平和の双翼

羽瀬川 こなん

5話

帝都 参謀本部 会議室


「皆様お揃いですね。それではこれよりヴェーデン方面軍の建て直し案について会議を始めます」


方面軍の参謀が会議開始を宣言。意欲が喪失してしまうのを必死に抑える。私とて帝国軍人だ。この戦争を一刻も早く勝利に導くために、策を凝らさねばならん。


「エーベルヴァイン少佐。シェーンベルク少佐。...報告を。」


「は!」と返事をすると、書類を手に彼らは立ち上がる。
マクイルルス大隊に配属された異例の2人。18歳にして、1000人の軍人を率いるエース・オブ・エース。過去最高の戦功は確認撃墜スコアだけで70。実際はそれより越えているのではないかと、こちら側では噂になっている程だ。銃を初めて手にした敵兵を相手をしたのか、彼らがその天賦の才能を発揮しこれを殲滅したのか...。私は前者だと信じたい。勿論、優秀な人材は喉から手が出る程求めている。求めているが!彼らは出来すぎている!神が彼らに与えた、天性の力に違いない!


「我々が増援に駆けつけた際には特に不審な兵器も非ず、連中は術式を半端に組むような、魔導師の風上にも置けない輩ばかりでした。我々は4個中隊を展開し、各方面に分散致しました。被弾はしたものの、全体のおよそ8割の魔導師及び歩兵が一命を取り留めたとの報告を受けています。」

「しかし、統率者が被弾する等の不測の事態に対応しきれず、拮抗状態が崩れ我が軍が押されていたという点においては看過すべきではないと具申致します。降り注ぐ銃弾の雨を脇目も降らずに躱し続け、近接戦闘に移る魔導師も見受けられました。おおかた銃弾を切らしたのでしょう。兵站状況への見直しも兼ねて行いたいところです。」

エーベルヴァイン少佐が書類の文言を読み終えそうな頃合にはもう、彼の目は人間のそれじゃなかった。
対して中将閣下は、そんな剣幕を向けられているとは其処とも知らず書類を見つめ、まるで少佐の報告は環境音であると言わんばかりのご様子だ。彼女のことだ、聞いていない訳ではないのだろう。
左から右へと瞳を動かし、やっと止まったかと思えば小さく、そして笑みをこぼした。


「やはり、現場で動く士官の意見はとても美味しい。」


目の前に置かれた1杯のコーヒーカップを見つめながら呟かれた言葉は私たちの背筋を正した。今日は珍しく誰も軍用たばこを手にしていない。実に健康的だ。この会議が終わるまで、この健康状態が続けば良いのだが。


「兵站状況は把握済みだ。その上で今回の物資調達。誰も銃で撃ち殺せと命令していない。魔導師であるならば、魔道弾を通さず術式を編める。そんなこともできないような軍人は我が祖国にいないはずだが。」


少し挑発的な態度のエーベルヴァイン少佐に向けて私は返答する。こちらも立場がある故、侮られては困るのだ。貴官の気持ちは痛いほど理解できる。手持ち無沙汰な状態だと分かっていて戦場へ赴く軍人が抱く心情など、誰も考えたくはないだろう。しかし、現状で大きく攻勢に出てしまえばそれなりのリスクが伴う。申し訳ないが、踏ん張ってくれとしか言えないのだ。
「失礼しました」と彼は一言取ってつけた。


「なにも反省会がしたい訳ではない。崩れかけたものを手直ししてやるための会議だ。貴官らの意見は尊重してやるが、一方的な申し出は控えてもらいたいものだな。話が逸れる。」


両手の指を絡め、肘を机につき、各少佐を鋭く見つめる中将。おぞましい。


「貴官らにわざわざこちらへ足を運んでもらったのは他でもない。次回の作戦に大きく関与することになるからだ。」


建て直し案、というのは能動的に思えるが実はこの作戦、捉え方によっては受動的な作戦なのである。


「あちら側の世間の声はとても五月蝿く重いものでな…。そろそろ閣僚達も大きく動くと見ている。そこで貴官らの率いる大隊だ。私の読みでは大隊規模で干戈を交えずともコマンド隊の規模で良いのではと、恥ずかしながら二の足を踏んでいる。」


そして、ずっと発言したかったのだろう。うずうずしている様子のシャフテン少佐を見かねて、中将はやっと彼女の方へ顔を向けた。


「とりあえず、例のコマンド隊を率いる貴官の見解を聞こうじゃないか。」


中将のお顔をこうもにこやかに見つめられるその精神、どうなっているのか1度従軍看護婦なりなんなりと見てもらったほうが良いのではないだろうか。貶している訳ではない。良心を持って心配している。


「は。可能であるならば、マクイルルス大隊の前に小官の率いる隊に出向させていただいと具申致します。」


喋り終わる頃合に、この女、すこし口角を違う角度に上げた。なるほど彼女が地獄で生きながらえている理由が少し理解し得た気がする。中将はそれを最初から彼女のベースとして認識している。その上での彼女の配属。頭では理解していたつもりだったが、改めてこの小さな幼女にそのような能力が備わっていることに戦慄さえ感じる。本当に魔導師として戦場へ送るべきではなかった。


「全軍で一方方面と戦闘するのが関の山であるヴェーデンにわざわざ大隊を出向かせれば、それこそ物資の無駄でしょう。...そこの戦闘狂2人が無駄撃ちするかもしれないですし。」


「...!」
「?」


各少佐で反応が違うのは少し面白い。彼らもまた若いのだろう。


「面白い。編成はどうするつもりだ。」

「2個中隊ほど。それと、編成における配属は今回も私に決定権を与えてくださると助かるのですが!いかがでしょう?」

「ちょっと待て。2個中隊だと...?」

「えぇ。それが何か?」

「越境行為をしてくるだろう連中に対し、それだけか?手持ち無沙汰すぎるだろう。」

「それについては私も同感だ。不確定要素が多すぎやしないか?お前の戦績あれば心配はないだろうと思っていたが、いくらなんでも人数配分がおかしい。であるならば、確実性の高い我らが出向くべきだ。」


エーベルヴァイン少佐が驚くのも無理はない。何千もの兵を百何人程度で相手をするのだ。珍しくシェーンベルク少佐も口を動かす。なるほど、現実味のない話をしているなこれは。


「そんなに彼女が心配か。心優しい同期がいて羨ましいぞ、シャフテン少佐。決定権はいつも通りで良い。その代わり、リストにまとめて私に見せ給え。」


「は!ありがとうございます!」

「小官らの意見は黙殺ですか...!」


中将は目を閉じ朗らかに笑っている。何を心配することがあるのだろうか、と。


「敵の、魔導師戦力のみ排除致します。エーベルヴァイン少佐殿、シェーンベルク少佐殿。戦いやすい戦場ダンスパーティーへとご招待させていただきますよ。敵兵が残存していればの話ですが。」


彼女の瞳は先程までの巫山戯たものではなかった。その変わり様に周囲の者は驚愕した。頬がこけるほどに。対して両少佐は、獲物を奪われたかのような嫌悪の眼差しを向けていた。それは人間の為せる目力ではなかった。これは決して比喩ではない。


私はこの会議が始まるまで、中将閣下の御機嫌について心配していた。それは杞憂だったようだ。しかしながら何故、こうも空気が重たいのだろうか。


にこやかにコーヒーをすするお譲とは裏腹に、バチバチと火花を飛ばし合う少佐御一統様であった。

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