世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第8話 持つ者と持たざる者の悩み

「ハッキリと見えてしまうのですが?」


【 名前:カンナギ・アカネ  種族:鬼族  職業:妖術師/拳闘士  称号:復讐者/呪われし復讐鬼/魔王/     神に仇なす者/妖鬼妃/軍鬼/武芸者/     武を極めし者/群れの長/禁術使い  技能:妖術『式神招来/鬼火/言霊』/呪法/仙術/     武真『武闘脚/魔闘術/刀術/斧術/槍術/        剣術』/錬成術/眷属強化 】


 カードにはそのように書かれていた。
 アニーに文句を言おうとしたが、シルフィードが呆れたように後ろから声をかけてくる。
「あのねぇ……本人が見えなかったら問題でしょ。ほら、私にカード見せてご覧?」
 渋々、胸の谷間……と見せかけて『アイテムボックス』からカードを取り出す。
「「「「おおっ…………」」」」
 周りの男性陣から声があがる。
「…………どこにしまってんのよ」
 シルフィードには半眼でツッコまれてしまった。
「いえ、他に場所がなかったので……」
 アカネの服装は着物だ。しかも、足元と胸元が大きくはだけていて、他人から見たら……エロい。 ポケットなんてあるわけないし、アイテムボックスがあるのでバッグを持っていない。
「これが大人の差ってやつなのね…………」
 シルフィードは自分の胸元を見て、とても深いため息を一つ吐いた。
(大人の差? シルフィはエルフだから、年は私と同じくらいだと思うのだけれど…………さすがに私よりも上ってことはないわよね。だって、私ってば…………いや、やめましょう。私が悲しくなる)
 アカネはシルフィードの悩みをわかっていなかった。
「…………そのうち大きくなりますよ!」
「言わないでぇ…………」
 そこでアカネはようやく理解した。 シルフィードが言っているのは胸の大きさのことなのだと。
(大きい胸なんて、なんのメリットもないのに……)
 アカネの体はひ弱なので、大きな胸のせいで肩こりに悩んでいた。 それから腕を組んで胸を支えるという方法を編み出して、肩こりはなくなったのだが、男性からの視線がウザくなっていた。
(あげれるならあげたいわよ……これも持つ者の悩みなのかしらねぇ)
「ほらっ、私も小さいですし!」
「揺れてるじゃねぇかっ!」
 アニーに励ましのような止めを刺されて、激昂しているシルフィードを見ていると、なぜだか可哀想に思えてくる。
「ほら、アカネもさっさと渡す!」
「あ、はい……どうぞ……」
「はぁ…………どれどれ? へぇ、アカネってカンナギって名前だったのね」
「……ああ、京では家名が前に来るんですよ。カンナギのほうが家名で、アカネが名前です」
 これは風習のようなもので、大昔に『和』を好んだ英雄の名前を習ったものだ。 ちなみに『カンナギ』というのは、その英雄の苗字でもある。
「あの……アカネさんは…………なぜここに?」
「なぜ、とは?」
「い、いえ! アカネさんは京出身なんですよね? そんな遠いところからなんでかなぁ? って、えへへっ……」
 訂正するのが面倒なので言わなかったが、アカネは『和の都・京』ではない。そもそもアカネが建てた都なのだから、そうではないとわかる。ただ、第二の故郷と言っても過言ではないのは確かだ。
「……そういうことですか。シルフィにも話したのですが、私は旅をしたいのです。 長いこと仕事詰めの毎日を過ごしていたので、外の世界を知らなかったのですよ。なので、京が安定しているこの機会に外の世界に触れておこうかなと…………お恥ずかしい話ですが」
「そう……なんですね。ということはすぐに出て行ってしまうのですか?」
 アカネは考える。 旅をするのであれば適当に『エール王国』を観光して、すぐに次の場所へ行くのもありだ。
 だが、今のうちに目立たない程度に冒険者ランクを上げておきたい。そうすれば別の場所でもそこそこの活動ができるのではないか。
(ということは、まだ暫くはエール王国に滞在したほうがいいのかもしれないわね)
 そう結論付けた。
「もう少しだけこの国に残ろうかと思います」
