甘え上手な彼女

Joker0808

♯19




「由美華、ちょっと良い?」

「ん? どうしたの紗弥、そんな深刻そうな顔して」

 高志から子猫を見せて貰った翌日。
 紗弥は友人の由美華に、とある相談をしていた。
 話しを聞き終えた由美華は、困ったような顔をしながら紗弥に言う。

「えっと……泥棒猫?」

「そうよ、どやって奪い返すべき?」

「ごめん、ちょっと待って。えっと……それは、八重君が浮気してるって事?」

 由美華に尋ねられ、紗弥は少し考える。
 そして、眉間にシワを寄せ、考えながら答える。

「そういうのでは無い気がするわ……でも、高志が随分かわいがってるのよ……」

「か、可愛がる?! あの八重君が!?」

 由美華は、紗弥の言葉に驚いた。
 あの教室でも、あまり女子と話しをしなかった高志が、紗弥以外の女子を可愛がってるところなど想像出来なかった。

「ち、ちなみに……どんな風に?」

「頭を撫でたり」

「撫でるの!?」

「お腹撫でたり」

「お腹!?」

「膝の上に座らせたり」

「座らせるの?!」

 由美華は話しを聞いても、全く想像が出来なかった。
 それは彼の妹とかなので無いかと、由美華は思い始めていたが、友人が彼氏の妹を泥棒猫と呼ぶような性格では無い事を知っていた。
 何かがおかしい、由美華はそう思い、思い切って変な事を聞いてみることにした。

「紗弥……それって……人間?」

 聞いた後、由美華は後悔した。
 あの冷静でクールな友人に、自分は何を聞いて居るんだと。
 
「ご、ごめん! 変な事聞いた! 気にしないで……」

「猫よ」

「え?」

「だから子猫だって」

「……」

 由美華は、紗弥の回答を聞き、言葉を失う。
 そして同時に、友人が何を言っているかわからなくなった。
 ようするに、あの冷静でクールな友人は、子猫に嫉妬しているらしい。
 それに気がついた由美華は、一体何があったのかを紗弥に尋ねる。

「紗弥、昨日何があったの?」

 聞かれた紗弥は、昨日あった事を由美華に話した。

「……えっと、八重君が猫に夢中で、全然紗弥に構ってくれなかったと……」

「そんな感じ……しかもあの猫、私には一切懐かないし……メスだし」

「はぁ~、何かと思えば……学校ではイチャイチャしてるんだから良いじゃない」

「足りない」

「あんまり甘えてばっかりだと嫌われるよ?」

「ん……それは、困るかも……」

 不安そうな表情の紗弥を見ながら、由美華は思った。

(紗弥……変わったなぁ……)

 由美華は中学の時から紗弥を知っている。
 初めて会った時の印象は、大人っぽい子だと思った。
 男を寄せ付けず、言い寄ってくる男を冷たくあしらい、かといって冷たいだけではなく、優しい。
 そんな彼女が、高志の前でだけは笑顔を浮かべて甘える。
 中学の頃では考えられなかった、だから付き合い始めた時の紗弥の様子を見たときは驚いた。

「少しは、遠慮してみたら? 押してもダメなら引いてみろって言うでしょ?」

「そうかな? あんまり甘え過ぎだったかな?」

 不安そうに尋ねてくる彼女を見るのは、由美華は新鮮だった。

「好きなのはわかるけど、あんまりベタベタしすぎるのも良くないわよ?」

「……なるべく我慢する」

「なるべくなんだ……」

 恋をすると人は変わるというが、紗弥は良い例だと由美華は思っていた。
 前より毎日が楽しそうだし、表情も柔らかくなった気がしていた。

「そんなんだったら、八重君が他の女の子に言い寄られた日は、紗弥何かしでかすんじゃない?」

「多分、その子を泣かすわ」

(そのときは止めよう……全力で……)

 由美華はそう思いながら、高志が他の女の子に言い寄られない事を願った。
 もし本当にそんな事があったら、紗弥が何をするかわからないからだ。

(猫一匹でこれだもんなぁ~)







 紗弥と由美華が話しをしている頃、高志は優一と二人で廊下に居た。

「可愛いだろ? チャコ、変な格好で寝るんだよ」

「お前、相当な親ばかになりつつあるな……」

 スマホの写真を見せられながら、優一は呆れたようすで高志に言う。

「でも、紗弥も猫好きでよかったよ」

「懐いてはいないんだろ?」

「それは、多分初めて会ったから警戒してたんだよ、そのうち慣れるって」

 高志はスマホを眺めながら、優一に言う。
 スマホの画面には、チャコの写真が数多く保存されており、高志はそれを眺めていた。

「猫も良いけど、彼女も大切にしろよ。女って生き物は、好きな人の一番でいたいんだから」

「付き合った事もないのに、よくわかるな……」

「喧嘩売ってんのか!」

 優一は、隣の高志に大声を上げる。
 突然の大声に、廊下にいた生徒の視線が優一と高志の方に向けられる。

「悪かったって、謝るから少し静かに頼む……」

「っち! たくよー、幸せそうで羨ましいなー」

「その棒読みやめろよ、余計リアルだ…」

「でも、気をつけろよ、そろそろ奴らが動きだすころだ」

 優一は窓の外を眺めながら、高志に言う。

「奴ら?」

「あぁ、奴らだ……」

 一体誰のことだろうか?
 高志はそんな事を考えながら、再びスマホに視線を落とす。
 どうせくだらない事だろう、高志はそう考えながら、優一の話を聞き流す。

「あんまり余裕そうにしてると、痛い目みるぞ?」

「あぁ……そうだなー」

「お前なぁ……宮岡に恋を向けていた連中が、なんで今までお前に何もしてこなかったと思う?」

 話しを聞いていない事を察した優一は、高志からスマホを取り上げ、話しに集中させる。
 高志は、仕方なしに優一の話しに耳を傾け始める。

「そんなん知らないって、それよりスマホ返せよ」

「俺はお前の為に言ってるんだぞ! 恐らくそいつらが何もしてこないのは、今は作戦を練っているからだ! そして三週間が経った今日! なんだか怪しげな一団が、空き教室を借りて朝から何かしていたらしい……」

「部活じゃねーの?」

「そんな感じでは無いらしい、俺は恐らく、お前と宮岡が付き合ったことを良く思っていない奴らが、なにか計画しているんだと思う!」

「考え過ぎだって、そんな事して、どうなるんだよ?」

 高志は優一の話しを笑いながら否定する。
 そんな高志の対応に、優一は溜息交じりに言う。

「好きな子を取られるって、悔しいんだぞ……その子が可愛ければ可愛いほど」

「大丈夫だって、それに俺決めたから」

「何をだよ?」

「紗弥の事……好きになるって」

 頬を染めながら、高志は優一にそう告げる。
 流石にこんな事を言うのは恥ずかしい、しかし、高志は決意したのだ。
 あれだけ自分に好意を寄せてくれる彼女に、自分も答えたいと……。
 まだまだ、人を好きになると言うことを高志は理解出来ない。
 それでも、紗弥の好意に自分も本心で答えたいと、高志は思っていた。

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