草食系男子が肉食系女子に食べられるまで

Joker0808

第12章 中編2 草食系とお嬢様

 一階ではいまだに、紗子と里奈が親子喧嘩の真最中なのだろう。ドタバタとやかましい騒音が度々聞こえてくる。当分は終わりそうにないなと、雄介は内心で思いながら現在部屋に居る女子三人の様子を見る。
「う~ん、雄介の匂いがする~」
「こういう本読むのね……」
「雄介さんの部屋……雄介さんが過ごす部屋……雄介さんが……」
 相変わらず俺のベットに寝っ転がって布団の匂いを嗅ぐ加山。本棚を物色しながらぶつぶつと何かをつぶやく沙月。大人しく座っていると思いきや、何やら顔を真っ赤にしながらブツブツと何か物思いに耽っている凛。 雄介はため息をついて、早く帰って欲しいと願っていた。
「お前ら、何しに来たんだよ」
「雄介が来いって言ったんじゃなかったっけ?」
「冗談上手くなったな、加山……」
「優子、違うわ。この前のお詫びをしてもらいに私達は来たのよ。だから何を言っても彼は断れないはずよ」
「沙月さん、確かに申し訳ないと思ってますけど、なんでもは無理です!」
「私は、雄介さんの部屋に入れたのでもう満足です!」
「凛ちゃんは、ほんとに何しに来たの……」
 呆れつつも、雄介はこの前のお詫びをしなくてはという気持ちは確かにあった。勝手に空気を悪くしたのは事実だし、理由を何も言えないからこそ、しっかりお詫びはしようと思っていた。
「詫びって言っても、俺は何をすればいいんだよ?」
「そうね、じゃあ私に対する敬語を辞めてもらえるかしら? 私達は同い年でしょ?」
「そ、それもそうだな……」
 雄介は沙月に対して、どこか苦手意識があった。自分よりも冷静でクールな彼女が身近に居る人間の中で一番大人っぽかったから、沙月に対しては敬語を使っていた。今からフランクに話せと言われても少し難しいと雄介は思っていた。
「じゃあ、次は凛ちゃんね」
「え! 良いんですか! 私は、もう部屋に入れただけでもう満足ですよ!」
 何やら興奮した様子で話す凛に、雄介は苦笑いする。しかし、凛に迷惑をかけたのも事実なので、雄介は凛の願いも聞くことにした。
「じゃ……じゃあ、お言葉に甘えて……」
 申し訳なさそうな様子で話し始める凛。雄介は、彼女ならそこまで変な事は言わないだろうと、内心でホっとしながら凛の言葉を待った。
「今度私と二人でデートしてください!」
「え?」
 思いもかけない凛の言葉に、雄介は目を丸くして間の抜けた声を出してしまう。あれだけ申し訳なさそうにしていた割には、外と面倒くさい願いに雄介は顔を引きつらせる。第一、雄介は里奈以外の女性とは、あまり二人で出かけたくはない。理由は簡単で、雄介の体調が悪くなった場合に、面倒なことになってしまうからだ。
「いや…あの…ほかの事じゃダメかな?」
「やっぱり、私と二人は嫌ですか……」
「いや、そういうわけじゃなくて…ほら、もしも一緒に出掛けて俺が体調悪くなったら、凛ちゃんに迷惑がかかるし……」
「でも、雄介さん。最近私の家に泊まった時に一緒にお風呂入ったけど、大丈夫だったじゃないですか?」
「一緒にお風呂!?」
 大声を上げたのは加山だった。加山もその日は慎の家にいたのだが、雄介の風呂に凛が乱入したことは知らなかった。加山は寝転がっていたベットから飛び起きて、雄介の方を向いた。
「私とは入ってくれなのに!! ずるい! 一体二人でお風呂で何をしたの?」
「なんもしてない! 凛ちゃんが勝手に乱入してきただけだ! すぐに俺は逃げたんだ!」
 雄介は加山の質問に答えるが加山は納得していない様子で、口をとがらせ雄介をジト目で見ている。
「で! 雄介さん! 結局私のお願いはどうなるんですか!」
「そんなのダメに決まってるでしょ? 彼女の私を差し置いてデートなんて」
「加山、ちょっと黙れ」
 凛の質問に答えたのは、雄介ではなく加山だ。雄介はそんな加山に呆れながら、凛の頼みをどうしたものかと考える。
(そういえば、凛ちゃんの言う通り、あの時は裸で抱き着かれたにもかかわらず、俺の体はなんともなかったな……いつもなら倒れて意識を失うレベルのはずなのに……)
 あの時の状況を思い出す雄介。雄介は試してみる価値はあるのかもしれないと、凛の頼みを聞き入れることにした。