「そうなんですねっ! わからないことがあったら、遠慮せずにじゃんじゃん聞いてください!」
 素早く手を取られてブンブンと振られる。
「え、ええ……よろしくお願いします」
 魔王になってからこんなにも呆気に取られる場面が連続したのは、何十年ぶりだろうか。
(まあ、悪くないわね……)
 愉快なのはいいことだ。
 ターニャがアカネとリンシアの仲間内に入った時もそんな感じだった。 ただ、その時はターニャ本人が手に負えない問題児過ぎたので、死ぬほど大変だった。
 実際に一度だけ本気の殺し合いもした。半径百キロ範囲の地形が変わるほど、壮絶な殺し合いだったが、今となれば笑い話だ。
「ねぇ、アカネってパーティー組む予定はある?」
「パーティー? いえ……今のところありませんね」
 普通の人と一緒に行動していたら、いつかはアカネの力が異常だと疑われてしまうかもしれない。 それならばソロで行動したほうがいいのかもしれないと、アカネは思う。
「えっと……アカネがよければなんだけど…………私とパーティーを組んでくれない?」
「――へっ?」
 まさかシルフィードから誘われるとは思っていなかった。
(けど、いいのかしら。シルフィもソロで行動しているっぽいし、会って間もない私なんかに命を預けられるのかしら)
 冒険者パーティーは信頼が一番大切だ。個人の力量よりも重要なことで、信頼ができていないと連携なんてできない。
「もちろん私なんかに命を預けてって言うつもりはない。だけど……信じて欲しいの」
 迷いのない真っ直ぐで綺麗な目で見つめられてしまう。
 シルフィードもわかっていた。 わかっていながらアカネを誘ったのだ。
(だったら私は、それに応えるしかないじゃない。…………やれやれ、本当に人間は私の予定を狂わしてくれるわね)
 諦めたように笑う。 魔王一の頭脳を持つアカネですら、全く予測できない事象。 なんと心地よいものなのだろうか。
「不束者ながら、よろしくお願いいたします」
「その他人行儀な話し方もダメ」
 バッサリと言われ、頬を膨らますアカネ。
「…………むぅ、仕方ないわね。ほんと、貴女は面白いわ」
 こうして、アカネとシルフィードはパーティーを組んだ。
「……ということは二人は『Bランクパーティー』になりますね」
「えっ?」
 驚きの声はアカネからだ。
「シルフィってBランク冒険者だったの?」
  てっきりCランクかと思っていたアカネは驚く。
「そういえば言ってなかったわね。ふふんっ、凄いでしょう?」
 もの凄いドヤ顔だ。 このうえないドヤ顔だ。
「Bランクになったのはつい最近ですけどね」
 ここで思わぬ裏切り者が現れた。
「ちょっとアニー、それ言ったらダメだからねっ!?」
「でも、Bになれるだけでも充分凄いと思うわよ?」
「そ、そう? ふふっ、こう見えても強いのよ?」
 また調子に乗り出したので、少し失敗したなと反省するアカネ。
「そうだ! アカネはまだ宿を取っていないわよね?」
「そうね。どこか安い宿があればいいんだけど……」
「だったら私の家に来ない?」
「――いいの!?」
(やった! これでわざわざ宿を探す手間が省ける。それに女一人でっていうのも正直心配だったのよね。……あ……やっぱり誰かのお家にお邪魔するんだから、手土産とかあったほうがいいわよね。こういうのを想定してなかったから、菓子詰めを持ってきてなかったわ。向かう途中で買う? いやいや、本人の目の前で買うのも……ハッ! 赤べこは…………ダメよね)


「……シルフィさん。大丈夫なんですか?」
「パーティーを組む以上、話しておかなくちゃいけないでしょ」
 アニーは声を潜めて問いかけ、シルフィードは決意を込めた面持ちで答えた。 アカネはいつもの長考に入っていたため、二人の会話は聞こえていなかった。
「そうと決まればさっさと帰りましょうか」
 そこでようやくアカネが思考から戻ってくる。
「そうね。お言葉に甘えてお邪魔す――――」
「おぉおおやぁあぁああ? そこにいるのはシルフィ殿ではありませんかぁああぁ?」
 アカネの言葉を遮って粘りつくような男性の声が、冒険者ギルド内に響いたのだった。

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