平和の双翼

羽瀬川 こなん

4話

帝国軍参謀本部





「本日の参謀会議では、マクイルルス大隊のアダウィン・ツー・シェーンベルク、ルンヘック・ツー・エーベルヴァインの両少佐が出席します。」


私の目前で歩く、小さな背中に問いかける。振り返りもせず、彼女は返答する。


「ほう。例の大隊か」
「はい。......何か?」
「面白い。この耳で聞いた情報でしか奴らのことを知らないものでな。会ってみたかったのだよ。」


彼女はピタッと動きを止めた。そして、顎に指を当て、何かを考えるような仕草を見せた。そして、段々と口角が上がる。私は知っている。こういう場合、大抵中将は良いことを考えている。そう、彼女にとっての、良いことである。


「ナメた口聞いてきたら、降格だな。」


ゆっくりと、甘い口調でかけられる言葉に、私は目を閉じる他なかった。あぁ、今日は帝都内で最も美味いコーヒーを手配しなければならない。


「また、本日の会議にルネッタ・ツー・シャフテン少佐が参加されるそうです。」

不意に思い出し、そう伝えると彼女のアホ毛…いや、可愛らしいお毛毛がピヨンと音を立てた。(正確に言うとそんな音は立てていない)


「そういえば、フェーン中佐がそのようなことを言っていたな。」
「これは、失礼致しました。」
「いや、私も仕事の疲れかすっかり頭から抜けていた。礼を言うぞ。…全く、もう少し幼女を労ってくれても良いのだぞ、我が愛する祖国よ。」


それを自ら言ってしまうのか…!?と軽く心の中で叫ぶが、見透かされてしまいそうなので目をそらした。


「さて、定刻通り事を進めたい。早く行くぞ。」
「はい。」


マクイルルス大隊をわずか18歳で勤める神に愛されし青年ら、前線帰りの奇跡の天眼、各少佐が揃い、挙句にはこの悪魔のような計画を練る幼女が揃う。言わなくてもわかるだろうが、これは死の盤面。いくらロットナー中将に帝都一のブレンドコーヒーを与えてもそれは塵と化してしまうだろう。


ゆっくり会議室の扉を開ける。そこには、シェーンベルク少佐をはじめとした今回の作戦に携わる少佐ら。それと、参謀本部関係者が揃う。大人たちの目が冷ややかだ。『こいつらが揃うなんて、聞いてないぞ』と言わんばかりの目だ。ああ、言うわけないだろう!言ったらお前ら、どうせ『嫁がもうすぐ子を産むんだ』だとかぬかすのだろうからな。悪魔のそばにしばらくいると、悪魔が移ってしまうな。おいたわしや、私。


「お久しぶりです、ロットナー中将!」


中将を見るや否や素早く立ち上がり敬礼をするシャフテン少佐。彼女は前線帰りの少佐だ。本来なら、マクイルルス大隊のように前線ではない場所で強国と交戦してもらうはずなのだが、色々な諸事情が絡み合い彼女には前線に赴いてもらっている。彼女の力がなければ拮抗状態にすら持込めていなかっただろう。その目で見られたものは、命を持って帰ることを許されないと言われている程の実力を持つ、『天眼の狙撃手』だ。長距離射撃を得意としている。自らの力を誇張せず、仲間と打ち解ける早さはこの国の少佐を寄せ集めて競い合ってもらってもおそらく彼女が一位を獲る だろう。あぁ、そうやって中将にニコニコとした笑顔を向けられるのも、彼女しかいないのだ。


「相変わらず元気だな。顔がうるさいぞ。良いから座れ。」
「はい!中将にお呼ばれされたものですから。それに…久しぶりに同期に会えるというのも、悪くないのでね。」
「余計な事を言うな。少佐。」
「どの少佐に向かって言っているのか分からないぞルンヘック。名前で呼んでもらわなければな!」
「前線でおっ死んじまえば良かったのに、貴官に同情した哀れな軍人がいたのだろうな」


2人とも、楽しそうな会話はもうよしてくれないか。私も混ぜて欲しいくらいなのだが、隣人の頭からそろそろアレが生えてきそうなのだ。あのお毛毛ではないぞ。アレだ。言わせないでくれ。


「無駄話はやめろ、2人とも。中将の御前だぞ。」


あぁ、よく言ってくれた。シェーンベルク少佐はある意味年齢不相応である。彼は18歳で居てはいけないのだ。もっと歳をとるべきなのである。彼ほどの冷静さがあれば、上級指揮官における活躍は想像に難くない。


「私が席に着くまでに醜い争いを終わらせたこと、貴官らの泥と血で塗れた頭を撫でてやりたいくらいに感謝している。シェーンベルク少佐を昇進させてやるため、一刻も早く推薦文に取り掛かりたいくらいだ。」


エーベルヴァイン少佐は腕を組み、ため息をつきながら背もたれに寄りかかった

シャフテン少佐はというと…全く反省の色を見せない余裕っぷりだ。むしろこの会話を楽しんでいるようにも思える。後始末は誰がやると思っているんだ!と叫びたい。天才と呼ばれる人間の行動が読めないのは、私が歳をとりすぎたせいなのか?


「時間を無駄にしたくありませんので、会議に関係する事以外の発言は認めません。もうその階級についたのですからこのようなこと、言わせないでいただきたい。」


フェーン中佐が少し苛立ちながら言葉を投げる。しかし、シャフテン少佐には微塵も響かなかったようだ。


あぁ、この先どうなるのでしょうか。


私は目の前にあるコーヒーカップの持ち手に指を絡ませ、持ち上げる。ゆっくりと口元へ持っていくのだが、何故だろうか、震えている。緊張というような感情、しかし、似て非なる感情が私に押し寄せるのだ。これは示唆している。この先の未来を。私は確信した。何故か?このコーヒーはとても不味いからだ。
















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コメント

  • 羽瀬川 こなん

    Leiさん→ありがとうございます!もう少しでお話が出来上がりそうなのでもう少々待ちくださいませ!

    0
  • Lei

    とても面白いです。

    1
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