「わかった良いよ」
「え! 本当ですか?」
(もしかしたら、女性になれる良い気会かもしれない。それに、凛ちゃんだったら加山と違って、くっ付いてきたりはしないだろう)
「じゃあ、今度暇な日にでも連絡するよ」
「はい! 楽しみに待ってます!」
「む~、私は? 私のお願いも聞いてくれるんでしょ?」
 加山が顔を膨らませて雄介に聞いてくる。雄介は一番面倒なのが来たと思いながら、顔をゆがませる。
「で、お前は何なんだよ?」
「じゃあ、私と付き合……」
「嫌だ」
「まだ途中なんだけど!」
 言葉をさえぎられ、雄介に文句を言う加山。雄介は加山が言い終える前に何を言うのか予想が出来ていた。
「お前の言いそうなことなんて予想できるよ。だから先に拒否しただけだ」
「む~、分かったわよ。じゃあ……加山って呼ぶのやめてよ」
「はい?」
 雄介は加山の言葉に首をかしげる。
「だから、雄介って私の事だけ苗字で呼ぶじゃん。だから私の事も優子って呼んでよ」
「あぁ、そういう事。まぁそんなんで良いなら……」
 雄介がそういうと、加山は目を爛々と輝かせて喜ぶ。
「やった! せっかくだから呼んでみてよ!」
「なんで、わざわざそんな事しなきゃいけないんだよ!」
「良いじゃん、せっかくだしさ!」
「断る! なんで用もないのに名前を呼ばなくちゃならないんだ…」
「それなら、名前を呼ぶくらい簡単な事じゃん! さぁ!」
 ベットから降りて、雄介の傍によって来る加山。雄介は知っている。こうなった加山は、名前を呼ぶまで頑として動かない事を…… 他の二人が止めてくれないかと、凛と沙月の方を見ると、凛は雄介のベットを見つめながら顔を赤くしてブツブツ何かを言っている。沙月は部屋の中を興味深々の様子で物色している。 自分で何とかするしかないと悟った雄介は、ため息を一つ吐き、あきれた様子でつぶやいた。
「……優子」
「キャー!! 大好きだよ雄介!」
「や、やめろ! 抱きつこうとするな!」
 加山は雄介から名前で呼ばれた事がうれしかったのか、雄介に抱き着こうとする。雄介はそんな加山から逃れるために廊下の方に避難する。
「バカ! あんま近づくな!」
「ああ、なんで逃げるの~」
「お前に近づかれると具合が悪くなんだよ! 少しは察してくれ!」
 優子、そういわれた事が相当うれしかったのだろう。加山優子はいつも以上に雄介に対して積極的にアプローチする。狭い廊下で、雄介は優子から逃れるのに必死だった。そのせいか、階段を上がってくる足音には気が付かなっかった。
「ゆ~う~く~ん……」
「ん? あ、里奈さん。落ち着きましたか?」
 優子から逃れた一心で、雄介は里奈の方に駆け寄る。里奈の前では優子もあまり大胆な事は出来ないだろうと雄介は思っていたからだ。しかし、雄介は気づいていなかった。姉がいつも通りでは無い事に…
「ユウく~ん、どうかしたの~?」
「いや、いつもの通り加山が……」
「あ! 名前!」
「慣れないんだよ! 仕方ないだろ!」
 雄介が優子と言い争いをしていたその時だった。里奈は雄介のを掴み、どこかに引っ張っていこうとする。
「あ、あの? 里奈さん?」
 あまりにも強い力で腕を掴まれた雄介は驚き、里奈の方を向いた。何やら里奈から黒いオーラが出ているような気がして、雄介は若干の恐怖を覚える。 そして、里奈はゆっくり口を開いた。
「ユウ君! もうこの家は駄目だわ! 二人で駆け落ちしましょう!!」
「何があったんですか!! 紗子さんと一体何がぁぁ!」
 話をしている間も里奈の掴む力は緩むことはない、次第に力は強くなっていく。
「さぁ! お姉ちゃんとこの家を出て二人で暮らしましょう! 大丈夫、お姉ちゃんが一生養ってあげるから!」
「待ってください! どうして急にそうなるんですか?!」
「この家を出れば、私たちは兄弟じゃなくなるわ! そうすれば結婚も……」
 うっとりとした表情を浮かべながらも、雄介の腕を掴む力は緩まない。そんな雄介と里奈の姿を見ていた優子は、里奈と雄介を引きはがそうと、間に割って入っていった。
「ちょっと、お姉さん! 何やってるんですか!」
「出たわね、私の宿敵! 今回は引けないわ、必ずユウ君を連れだして、二人で明るい家庭を築かなきゃいけないのよ!」
