10年間修行した反動で好き勝手するけど何か問題ある?

慈桜

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 「どう言う事だっ!!!」
 テーブルを叩きつける全身甲冑の男の周りには、選び抜かれた強者の追跡者奴隷が立ち並ぶ。
「セナルアックスが帰って来ておりませんね…通信がとれません…恐らく気を失っているか、捕虜とされたか…」
「そんな事はどうでもいい。何故10万の兵で守りを固めておきながらヨルムンガルドが落とされたのだ!!」
「それについては私から報告致します」
 そこに現れたのは朱い強弓を背負う老人だ。 老人は一礼すると静かに話しだす。
「奴らは…アウリファナンティ神域のゴブリン共は、100を越える戦闘機に乗り空から自在に爆撃をしかけ、遊撃には多大なる力を持った鬼達を配備しておったと聞きました。」
 その報告に全身甲冑に身を包むイグニス・ブラド・カルディアンはテーブルに並ぶ豪華な食事をはらいのける。
 ガシャンと鉄の皿の落下音とグラスが割れる音が響くと、一様に静寂が訪れる。
「戦闘機とはなんなのだ!!たかが鬼如きが10万の兵と1000を越える追跡者、そしてグリムシリーズを持ったセナルアックス程の戦士を倒す事が出来ると言うのかっ!!!」
 そこに短髪でメッシュキャップをかぶり、皮のグローブを手に嵌めた男が口を開く。
「恐れながら発言を許して頂きたい。」
 イラついた様子の皇帝が視線を向けると細めた冷たい視線を向けながらアゴを動かす。
「言え」
「以前追跡者のギルドとクランについてはお話ししましたね?」
「御託はいいから内容を話せ!」
「……はい、アウリファナンティ神域の手の者の中に、我ら追跡者の中でも上位に席を置くギルド、雷々亭の写楽と言う一流プレイヤーが存在しました。」
 そのメッシュキャップの男の言葉に追跡者達は動揺の声をあげる。
「おい、あいつらは殺されたんじゃないのか?」
「確かフレンドリストからもプレイヤーリストからも消えたって……」
 そこに皇帝の怒号が響く。
「だまれ貴様ら!!発言を許した覚えはないぞ!!!」
 皇帝は更にテーブルを蹴り飛ばすと血走った目を追跡者達に向ける。
「だが如何に力があろうと木蓮の樹仏じゅぶつがあるだろう。あれは相当なチート?とやらなんだろう?」
 待ってましたと言わんばかりの抜群のタイミングで扉が開くと、バンダナを巻いた男が申し訳なさそうに部屋に入る。
「……木蓮、貴様も負けたのか?」
「……申し訳ない。天炎竜のブレスには耐えたのだが、その後の黒い槍に時間内物理・魔攻無効の樹仏が塵となった。」
 その言葉にイグニスの怒りは頂点に達し、自身の唇を噛みちぎり血が流れると同様に追跡者達の唇からも血が流れる。
「徹底的に敵の戦力を洗い出せ、そしてヨルムンガルド側へ全兵力を持って守りを固めろ。アインシュタットは捨てて構わん。」
「しかしそれではノースウォールへの壁が無くなります」
「ノースウォールなど脅威のうちに入らん!!いいか!!これは命令だ!!」
 冷静さを欠くイグニス皇帝の言葉に奴隷落ちした追跡者達は心の中でため息を吐く。
「お言葉ですが…」
 そこに口を挟んだのはフードのついたローブを目深くかぶった百目大蛇猫姫だ。
「なんだ?言ってみろ」
「アウリファナンティのゴブリン達は危険です。停戦または休戦の協定を結ぶのも一つの手かと」
 イグニスはその案に返す言葉を失う。 アインシュタットを全域支配したにも関わらず、こちらを捨ててでも守りを固め無ければならないと答えを出したのは危機を感じているに他ならない。
 しかし、向こうは魔物の集団。 いくら知恵の回るものがいようとも奇襲を奇襲で返された事を考えると問答は無用とされる確率が高い……。
 だが、試してみる価値はある。 休戦出来れば兵力の回復も見込める、その間にアインシュタットを固めて追跡者の奴隷を増やせばあるいは……。
 思案が固まり少々の冷静さを取り戻す。
「いや、名案だ。それは必ずや成功させねばなるまい。使者を送ろう、交渉に関してはいかな条件でも飲め、金だろうと物資だろうと」
 そして連戦で正常な判断を失っていた皇帝は即座に使節団を送り込む事を決定したのだ。







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