殺されたがりの高望くん

ニムル

第1夜《白蛇》

 自殺願望。そんなものはとうの昔に捨てたと彼は言う。

 じゃあ君はなんでいつも死にたいと言うんだい? と、問いかけたことがある、と友人が言った。

 すると彼はこう答えたという。

『死ぬなら、他人に一発で苦しまずに殺される方がいいだろ?』

 そう答えた彼の不気味な笑顔に、私は『異常』を感じて、初めて同じ人に対して恐怖を抱いた。

 彼は今も、私の目の前で怪異の屍肉を燃やして、血に濡れた両手を見てニヤニヤと笑っている。

 その男の名は高望たかのぞみあつし

 彼は人のまま人をやめた、異常者だ。




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「ねぇねぇ」

 突然聞き覚えのない声で私の方を叩いてくる男がいた。旧校舎2回の廊下、誰もいないはずの生物室の方向から来たと思われるその声に、もちろん私は大ビビり。私の方に乗っている狐霊のコンは『なになに、ナンパ?』と少し嬉しそうだった。

「君が望月流現代当主、望月もちづき千夜ちやさんで合ってるか?」

「は、はぁ……」

 唐突すぎて気の抜けた返事しかできず、頭の中ではなんだこいつ急にどうしたとパニック状態な私だったのだけれど、その男はものすごい笑顔で私にこう言い放った。

「俺を殺してくれないか?」

 なんだこいつ……気持ち悪いという感想がまっさきに頭に浮かんだのだが、後ろを振り返ると、そこにいた男の体に白い蛇が巻きついていた。

「なにこれ……」

 思わず口から漏れたその単語に、男は「ああ、こいつか。君に実害はないから放っておいてくれ」

『何よあれ、私と同等の神格を五家以外の子が引き連れてるだなんて』

「ちょっとコンは黙ってて」

『はぁい』

 まぁ、確かに兼ねてより白蛇は神として進行されるものなので、実害云々よりは神様としての役割の方が強いのだろうが、そんなものが一人間にまとわりついているこの状況がまずおかしいのだ。五家である私たちは特別に加護があるから付いているだけであり、五家以外の霊能力者にはこの街で加護がついている人間はいない。

「ん、いや、何のことかな? 私には何もわからないからさ、じゃあねっ!」

 怖くなってその場から立ち去る。

『ふはは、また振られたな、敦』

 不意に後方からそんな声が聞こえたような気がした。




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「あはは、それは大変だったね!」

「もう、笑い事じゃないってば……」

「どこから聞きつけたんですかね、先輩が望月流隠密殺法を引き継いだ望月家の現代当主だってこと」

「なんなのさ、その妙な説明口調」

 あはは、と笑いが巻き起こる萬高校怪奇研究部の部室。そこに1人の男性が入って来た。

「おぉ、立久美たちくびくん、久々じゃないか。県道の大会の方はもういいのかい?」

「いやぁ、癖で真剣持ってきちゃって、危ねぇじゃねぇかって首になりました」

 えへへと照れるように頭を掻く彼を見てみんなはギョッとする。銃刀法違反で逮捕されなくて良かったと安堵。

「それで、なんの話してたんです?」

「あぁ、杏里あんりっちや、それがね、千夜ちゃんが男子に口説かれたんよー」

「なんだー、いつもの事じゃないですか」

「え」

 驚く桃木もものき部長をよそに、私は説明を始めた。

「それがね、いつものやつじゃなくて『俺を殺してくれないか?』って意味のわからないこと言ってきたやつがいて……しかも私が当主だって知ってたんだよね……」

 怪奇研究部の面々はみんな何かしらの怪奇退治などに通ずる家の元、更には街の代表の家に生まれた人達の集まる、よろず高校の、まぁ、私たちの逃げ場みたいなところだ。

 この萬街よろずまちには昔から多くの怪異怪奇が蔓延っていて、それ専門の退治屋たちが徐々に集まっていき、今は五家である『桃木』『望月』『立久美』『芦屋』『鴨居』の5つがこの街の霊能力者を地区ごとに管理し、一般市民には平穏な日々を過ごさせるための最善を尽くしていた。

「うーん、それ、うちの地区のやつかも」

「えー、杏里っち、それまじ案件?」

「桃木部長、ガチまじ案件です」

「うそーん、ちゃんと管理しなあかんでー、千夜ちゃんにのどに穴を開けられるでー」

 エセ関西弁で嬉しそうに話す桃木部長。ちょっと待って、それ私が乱暴者みたいじゃない?

「うちの管轄に住んでる、高望ですね、多分」

「へぇ、ていうか、初めて知ったよ? 私たち以外にもこの街にし……」

『だめ』

 いきなりコンに尻尾で口止めをされる。

「へ?」

 窓の外を見ると、巨大な白い蛇がこちらを覗いている。

『不用意な発言は引き寄せの対象よ』

「ごめん、コン」

「まぁ、察しはついたぞ」

 そう言うと芦屋は札を取り出し、とりあえず呪っとくか? と笑顔で言った。

 芦屋の背をぐるぐると這い続ける黒い蛇の姿を見て、私はいつも通り自分呪ってんなーと感心した。

 何でも、彼の家系は代々憑かれやすいらしく、それで祖先たちが編み出したのが自身を神格に呪わせることで憑かれないようにすることだったのだとか。

 それこそ先代先々代は神格に恵まれなかったのだが、彼、芦屋國光は違った。

 わざわざ全国各地の神格を見て周り、気のいい、裏切ることの出来ない神格をわざわざ捕まえに行ったのだ。次いでに私も同伴していた。

 黒蛇、カルラは、自身のことを羽のもげた鳥の末路だと言っており、最早この老体に何の悔いもない。背中で自由に這いずり回らせてもらえればそれでいいと言うので彼と契約をしたのだという。

 それからというもの彼の符術のレベルが上がりまくったのだが、それは別のお話。

「いや、呪わなくていいくね?」

『そうよねぇ?』

「鴨居……そんなんだからお前はこの間も化け猪に食われかけてたんだろうが!」

 詰めが甘い鴨居に起こるくせが出来ている芦屋は、私たち3人から見てもお似合いのカップルだ。

 幸い白蛇はずっとこちらを見ているだけなので、存分にいちゃついてもらいたい。目の保養。

 すると白蛇が、こちらに向かって話しかけてきた。

『すまんが、窓を開けてくれんかの?』

『あなた、昼間の白蛇さん?』

 コンがそう聞くと、『そうじゃ』と答え、『本体の神格は敦のところにいる故、すまぬな』と言いながら、窓を開けた部長に蛇頭で会釈し、『この姿のままでは入れぬか』と言いながらサイズを収縮。最終的には手のひらサイズの蛇となって私たちに話しかけてきた。

『そこの、先程あった女子様、ちょっといいかえ?』

「なに?」

 家の主を殺してやってくれとかだったらほんと堪忍してください、無理です。

『おぬし、不老不死、不死身専門の退治屋じゃろ?』

「はぁ」

『家の主の願いを聞いてやってくれんか?』

「いや、あなたがついてる時点で断固として無理でしょう」

『あの子の不死性にわしは関係ないんよ』

「はい?」

 白蛇の語り出したその話は、聞いたことのないくらい酷い作りで、本来はありえないような話だった。

 そしてこれは、街の怪異の倍増の引き金だったのかもしれない。

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