世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第26話 エルフ姉妹の実力

「グルァアアッ!」
 木の枝のように太い棍棒にこれまた同じくらい太い腕がしなり、大地を砕く一撃がシルフィードに振り下ろされる。
「――くっ!」
 それを最小限の動きで避けるが、攻撃の余波でシルフィードは体制を崩す。
「チッ……」
 棍棒の追撃が来る前に、地面を転がるように距離を取ったシルフィード。
 それを逃すまいと迫る豚鼻の魔物――オーク。
「――ブモォ!?」
 その時、一歩前に踏み出した魔物の足元が爆ぜて今度は魔物がバランスを崩す。
「えいっ!」
「ブッ!?」
 可愛らしい掛け声の後に、オークの頭に風の塊が直撃する。
「【風刃】、【疾風槍】、【旋風乱撃】お姉ちゃん、今だよ!」
 絶え間なく風魔法を繰り出し、オークを錯乱させたリーフィアが合図を出す。
「【ブースト】!」
 すかさず自身を強化したシルフィードが、オーク目掛けて地を駆ける。
「ブオッ!」
 一直線に駆けるシルフィードに、オークが棍棒を構えて迎え撃とうとする。
「させない【疾風槍】!」
 シルフィードを追い抜いた風の槍が、棍棒を持つ右手に直撃する。
「――はぁ!」
 思わず武器を落としてしまったオークは、一瞬悩んでシルフィードに意識を集中…………しようとしたが、目の前に迫っていた筈の彼女の姿が見当たらない。
「ブモ? ブフ――ブッ!」
 シルフィードの姿を探すオークだったが、次にはその首がボトッと鈍い音がして地面に落ちる。 遅れてオークの巨体が前のめりに倒れて大きく痙攣をした後、それは二度と動かなくなった。
「…………ふぅ」
 終わったと安心したシルフィードが深く息を吐く。
「お疲れさまリフィ。久しぶりなのにいい援護だったわ」
「うんっ、ベッドで横になっていた時もイメージだけはしていたから……足手まといにならなくてよかったよ」
 ――パチパチッ。
 姉妹とオークの戦いを遠くから観戦していたアカネと雪姫は、拍手をしながらお互いを褒めあっている二人の元へ歩く。
「二人ともお疲れさま」
「オーク相手とはいえ、お見事でした」


 姉妹に先生ができた次の日、リーフィアのブランクを埋めるため、アカネを含めた三人は『オーク討伐』の依頼を受けて王国近くの草原まで来ていた。
 ついでに二人の実力と連携を見ておこうということになり、雪姫を呼び出して戦いには手を出さずに、動きを見ていたという訳だ。
「二人から見て私達の動きはどうだった?」
 今回は中々いい動きができたんじゃないかと自負しているシルフィード。
 しかし、先生二人の顔は微妙だった。
「そうねぇ……まずはシルフィ。 オークの攻撃をギリギリで避けたのが、一番の減点ポイントよ。そのせいで危なくなって、奴がもう少し強いオークだったら、今頃貴女は平べったくなっていたでしょうね。 それに、貴女の剣は速いけど真っ直ぐ過ぎる。今回のようなオークは、知能が低いからなんとかなっているけど、これが貴女と同格の相手だったら、攻撃を利用されてしまうわ。 いくら技量が高くても、シルフィに力がないから立ち回りでなんとでもできてしまう。 それを補うためにシルフィには今後、基本的な動きと、絡め手を覚えてもらいましょうか」
「うっ……わ、わかったわ」
 期待をしていただけに、ボロクソ言われてしまった時のショックは大きい。
 ガクリと項垂れるシルフィードだったが、アカネが正しいことを言っているのは理解していた。 だから諦めずに立ち直ってくれる。
「次にリーフィアさん」
「は、はい!」
 雪姫が口を開き、リーフィアは何を言われるのか警戒して杖をギュッと握りしめる。
「貴女はシルフィードさんの援護に集中しすぎて、他の考えが疎かになりすぎです。 まず、敵のことをわかっていません。オークは全身が硬い筋肉で覆われています。故に斬撃の耐性が高い。今のリーフィアさんの魔法では、オークの皮膚を切り裂くことはできないでしょう。実際に先程の戦いでは衝撃は与えられても、確実なダメージにはなっていませんでした。 貴女は水魔法と聖魔法も使えると聞きましたが、なぜそれを使わなかったのですか?」
「それは……苦手、だからです」
「苦手だからといってそれを疎かにしていては、いざという時に使えません。私だって炎属性の魔法は扱いが苦手でしたが、自分の手足のように扱うことができるまでになりましたよ」
 雪姫の言葉をしっかりと聞いていたリーフィアだったが、一つだけ気になったことがあるらしく首を傾げる。
「雪姫さんに炎魔法……ですか?」
「ああ、言ってなかったわね。雪姫の操る魔法属性は『氷』。炎と水の複合技よ」
 リーフィアの問いを代わりにアカネが答える。本来、この世界には氷属性というのは存在しない。
 炎、水、風、聖、闇。 この五属性が一般的に知られているものだ。
「ちなみにオリジナルでもなんでもありません。 『炎とは熱』そう考えるとします。そして、大気の温度を魔法で低下させます。つまり熱を奪うのです。そうすれば周囲は凍てつきます。 そして水魔法で水を出す前に、炎魔法で熱を奪ってしまえば氷ができます。何も難しいことではありません。 …………さて、リーフィアさんの話に戻りましょうか。 この土地は乾燥した土でできていますよね? 土は水と混ぜたら…………」
「そうか! 地面は泥になる!」
 リーフィアの回答に満足そうに頷く雪姫。
「その通りです。足元が泥になるというのは、とてつもなく強力な足止めになります。シルフィードさんなら跳躍するなどして泥沼をなんとかするでしょうが、オークは体が重いのですぐにバランスを崩します。 それに、聖魔法も目くらまし程度にはなるので、妨害に適していますね。……ちなみに光を一点に集めると、それは超高温度の熱となります。それでオークの目を焼くという手段もありました。 要は知識とそれを活かす使い方で、魔法というのは万能のものとなるのです。地形を把握し、敵を理解し、どうすれば最適解になるか……それを考えることで、後衛として、魔法を使う者として大幅に成長できるでしょう」
 リーフィアは今までと全く違った魔法の考え方に、感動して体を震わせる。そして学んだことを忘れないようにメモを取り始める。
 それに習ってシルフィードもメモを取るが、雪姫が教えたのは魔法使いとしての考え方なので、近接職のシルフィードにはあまり役に立たない。
 しかし、何かを学び、それを活かそうとしている心意気は素晴らしいものがある。
(雪姫は思ったよりも真剣に二人を強くしようと考えてくれている…………私も本腰入れて取り組まなきゃいけないわね)
 アカネは先生としての考えを改めて、雪姫に対する感心をより高めた。
「よしっ、次はオーク複数との立ち回りを見てみましょう」
 オーク単体は雑魚でも、それが複数となれば危険度は一気に増す。
 さすがに危なく見えたら助けようと雪姫と相談していたが、先程言われたことをしっかりと学んだ二人は、複数のオークと危ない場面はあったものの、しっかりとした立ち回りを見せたのだった。
 まだまだ二人は弱い。 しかし、弱いなりに強くなろうと努力している。
 二人がどこまで成長していくのか。 それを見届けるのが楽しみで仕方ないアカネなのだった。

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