シリ婚~俺の彼女はラブドール!?

上等兵

3話 「同居人とファッションショー」


 ――早朝五時、部屋に携帯のアラーム音が響く。
 
 「……」
 
 俺は眠りから覚めると、無言で携帯を操作し、アラームを止めてテキパキと運動ができる格好に着替えた。

 「……あっ、そういえば」
 
 ふとした瞬間、ベットを見て夜にあった騒動を思い出した。
 
 「俺が床から起きてベットにこいつが居るってことは夢じゃねーんだな」
 
 夜の騒動の原因である人形の『胡蝶』を眺める。
 
 「こいつ本当に生きてるのか?」
 
 ベットで微動だにせず寝ている胡蝶を見て本当は動かない只の人形じゃないかと疑った。暫くじっと胡蝶を観察すると着物が崩れてきわどい格好で寝ているのが目に写った。
 
 「…………ハッ、何見てんだ俺は、さっさと走りに行くぞ」
 
 我に返り毎朝の日課のランニングに出掛けた――。
 
 ――アパートを出ていつものように近所の河川敷に来た。ここは眺めも良くてランニングするにはちょうど良い。
 
 ――はぁ、まさか胡蝶があんな性格だったなんて。
 
 ランニングをしながら深夜の出来事を思い出す。
 
 ――あいつ全然説明書の設定と性格が違ったな、でも寝る前の一言は可愛かったな。
 
 『――私を可愛がれ』

 胡蝶は昨日、俺にそう言った。
 
 その事を思い出していると、すれ違う人達が怪訝な顔で俺を見る。それで自分がニヤついていることに気付き慌て表情を普通に戻した。その後恥ずかしくなってアパートまで全力で走った――。

 
 ――汗だくになり、アパートの自分の部屋の前に行くと、上は白のシャツで下はトランクスを履いた丸く太った男が立っていた。男の顔はパンパンに膨れ上がり肌は油っぽい。そして頭はハゲ散らかして目は怒っている。この人は俺の隣に住んでいるおっさんだ。
 
 「――おうクソガキ昨日はだいぶ騒いでたな」
 
 おっさんはドスの効いた声で言う。まるでヤのつく人みたいだ。
 
 「すみませんでしたー!」
 
 俺は瞬く間に土下座の姿勢をとりおっさんに謝罪をする。
 
 「今朝もお前の部屋で女が喚いてたから怒鳴ってやった」
 
 おっさんの言葉で俺は体が冷えていくのを感じた。
 
 おっさんの説教をされた後俺は恐る恐る自分のアパートのドアを開けた。そうして中を見ると胡蝶が部屋の隅で膝を抱えて丸くなっていた。

 「……あっ!」
 
 胡蝶は俺に気づくとものすごい勢いで迫ってきた。抱きつかれると思い両手を広げていると胡蝶に胸ぐらを掴まれた。
 
 「テメーどこに行ってたんだ!? 今朝起きて私がどんな思い…………何でもねえ」
 
 胡蝶は何かを俺に言おうとしたがやめて手を離した。
 
 「寂しかったのか?」
 「うるせぇ」
 「ぐはっ!」

 迂闊な事を尋ねて胡蝶に殴られた。胡蝶は顔が整っているので怒った表情がとても迫力があって怖い。今後は迂闊な事は言わないように誓った。
 
 ――しこたま怒鳴られた後俺はランニングで汗をかいていたのでシャワーを浴び事にした。その後は朝食だ。いつものように朝食のメニューはご飯と味噌汁にした。さっと朝食を作り終わるとそれを俺と胡蝶の前に置いた。
 