「何が明るい家庭ですか! それは私と雄介が築くので、安心して下さい!」
「どっちとも築かねーよ!!」
 雄介は二人に腕をつかまれて身動きが取れない、加山に腕を掴まれている影響なのか、雄介の体調はどんどん悪くなってきていた。 そんなところに、またしても階段を上がってくる人影が一つあった。
「まったく、何やってんの」
「さ、紗子さん……たすけ……」
 階段を上がってきたのは紗子だった。呆れた様子で揉めている三人を見つめながら腕を組んで仁王立ちしている。雄介に助けを求められ、紗子は雄介と二人を引きはがす。
「まったく、雄介がもう瀕死じゃないの」
「もう、優子ちゃんが離さないから……」
「お姉さんが変なこと言って、雄介を離さないからじゃないですか!」
 廊下での騒ぎに気が付いたのか、雄介の部屋のドアから沙月と凛が顔を出して様子を見ている。
「はぁ、なんだか私が居ない間に、雄介がずいぶんモテモテになったみたいね」
「……べつに…モテてない……です…」
「ハイハイ、とりあえずみんな下のリビングに来ると良いわ。そっちの方が広くて良いでしょ? それにお客様にお茶を出したいし」
 紗子の提案により、二階に上がっていた一同は一階のリビングに移動した。一階では慎がお茶を飲みながらお菓子を食べてくつろいでいた。
「お前、何してたんだよ?」
「ん? あぁ、お前の姉と母親の親子喧嘩を見てたよ……」
 雄介はさっきの影響で若干フラフラになりながら、慎の隣に座った。
「俺の苦労がすこしはわかっただろ?」
「まぁ、そんな話は置いといてだ。お前って見合いすんの?」
「はぁ!? なんでそんな話になってんだよ!」
 慎が周りには聞こえないように、雄介の耳元でささやく。雄介はそんな慎の質問に、驚きつつも小声で慎に聞き返した。
「いや、二人のケンカ中にそんな話を聞いたからさ、たしか相手はお前の母親の知り合いの社長さんの娘だって聞いたが?」
 そこで雄介はこの間、紗子から頼まれた話を思い出す。酷い男嫌いの娘さんと会って欲しいと言われており、雄介はその話を引き受けたのだ。
「あぁ、それは見合いじゃねーよ。ただの顔合わせみたいなもんだ」
「そうなのか? 俺にはまたお前の周りに一人女の子が増えるような気がするんだが?」
「なんでそうなんだよ……」
 雄介と慎がこそこそと話をしていると、沙月が興味を持ったのか、二人の側に寄り話を聞こうと耳を澄ませてきた。それに気が付いた雄介と慎は話を終わらせ、沙月の方を向いた。
「なにかようですか?」
「男二人で何をこそこそしているのかと思って」
「まぁ、気にすんなって、それより加山と雄介の姉さんがまたなんか言い争ってるぜ」
 慎が沙月の気を自分たちの方から、今まさに口げんかの真っ最中の加山と里奈の方に向けようとする。
「あっちはあの人が居るから大丈夫よ」
 そういって沙月は、雄介たちの方に向き直る。雄介と慎は誰の事かと思い、優子と里奈の方を見ると、二人を抑える紗子の姿があった。雄介と慎は「あぁ、なるほど」と思い、視線をもとに戻す。
「で、なんの話?」
「いや、太刀川さんよ。雄介の周りにまたしても女の子が増えそうなイベントが発生しているんですよ」
「まぁ、山本さん、それは本当?」
「そのわざとらしい口調を今すぐやめろ! あと、慎! 俺の予定にそんなイベントはない!」
 雄介が二人に文句を言っている間に、慎は沙月に事情を説明する。
「なるほど、天然のモテ男君の事だから、そろそろお嬢様ポジションの獲得に出てくるかと思ったけど、まさかこんなに早いなんてね……」
 沙月はごみを見るような目で、雄介を見つめる。
「ちょっと待て! 俺の話を聞いてくれよ!」
 雄介はそういうと、二人に事の経緯を説明し始めた。お互いに男性恐怖症と女性恐怖症で、互いに似た体質だから、お互いのリハビリになるかもしれないから会うだけで、別にお見合いというわけでは無いと……
「そういう事なら良いけど、一言だけ言っておくわ」
「なんでしょうか?」
「優子泣かせたら……」
 沙月はいつもの無表情のまま、雄介を見つめる。若干の沈黙の後、沙月はようやく口を開いた。
「……殺す」
((目がマジだ……))
