世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第13話 宣言する魔王

 ――翌朝。
「ふふっ、これは面白いわね」
 情報を集めて帰ってきた女郎蜘蛛と土蜘蛛達。 そこにはアカネが予想していた通り、三年前の真相が書かれている。
 その結果を聞いたアカネは部屋で一人、魔王らしい邪悪で妖艶な笑みを浮かべた。
「……でも、困ったわね」
 領主を絶望に落とすために必要なものは全て揃った。 それでもアカネには最大の問題が残っていた。
「あんまり目立ちたくないのよねぇ……」
 京の代表兼魔王。 それがバレると少々面倒なことになってしまう。
(ただでさえ領主に喧嘩……売って? 売られて? まあ、どちらでもいいわ。それだけでも目立ってしまったんだから、おとなしくしていたいのが本心なんだけど……)
 今更ながら、決闘に自分一人で出ると言ってしまったことを後悔していた。
 決闘でシルフィードが活躍するように、影で戦闘を操るくらい魔王一の頭脳を持つアカネならば容易だ。
 だが、魔王のプライドが『敵は真正面から徹底的に潰す』というのを優先してしまった。
(うーん、とりあえず受けたものは仕方ない。勝負には勝つとして……問題はこれなのよねぇ)
 折角集めた情報をどうやって公言するか。 それがアカネにとって最大の問題だった。
 冒険者ギルドで領主との口論、決闘で勝利(予定)、それにプラスして領主の屋敷から回収した情報の開示。 これを全てやってしまったら嫌でも目立ってしまう。
(…………出たとこ勝負でいっか)
 頭脳戦最強の魔王は、考えるのを放棄した。


