バミューダ・トリガー

梅雨姫

三十幕 「鈴」覚醒の片鱗


「今日は冷えるなぁ、昼ごはんはシチュー的な暖まるやつを期待しとくか」

俺が家を出てから五分ほど経過していた。
せっかく紗奈が作ってくれた昼食だが、中身を見ないで家を出てしまったので、昼が何になっているのかはお楽しみだ。
ちなみに、美味しさ的にハズレの可能性は皆無なので嘘なく純粋に「お楽しみ」である。

今日の散歩は、現段階では一切行く宛の無いベスト・オブ・散歩だ。

大一番となるであろう決戦がいつ起こるか分からない現状で、このようにふらふらしていても良いのかは五分五分だ。
しかし、こういう時だからこそ、精神の統一が不可欠であると提唱したい。
何気ない日々の繰り返しは一種のルーティーンとして、落ち着いて判断・行動するために有効なはずだ。

なお、異論は聞かないし認めない。

俺の体質からして、ふらふらしていると、いくら行く宛がないとはいえ明日香の家に辿り着いてしまう末路は見えている。

なので、以前のようなアブナイ事件を防ぐためにも、ここでひとつ目的地を決めることにした。

「ここからだと、どこがいいかな・・・」

現在地は、霊峰町西区。
川を挟んで東に進めば、そこは東区となる。
散歩先として多くの散歩民に重宝される「公園」は西区、東区の双方にあり、ここからだとさすがに西区の公園が近い。

(昼は紗奈が用意してるれるって言ってたな)

朝の会話から、飲食店は除外される。
商店街を抜けた先にある駅前に、気になるパンケーキ屋があったが、それも今度の楽しみにしておくとしよう。

(となるとやっぱ公園か・・・?)

飲食店を選択肢から除いただけで、行く宛がひとつに絞られてしまう己のパターン性にふがいなさを感じる。

しかし実際どうなのだろうか。
いつ侵害されるか知れないこの平穏な日々を、そんなワンパターンな判断で過ごしていいのであろうか、いや、ない。

(反語発動っ!)

こうして俺は、当初ルーティーンとか何とか言っていたことを一切合切いっさいがっさい無視して、どこか、普段はあまり足を運ばないような所へ行くことにした。

(そういえば・・・)

行く宛を決めた俺は、商店街のある南の方角へと歩き始めた。


―――――――――――――――――――――――――


「今日は輪人を誘わねぇのか?」

「うん、この間あんなことがあったし、紗奈さんと話したり、輪人くんなりに優先したいこともあると思うから。」

「へぇ、諒太はそこんとこの折り合い付けんのが上手だな」

「いやぁ、もしかしたら誘った方が良かったかもって、思わなくもないんだけどね」

等という会話を繰り返しながら、植原 諒太と黒絹 翔斗が歩く。

「なあ、昼は何にする??」

「確かに、それは決めてなかったね。・・・って、今まだ八時だけど、翔斗くんはもうお腹すいたの?」

「げぇっ?!まだ八時だと?!」

「翔斗くんが、家にいても休日は面白くないんだって言うから、七時半集合でぶらつく事にしたんじゃ無かったっけ?」

(それ以前に、八時のご飯はただの朝ごはんなんだけどね・・・)

「う、うるせぇほっとけ!腹減るのは生き物として当然だろうが」

「・・・えっ!?」

「ん?」

「翔斗くん、今・・・考えを「読んだ」の?」

「おう・・・おうっ!?なんだ、諒太、お前今喋ってなかったのか?!」

「ご飯の話は、グッとこらえて声には出さなかったよ・・・これって、《風読》の?」

「いや、俺も絶賛ビックリ真っ最中だぜ・・・」

黒絹 翔斗は、《トリガー》から生まれた《能力》、《風読》の力の、その次の段階に入ろうとしていた。

それは、実践による経験値がものを言ったのか、はたまた血筋か。

或いは、奇跡か、それとも―



――――――――――――――――――――――――



墓参りを終えた鈴は、麓のバス停に向かっていた。

(結構体力必要なのよね、ここの登り下り)

所々苔が生え、滑りやすくなっている坂。
かつては難なく駆けていたはずの坂ではあるが、流石に数年ぶりだと足元が不安だ。
慎重に足を踏み出す。
ちなみにこの近道、坂としてはかなり急であり、転ぶと乙女として大変好ましくない被害を受けてしまうのは目に見えている。

(よいしょ、と)

だいぶ慣れてきた鈴は、テンポよく下っていく。

右側は山肌がむき出しになっており、見上げると所々、落石や土砂が流れた形跡が見られる。
左側はというと段々畑となっており、すももの木が並んでいる。段々畑と言っても、かなり高めの石垣で仕切ってあるため注意は必須だ。

五分ほど下った時であった。

(あと半分くらいね・・・)


ズッ

「えっ―――」


湿気を帯び、滑りやすくなっていた草の葉に足を取られた。

(っ!落ちるっ!)

バランス感覚が失われ、今にも転げ落ちようとする体、しかし鈴の意思で制御することは叶わず―



《右だよ、右!重心を傾けて倒れ込んで!》



「!!」

咄嗟の行動。
窮地を脱する術を考える余裕もなかった鈴は、ただその言葉を信じて、山肌に向かって思いきり倒れ込む。

刹那、かすかな後悔の念が生まれた。

滑落する心配こそ無いものの、山肌がむき出しとなった右側には、岩や朽ち木がゴロゴロしているからだ。
怪我の程度によっては、一人ではこの山を降りられなくなるかもしれない。


フサッ


だからこそ、一瞬あとに体を包んだ柔らかな感覚に、戸惑いを隠せなかった。

(・・・あれっ?)

倒れこんだ地面は、局所的に緑が茂っていた。さらに、岩石や朽ち木にまみれた山肌も、ここだけは妙に柔らかい。まるで腐葉土のような地質だ。

「・・・気づかなかったわ。こんなとこに草が生えてたのね」

(なんにせよ、助かったわね・・・それはそうとして、さっき聞こえた「声」は、何だったのかしら)



それから十分後。
その後はより一層の注意を払った効果もあり、時間はかかったが難なく山の麓まで降りきることができた。

(さて、帰りますか!)


―――――――――――――――――――――――――


鈴を合わせても二、三人しか乗車していないバスが、霊峰町商店街前停留所に着いた。

ちなみに山の登り降りの疲れから、帰りのバスの中ではぐっすりと夢の中であった鈴は、同乗していた顔見知りのお婆さんに揺り起こされてバスを降りた。

朝早く家を出ていたため、時刻はまだ昼前だ。

(何だか不思議な体験だったわね・・・)

祖母の家と、故郷で起こったこと。
昆虫への過度な感情移入と、頭に響いた何者か想像もつかない謎の「声」。
無論、後者については思い込みであると考えられなくもない。しかし、体感した妙な現実味と実際に自身が助かったという事実が、その考えを否定していた。


「・・・よしっ、こんな時は、あそこで気分転換するのが一番ね!」


鈴もまた、神河輪人や翔斗、諒太のように、ある場所を目指して歩みを進める。


――――――――――――――――――――――――


想いの強さが能力に変わる。


願いの強さは―――

―――に成る。

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