悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

20. 門出



 ーーー聖ロンバール。
 学園の正式名称が書かれたアーチ付きの大きな門の前で立ち止まる。開かれた門の奥には、学園の入口まで続く綺麗に整備された一本道と周りを囲むようにそびえ立つ木々。入学式の今日、薄紅の花弁が舞い散り、新たに学び舎へ入る私達を祝福する。

 ずっと画面の向こう側だった世界が、今ではこうして目の前にあることを不思議に思った。

 「どうしましたか、兄上? 」

 門の前で呆然としている私に、既に門をくぐったニコが首を傾げる。お父様も不思議そうにこちらを見つめて門の中で待っていてくれる。
 笑顔で首を振ってお父様達のもとに駆け寄り、建物の中に入る。

 「さて。私達はここまでだ。また後でな、ローズ」

 「はい、また後ほど」

 受付を済ませたお父様は、私の肩に手を置くと私と同じ銀の瞳を優しく細めた。
 式典に参加する新入生が家族と一緒なのはここまでだ。式典を見守る家族は別室で待機になる。
 ニコとお父様に手を振って歩き出す。

 
 新入生のクラス分けが張り出されている掲示板の周囲には、既に人集りが出来ていた。皆、真新しい制服を着て自分の家名が書かれた箇所を必死に探している。

 『この様子では、掲示板を見るのに時間がかかるだろうな』と思ったが、掲示板に近づくにつれて私を中心に自然と生垣が割れて遠巻きに囁きが交わされる。

 あまり良い気はしなかったが、気にするだけ無駄なことを知っているので無視して掲示板に目をやる。

 突然、背後から伸びてきた逞しい腕が首に巻き付き、耳元で癖のある声が私の名前を呼ぶ。

 「よっ、ローズ。久しぶりだな。元気にしてたか~?」

 「クラン! 久しぶりだね。どうしてここに?」
 
 首に巻きついた腕から解放されて振り返ると、私と違って制服を着こなしているクランが笑顔で立っていた。今でも変わらず、左耳には大きなルビーのピアスが輝いている。
 クランの首には、『誘導係』と書かれたプレートがかけられている。

 「俺、生徒会入ってるからさ。新入生の誘導係任されたわけ」

 ゲームのクランそのままの姿で、彼は自身の首にかけられたプレートを長い指でつまんで見せてくれた。
 たったそれだけなのに、様になっていて凄くかっこいい。

 「そうか。頑張ってね」

 「他人事だと思って…。まぁいい。それより」

 私の塩対応に苦笑したクランは、一度視線を私から外して周囲を見渡す。数歩離れた所で、私達のやり取りを見ていた遠巻き達をクランの紅い瞳が鋭く見据える。
 それは、まるで縄張りを荒らされないように周囲を威嚇する動物のようだった。

 「俺の可愛い後輩は、学園ここでの生活に不安があるだろうがきっと皆仲良くしてくれるはず・・だから心配しなくていい。何かあったら俺に言え」

 その時は処分するから、と眩しい笑顔で言い切られてしまった。今のは、確実に私へ悪意を向けていた者達への牽制だ。
 一部では侯爵家の牽制に臆する者や敵意のある発言を聞こえよがしに囁いていた一団が、こそこそ遠のいていく足音が聞こえる。一方で、クランの笑顔に令嬢達からは黄色い声が飛んでいた。

 やり過ぎだとも思ったが、クランの気持ちは嬉しいのでお礼を言っておく。なんだかいろんな意味で目立ってしまった。

 「お、ローズの家名見つけたぞ」

 「え、どこ?」

 もう一度掲示板を見上げてクランが指さしてくれた方を目で追う。
 この学園は4年制で、今は関係ないが3年目以降は『冠』は王宮で働く文官専科、『護』は国を護る騎士専科、『麗』は令嬢専科となる。

 私はーーー。

 「お前は『護』クラスか。順当だな」

 「あ、アル様とヴィー様とも同じクラスだね」

 自分と同じクラスにアル様とヴィー様の家名を見つける。アル様達と一緒なのは素直に嬉しい。
  さらに他のクラスにも知り合いの家名があり、『麗』クラスに主人公ヒロインであるリディア・クレインの家名を見つけた。

 掲示板前で軽く混雑している学生の中に、パールピンクの髪の少女を探す。だが、彼女の姿は見つけられない。

 リディアとは、結局建国記念日の夜以降会っていない。偶然か、意図的に避けられているのかは分からないがおそらく後者だろう。

 「殿下達と一緒なら大丈夫か。良かったな」
 
 ホッと息をついて私の頭を撫でたクランは、入学式まで時間があるから学園内を案内してくれると言うのでお願いした。

 「思ってたより広いんだね」

 「まぁな。迷子になんなよ?」

 「迷ったらクランの名前を大声で呼ぶよ」

 お互いに軽口を叩きながら校舎、研究棟、訓練所、テラス、中庭、サロン、学生寮を散策する。特に、学生寮は学園の一番奥にあり、男女別に侯爵家以上が暮らす太陽の棟とそれ以下が暮らす月の棟に分かれている。

 「荷解きは今夜か?」

 「いや、昨日の内にマーサ達がやってくれたよ」

 寮の前を通りながら、ニコと一緒に私が暮らす部屋を見学したことや今度クランの部屋に遊びに行くことを話し、久しぶりの会話は盛り上がった。

 そうこうしていれば、式典が始まる時間になり、途中で誘導係の仕事に戻るためクランと別れて1人で会場へと向かう。

 本格的にゲームの物語が始まるのは、攻略キャラが揃う来年から。だが、リディアが転生者である以上、油断は出来ない。
 新しい生活への期待と少しの不安を携えて、今日私は門出する。






 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。


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