 「――おいなんだこれは?」
 
 胡蝶は不思議そうに聞く。
 
 「何って胡蝶の朝食だけど? 腹減ってないのか?」
 
 俺が聞き返すと胡蝶は俺をまっすぐ見つめて言った。
 
 「私は人形だ、食事はいらない」
 
 その言葉に俺は改めて胡蝶が人形だと思い出した。
 
「あ、悪かったな、すぐ片付ける」
 
 食事を掻き込むと食器を洗いに行った。
 
 「……気を使ってくれてありがとう、変態」
 
 洗い物の作業の間に胡蝶が後ろから小さな声で呟くのが聞こえた。

 ――こいつ意外に素直だな。
 
 胡蝶の感謝の言葉が嬉しかった。けれど変態呼ばわりはやめてほしい。
 
 「俺の名前は『大我』だ」
 
 洗い物を終えて胡蝶の正面に座った。
 
 「ああよろしくな変態」

 胡蝶はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて言う。
 
 ――こいつムカツク。
 
 そんな風に思っていると胡蝶が話しかけて来た。
 
 「なあ変態」 
 「……」
 「……なあ大我」
 「なんだ?」
 
 無視して無言でいると胡蝶が俺の名前を呼んだ。
 
 ――まったくこいつは素直なんだかそうじゃないんだか。
 
 「私もシャワーを浴びたい」
 「人形でも汚れるのか?」
 「そんなの当たり前だろ?」
 
 確かに時間が立てば何でも汚れる、俺はなんてアホなことを聞いたんだろう。
 
 「胡蝶はトイレとか行くのか?」
 「ぶっ殺すぞ」
 
 俺のデリカシーのない質問に胡蝶は即答した。顔は笑顔だが目は笑っていない。
 
 「この着物意外に服がほしい」
 
 胡蝶の服は今着ている一着しかない。
 
 「分かったすぐに用意してやる」
 
 俺がそう言うと胡蝶は嬉しそうに微笑んだ。普段もずっとその笑顔だったらいいのだが。
 
 ――暫くすると胡蝶はシャワーを浴びに行った。俺がバスタオルを届けに行ったらたまたま、ほんとーにたまたま偶然に裸の胡蝶に会った。決して狙って行った訳ではない。ひとしきり胡蝶に殴られたあと俺は胡蝶の服について考えた。

 ――ピンポーン。

 家の呼び鈴が鳴った。確認すると来たのは宅配便の人だ。荷物を受け取ると丁度胡蝶がシャワーを終えて出てきた。

 「何か来たのか?」
 
 胡蝶は扇風機の前に座って風に当たる。その後ろで俺は胡蝶の髪にドライヤーをかけた。
 
 「ああ、胡蝶の服が届いたんだ感謝しろよ?」
 
 俺がそう言うと胡蝶はソワソワしだした。実は胡蝶を購入したとき合わせて別の業者に人形用の服を注文していた。それが今さっき届いた荷物だ。
 
 「早く届いた服を着させろ」
 
 ドライヤーで胡蝶の髪を乾かし終わると胡蝶がそう急かすように言った。
 
 「まあ焦るなよ、それにいっぱい服を買ってあるんだ、せっかくだから俺の言うとおりに着てくれないか?」
 
 「……分かった」
 
 俺のお願いに胡蝶は疑いの眼差しを向けながらも承諾してくれた。これからファッションショーの始まりだ。
 
 「――おいそこの新隊員さっさと部屋にワックスとポリッシャーをかけろ」
 
 胡蝶は陸自の迷彩服に身を包んで腕を組み俺を見下しながら言った。現職のときこんな美人な上官がいたら俺は喜んで命令を聞いたんだろう
 
 ――次、黒のメイド服。
 
 「なんだこれ? この高貴な私に家事でもやらす気か?」
 
 胡蝶は俺を少し睨み付けて言った。胡蝶がメイド姿で家事をしているところを想像した……あまりうまくいかない気がする、ちなみに俺はロング派だ。
 
 ――次、セーラー服。
 
 「おい大我早く学校に行くぞ」
 
 胡蝶が学生鞄を後ろにぶら下げて言う。胡蝶がもし学校に通っていたら間違いなくクラスのアイドルになっていただろう。
 
 ――次、園児服。
 
 胡蝶は髪型をツインテールにして水色の服に黄色い帽子をかぶっている。
 
 「……」
 
 胡蝶は無表情で黙っている。
 
 「ぷっ……くく……あはははは!」
 
 あまりに似合わないので俺が笑っていると胡蝶はかぶっていた帽子を床に叩きつけて踏みつけ始めた。
 
 「わー! 俺が悪かった次はふざけないから落ち着けー!」
 
 俺は胡蝶を必死になだめた。
 
 ――次、白のワンピースに麦わら帽子。
 
 「おっこれはいいな私にぴったりだ、気に入った」
 
 胡蝶は片手で帽子を押さえながらくるりと一回転した。

 「うーん、正真正銘の夏の美少女と言ったところか……田舎で会ったら甘くて切ない物語が始まっちゃいそうだな」
 
 俺はそう感想を言う。
 
 「はぁ何言ってんだか……だが悪い気はしねえ」
 
 胡蝶はそう言って自分を見に鏡へ向かった。暫くすると胡蝶が帰ってきて笑顔で俺に言う。
 
 「――おい大我、今から外に行くぞ!」

 ――えっ、何言ってんのこいつ?
 
 俺は呆然として胡蝶を見た。

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