        ◆◇◆


  約束の昼時。
 アカネはギルド職員に案内されるまま、冒険者ギルドの裏側まで移動する。 彼女の動きは、さして緊張した様子もなくいつも通りゆったりとしていた。
 トンネルのような暗い場所を歩いて、明るく広い場所に出る。
 その中心には豪華な装いをしたウォントと、豪華ではないが歴戦の戦士と思わせる風格の、冒険者らしき者が五人。
「どうやら逃げずに来たようですねぇ。それだけは褒めてあげましょう」
「はあ……それはどうも」
 別に褒められても嬉しくないが、そこは空気を読んで曖昧に返事をしておく。
「……おやぁ? シルフィさんはいらっしゃらないのですか?」
「ええ、私だけで充分ですから。後、彼女は貴女に愛称で呼ばれたくないらしいわよ」
 ウォントの青筋がピクピクと動く。 どうやら馬鹿にされたと思ったらしく、苛立たしげにアカネを睨んだ。
「…………それにしても、聞いていた話と少し違う気がしますね」
「それはそれは、ただの馬鹿な女かと思っていましたが、ちゃんと考えられる脳はあるのですねぇ。……それで? 事前に何を聞いていたのですか?」
「本来は五人パーティーということだけです。…………ああ、貴方は戦力にならないから、人数にカウントされていないのですか? そうだとしたら申し訳ありません。情報通りです」
 ピキッ、と気持ち悪い笑みを浮かべているウォントが固まる。 青筋の動きが更に面白いことになった。
 彼の後ろで控えている冒険者達はそれが面白かったのか、何人かが下を向いてプルプルと震えている。
「まあ、見る目だけはいいらしいですね。後ろの方々は相当な実力者と見受けられます。それなりに名声があるのではないですか?」
「おっ! 嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか!」
 大剣を背負った髭の濃い男性が豪快に笑う。
「領主から聞いた話では、そこまで強そうじゃないと思ってたけど…………あきらかに纏っている雰囲気が化物級じゃないの」
「ああ、これは悪運を引いたかもしれぬな」
 次は魔法使いらしき女性と目元まで深くフードを被った男性が、警戒したようにアカネを見る。
「えぇい、お前達は黙って私に従っていればいいんだ!」
「口調変わってますよ〜」
「うるさいっ!」
 アカネが良心的に優しく指摘してあげたというのに、怒られてしまった。だが、その反応を楽しんでいるアカネは、口元を裾で隠してクスクスと笑う。
「ふ、ふんっ! そうやって余裕ぶっていられるのも時間の問題ですよ!」
「……あ、そっちのキャラで通すんですね」
「…………時間の問題ですよぉ! 貴女の惨めな姿を晒すために、こぉんなにも大勢の観客に集まってもらったんですからねぇ!」
 バッ! と勢いよく腕を振って観客達を指差す。
 冒険者ギルドの裏側、そこにある闘技場は冒険者同士の戦いを観戦するために、観客席が設けられている。
 全席うまれば一万人は軽く超えるだろう。
 ちなみに、シルフィードとリーフィアも観客席で座っており、アカネが勝つことを必死に祈っていた。
 別れる前にも二人から「頑張って!」と激励されてしまったので、パーティーメンバーとして恥ずかしいところは見せられない。
「後悔していますか? だとしても私は絶対に許してあげませんよぉ! 私に歯向かったこと、ぜぇええったいに後悔させてあげるんですからねぇ!」
(…………ん? そういえば……なんで決闘吹っ掛けられたんだっけ? むむむっ、思い出せない)
 それくらいどうでもいい情報ということなのだろう。 アカネはそう思うことにして、目の前のことに集中する。
 すると、ちょうどウォントが何かを言い終わった瞬間だった。
「――――ということです。わかりましたか!?」
「あ、ごめんなさい。考えごとしていて聞いてませんでした」
「馬鹿にするのも大概にしやがれ!」
「だからキャラを…………もういいです」
 後ろの冒険者達もアカネに向かって手を合わせている。口の動きから「我慢してくれ」だとか「すまん……」とか言っていた。
 なんとも好感を持てる冒険者達だった。
「もういい! キャラを演じるのも面倒になってきた!」
(キャラって言っちゃったわね……)
「審判! さっさと始めろ!」
 審判と呼ばれて近寄ってきたのは、細身の男性だ。 なんとなく眼鏡をかけて書斎に引き篭もっていそうな気がする。
「…………畏まりました。審判はエール王国冒険者ギルド、ギルドマスターであるファインド・ウォーカーが勤めさせていただきます」
「ギルドマスターでしたか…………」
 ギルドマスターは元冒険者がなるものだと聞いていたが、あのファインドは冒険者という雰囲気が全く感じられない。
(……魔法使いだった。という可能性もあるわね)
 そうだとしたら納得できる。
「おおっ、あの【剛剣】が審判なら安心して戦えるのぉ!」
(えぇ……?)
 冒険者の小さい初老――おそらくドワーフだろう。が言ったことに対して、アカネはもう訳がわからなくなっていた。
(【剛剣】って名前からして……多分、凄い剣を振るのよね。あの細い人が? 人間の体ってわからない…………あ、ターニャも小柄だったわね)
 ターニャは小柄で、一見したら成人していない少女のような姿をしている。 それなのに、身の丈よりも大きな大剣をブン回して嵐のように戦う。
 その時はターニャが魔王だからと一人で納得していたが、まさか人間側にも同じタイプがいたとは。
(…………っと、今日の相手はギルドマスターじゃないわ。今は無視よ無視)
「アカネ様? 大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫よ」
「……では、決闘にあたる注意事項を説明させていただきます。 決闘中は相手を殺さないこと。 ――以上です」
 アカネはずっこける。 少し恥ずかしいので小さく咳をする。
「…………んんっ! えっと、それだけですか?」
「ええ、それだけです。……だって、細かく言っても絶対に守ってくれないので」
 恨めしそうに観客席の冒険者達を睨む。
「心中お察しします」
 その気持ちに共感できてしまったアカネは、ペコリとお辞儀をする。
「ありがとうございます…………っと、無駄話は止めにして、そろそろ始めましょうか。 両者、位置についてください」
 アカネとウォント達は、それぞれ離れるように位置につく。 その間にファインドは立つ。
「――――始め!」
 戦いの火蓋は開けられた…………と思いきや、ウォントは動こうとしない。
「我が名はエノク・ウォント! エール王国第三区領主にして、Bランク冒険者である!」
 そして剣をアカネに向けて、高々に宣言した。
「「「「………………」」」」
 戦闘には似合わない静寂。
「…………はあ、左様で」
 一応、アカネは曖昧な返事をする。
「すいません、領主は一応・・、領主なので宣言しなければ『名声がぁあああっ!』ってうるさくなるんですよ」
「……………………はあ、左様で」
 察してくれたファインドは、補足を入れてくれた。 だが、それでもアカネは曖昧な返事しか返せなかった。
 観客席の冒険者達も呆れていることから、この宣言は恒例行事なのだろう。馬鹿なりに名声は気にするなんて、さすがは腐っても貴族だ。
「ふむ、それならば…………私も名乗っておきましょうか」
 別にウォントに向かって名乗ろうとは思っていない。 後ろにいるAランク冒険者達に敬意を表したまでだ。
「私はカンナギ・アカネ。後ろのAランク冒険者の皆様、今日は茶番に付き合ってくださり、ありがとうございます。 …………ですが、私の前に立ったのであれば、それなりの覚悟はあるとお見受け致します。その勇気と愚行に免じて――――決して本気を出さないと約束しましょう」
 優雅に一礼。
 その後、全てを魅了するかのような妖しくも美しい微笑みを向ける。
「さあ、かかって来なさい小童共。格の違いを見せてあげましょう」

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