 雄介と慎は沙月の言葉に恐怖を覚え、冷や汗をかくのを感じた。いつも無表情で何を考えているかよくわからない沙月だが、優子の事になると感情を表に出すことを雄介は知っていた。
「まぁ、というのは半分冗談で」
「半分かよ……」
「貴方が女性嫌いで優子と付き合えないのは知ってるし、はっきり断ったのも知ってるけど……その体質が治ったら、あの子をちゃんと見てあげて」
「あ、あぁ……」
 沙月の真剣だと思われる表情に、雄介は歯切れ悪く答える。雄介自身も考えてみた事はあった。もしも自分が普通の高校生で、優子から告白されたらどうしたのかを__ しかし、わからなかった。それは当然で、今の雄介は普通じゃないからだ。
「なんでも良いけど、あれは止めなくていいのか? 二人が三人に増えてるぞ」
慎がさす方向を見ると、優子と里奈のほかに紗子までもが参戦し、凛は一人でその三人を止めようと奮闘していた。
「なんであんなことになってんだ……」
 雄介と沙月は三人を止めに入り、なんとか三人は落ち着き、その場は落ち着いた。
「はぁ、なんだ少し心配になってきたわ……」
「今更ですか、紗子さん……」
 紗子はソファーに座って頭を抱えて悩んでいる。雄介は早く気づいてほしかったと思っていたのだが、ようやく気付いてくれたようで安心した。
「なんだか、一向に雄介の症状が回復しない理由が分かった気がするわ」
「わかって貰えたのなら、なるべく余計なことはしないでください…」
 そもそも、紗子と里奈が変なことを言わなければ、こんなにややこしい事にはならなかった気がする、雄介は声には出さないが、心の中でそう思っていた。
「まぁ、女の子が嫌になったからって、同性に行くのはやめて頂戴ね…」
「大丈夫です。絶対にないですから、俺と慎を交互に見るのはやめてください」
 まるで関係を疑うかのような視線で、紗子は雄介と慎を交互に見る。 そんな視線を向けられ、雄介と慎はお互いに距離をとった。
「その可能性はありそうで怖いのよね……」
「確かに、お兄ちゃんと雄介さんってすごく仲いいですよね……」
 紗子の言葉に反応して、優子と凛が疑いの目を雄介と慎に向ける。里奈も鋭い目つきで、慎を睨みつけている。その様子に慎は恐怖を感じ、目線をそらしていた。
「はぁ~、あの話は受けてきて正解だったかもね……」
「紗子さん! その話は今しなくても!」
 紗子が話そうとしている内容に、いち早く雄介が気が付き、紗子の言葉をさえぎる。雄介の行動に不信感を抱いたのか、優子は紗子に何を言いかけたのかを尋ねる。
「どうかしたんですか?」
「ん? 実はね……」
「紗子さん!」
 紗子は雄介を無視して、昨夜の話を皆に説明し始めた。里奈は話を知っていたからか、常時不機嫌そうに話を聞いていた。
「はぁ…またライバルが……」
「出来そうな予感ですね…」
 話を聞き終えた凛と優子が口々に言う。慎といい、この二人といい、さっきから何を言っているんだと、内心では疑問を抱いていた。
「早速次の日に会う事になってるのよ~、優子ちゃんと凛ちゃんには悪いけど、これは争奪戦になるかもね~」
「大丈夫です! 私負けません!」
「私も、優子さんにも負けないです!」
 紗子の一言に、凛と優子は激しく反応する。雄介は「何が争奪戦だよ…」と呆れながらその様子を見ていた。 そんな様子に不満を抱く人が一人いた。
「ちょっと! なんで私を置いて話を進めるのよ! ユウ君はお姉ちゃんのものです!」
 不満を抱いているのは最近何かと機嫌の悪い里奈だ。紗子が帰って来てからというもの、更に機嫌が悪くなっているような気がすると、雄介は思っていた。
「あんたはさっさと弟離れなさい、このままじゃ雄介の貞操が心配よ」
「私だって心配よ! どこぞの女にユウ君が誘惑されないかがね!」
 里奈は優子と凛を見ながら言葉を発した。意味を理解した優子と凛は里奈を睨む。周りは「また始まったよ」ともう当たり前かのように、その様子に慣れていた。そのせいか、沙月と慎は、出されたお茶菓子を優雅に楽しんでいる。
「なんでも良いけど、お前らもう帰れよ……何しに来たんだよ……」
 そんな中で、雄介ただ一人が、疲労感とストレスの限界を迎えようとしていた。


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