、重火器の弾丸やグレネードを無限に創り出し、同じく自身が創り出した異空間へと収納していた。
 そのように無数の爆発物にて周囲の地形が変わるまでとことん爆撃する。それがバルハクの――【爆滅帝】の真の戦い方。 炎魔法の爆撃など、ただのサブ武器。つまり、炎魔法を打ち消す結界を張られても、ほぼ無意味なのだ。
 …………これは余談だが、バルハクの使用する異空間を、リンシアがどうにかして使えないものかと試行錯誤した結果。出来上がったのが『アイテムボックス』だった。
(……とにかく、人間はいくら考えても【魔王】には勝てない。今回は安心してやれそうね)
 そう結論付けた時、馬車が徐々に速度を緩めて、やがて止まった。
「到着しました!」
「おっと……もう時間はないようね」
 全員、馬車から降りる。 横を見ると、もう一つの馬車から『不変の牙』が降りてくるところだった。
 周囲を見渡すと、まだ『魔獣の森』からは遠く離れているらしく、一班は退避命令が出たのか、そこには二班以外誰もいなかった。
「ちょっと皆集まって」
 アザネラは皆を集め、最終確認をする。
「その先にいる魔王は誰かわからない。だから、何が起こるかもわからないわ。私達は魔王の正体を確認したら、すぐに退避。もし、追いかけてくるようだったら、倒すのではなく撃退を心がけて。絶対に深追いはダメよ」
 全員がアザネラの言葉に頷き、森があった場所へと慎重に進み始める。
 先頭はフィードと『不変の牙』の短剣使い、ビル。 その後ろにアザネラとアカネ、ガッツ、シルフィード。 残りはその後ろをついてくる構成になっている。
「……おかしいですね」
 先頭を歩いているフィードが呟く。
「すでに森が見えてもいい頃合いなのですが、一向に見えてきません」
「やっぱり森が消えたってのは本当らしいのぅ」
 ビボップが髭を撫でながら、やはりまだ信じられなさそうに難しい顔をする。
「うう、何もなければいいんですが……」
「リフィ、大丈夫? もし、危なかったら私が絶対に貴女を守るからね」
「……ううん、私だってお姉ちゃんを守るんだもん」
 恐怖に震えるリーフィアは、それでもなお決意に満ちた表情で杖を握る。
「ふふっ、それじゃあシルフィとリフィちゃんを私が守るわね」
 そこにアカネも混ざったことで場は少しだけ和むが、すぐに皆の緊張は最大に達することになる。


「これは……酷い」
 そこにあったのは何もない……いや、何かはあったと思われるクレーターがあった。
 その一番深い中心部に居るのは、小柄な少女。
「――ッ! あれは!」
「嘘っ、そんなまさか……」
「おいおい、よりによって【破壊王】かよ!?」
 そこにいたのは、人間から一番恐れられている暴力の権化、ターニャだった。
「……………………んん?」
 ターニャは半分寝ながらも、近づいてくる反応……その中の一つを察知してゆっくりと顔を上げる。
 そして――――
「おっ、やっと来たか。待ちくたびれたぞアカ――――」
「うぉおおぉおおおぉおっ!?」
「ね――って、オァアアアア!?」
 アカネはキャラに似合わぬ叫び声を上げ、【瞬天】にてターニャの前まで移動。無防備な腹を蹴り飛ばした。
「やっべぇ! 空を飛んでるよ私! あははは…………ってこれどうすんだぁああ…………ああぁぁぁ………………」
 呑気な声で叫びながら、ターニャは遥か遠くへと吹っ飛んでいく。
「ふぅ…………」
 危うくターニャに名前を呼ばれそうになったアカネは、難を逃れたことに安心して一息つく。
 そして、ターニャが飛んでいった方向に、心の中で敬礼をしてから、ポカーンとしている面々がいる場所へクルッと体を向ける。
「さあ、帰りましょう」


 その顔は同胞を吹っ飛ばしたとは思えないほど、とても晴れやかだった。

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