世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第6話 最強の必殺技「あ~ん♡」

 その後、アカネとシルフィードの二人は、出会った場所から近くにある人間の国『エール王国』まで来ていた。
 出会ったエルフの女性、シルフィードはそこを活動拠点としているらしく、ちょうど冒険者の仕事を終わらして、『エール王国』に帰る途中だったのだと教えてもらった。
 賊共はシルフィードが冒険者ギルドに連れていき、一息付いたところで二人は、ギルド近くの喫茶店で休憩していた。
「へぇ、アカネさんは『和の都・京』から来たのね。それじゃあ、その服も京のなの?」
「はい。これは着物といって、京に住んでいる人はほとんどこのような格好をしていますよ。……それと、さんを付けなくていいですよ」
「そう? じゃあ私もシルフィって呼び捨てにして大丈夫よ」
「ふふっ、外の人達に聞かれたら嫉妬されてしまいますね」
 アカネはそう言って外を見る。
 シルフィードは冒険者として名のある人物らしく、特に女性に人気がある。 喫茶店で休んでいる今も、外にはシルフィード目当てで来ている者がいて、人の集まりができていた。
「人気なのですね」
「私としては恥ずかしいだけよ……」
「上に立つ者の悩みですね。慣れるしかありませんよ」
 アカネもシルフィードの気持ちはわかる。 昔は部下に囲まれながら、常に羨望の眼差しを向けられていたアカネ。 最初はとても恥ずかしがってしまい、それのおかげでポーカーフェイスが得意になってしまった。
「その口ぶりだと、アカネも同じようなことが?」
「ああ、いえ。私の上司がそうでして、よく愚痴を聞いていたんです」
 変に畏まられるのも面倒なので、そこは嘘をついた。
「苺のパフェとチョコレートケーキ、お待たせしました〜」
「あっ……と来ましたね」
 シルフィーともが苺のパフェ。 アカネがチョコレートケーキだ。
「うーんっ! 仕事の後のパフェは最高だわぁ!」
 両手を頬に当てて心底幸せそうにパフェを食べ進めるシルフィード。 その可愛さに外野は歓声をあげる。 アカネも少しばかりドキッとしてしまった。
「ほらっ、アカネも食べてっ」
 クリー厶が乗ったスプーンを運んでくる。いわゆる「あ~んっ」というやつだ。 これには外野からも羨ましいとの声が。
「あ、いや……うっ…………あ、あーん」
 負けた。
 『妖術』を編み出した時から無敗だった、あのアカネが謎の圧力に負けたのだ。 ある意味、シルフィードの「あ~んっ」は最強なのかもしれない。
「どう?」
「お、おいひい……れしゅ……」
 だが、アカネだって【魔王】のプライドがある。 負けたままでは終わらせない。
「…………んんっ! ありがとうございます。私のチョコレートケーキも美味しいですよ。一口……どうですか?」
「えっ!?」
 やられたらやり返す。 倍返しではないが、これでシルフィードの意表を突くことができた。
「い、いやぁ、私は遠慮するわ」
「いえいえー、こっちはパフェを貰ったのです。何かお返し・・・をしなければ後味が悪いってものです」
 アカネは微笑みながら、内心でほくそ笑んでいた。
「さぁ、どうぞシ ル フ ィさん?」
「え、ええ…………あー……んっ、ん……」
「どうです? これもなかなか美味しいでしょう?」
「うっ……ひゃい……と、とても美味しい、わ……」
 やはり「あ~んっ」はシルフィードでも恥ずかしかったらしい。
 これで引き分けだが、二人は致命傷を負っていた。特に精神的なダメージが大きく、賊と戦ったときよりも疲れていた。
 唯一、勝ちだと言い張れるのは外にいる外野達だけだろう。
 勝手にヒートアップする外野を見て、二人はハッと我にかえる。
「……普通に食べましょうか」
「……そうね」
 そうして二人は、一時的に休戦協定を結んだのだった。



 それから数分後。 外野はいつの間にか解散をしていて、二人もようやく落ち着いた。
「…………アカネはなんでここに?」
「お恥ずかしい話ですが、人との交流をしたいなと思いまして」
「人との交流? 京には沢山の人が来るんじゃないの?」
「あはは……ええ、毎日沢山の人が訪れますね。ありがたいことなのですが、仕事が多くて約百年……ですか? その間、一切外に出れなかったんです」
 そんな言葉にシルフィードは呆れた表情になった。
「うわぁ……京の仕事の裏側を見た気がするわ…………」
 実際に事務処理をしていたのはアカネとイヅナ、それと信頼できる部下八名の計十人だ。 その他は経営や警備等に回ってもらい、京の安全を優先させている。
「仕事自体は忙しくありませんよ。私が勝手に仕事を終わらせているだけです」
 その分、部下の仕事量を減らしているので、アカネ以外は自由な時間を過ごせると言う訳だ。 もちろん、部下にも最低限の仕事をさせているので、能力の低下というのは全くない。
「アカネは【仕事の鬼】って称号が付きそうね」
「ありそうで怖いですね……」
 称号というのは、誰かに言われ始めたら勝手につくので、結構本気で冗談にならない。
 称号というのはその人を表す名称だけではない。実際に称号による効果が存在するのだ。
 もし【鬼殺し】という称号を持っていたなら、その人は鬼族に対する力や耐性などが強化されることになるだろう。
 【仕事の鬼】なんて称号がついたら、仕事大好きっ子になるかもしれない、とアカネは思えて笑ってしまう。
「京も今は安定しているので、上司に許可を貰って旅を始めたのです」
「ふぅん……それなのにまだ冒険者登録はしてないの?」
「冒険者登録? したほうがいいのですか?」
 アカネは人の常識に疎い。 なので、旅をするだけなのに冒険者登録する意味があるのかわからなかった。
「城下町に入るのにアカネは通行料を払ったでしょ? 冒険者はそれを免除されるのよ」
「そんな利点があったとは……全然知りませんでした」
 京では通行料を取らないようにしている。
 そのため、金に煩い商人等も気軽に足を運べるようになり、人と共に物資がよく運び込まれる。
 個人の商いも申請すれば、法に反する物以外ならば許可していた。 そのため、商人の店も都の各地に展開されており、物資補給のために京を訪れる人も沢山いる。
 そして、補給ついでに観光をしてもらい、間接的に京の売り上げも向上。
 その分、人が沢山行き交うので、警備を強化しているという訳だ。
「通行料が免除されるのはありがたいですね……」
 ちなみに『エール王国』の通行料は四銅貨。 軽いご飯くらいならそれで買える値段だ。
 この世界は共通の通貨が使われている。 銅貨、銀貨、金貨の三種類で成り立っており、銀貨は銅貨十枚、金貨は銀貨二十枚と同価値となっている。
 だが、城下町にある日常品なんかは安く、銅貨で買えるものばかりだ。家を買うのにも銀貨十枚程度ですむ。平民には金貨なんて滅多にお目にかかれない代物なのだ。
「それならば冒険者になる人が増えるのは納得できます」
 冒険者は常に『死』と隣り合わせの職業だ。 アカネは昔からなぜそんなものになりたがるのか、と不思議に思っていた。
 もちろん、通行料が免除される利点だけでは冒険者なんてやっていられない。 職を失った者や、親を幼くして失くした孤児が仕方なく冒険者をやっているのも、おかしい話ではない。
 だが、アカネはそう思うほど通行料の免除は魅力的に感じた。
「…………よしっ!」
 シルフィードは勢い良く立ち上がる。
「今から登録しに行きましょう!」
「ほえっ?」

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