悪役令嬢は麗しの貴公子
*番外編 表舞台のその裏で
 建国記念日の夜。王城には多くの貴族が集結し、ダンスに興じる者、情報交流の会話に花を咲かせる者などそれぞれが思い思いに楽しんでいる。
 「困りました……」
 そんな中、会場の出入り口へと向かったこの世の何よりも大切な兄の後ろ姿を見送った銀髪の少年ーーニコラスは、これからどう時間を潰そうか頭を悩ませていた。
 というのも、彼の兄は先ほど会場をあとにした上、それまで一緒にいたもう1人の鮮やかな赤毛を持つ少年は知り合いの貴族に捕まって長話に付き合わされている。
 ニコラスはダンスをするでも他者と会話をするでもなく、ただ飲みかけのグラスを片手に会場内をフラフラと歩いていた。
 
 (※以下、ニコラス視点)
 「公爵家に養子入りしたとはいえ、庶民の血を引く者がよくも社交界に出られたものだな」
 「どうせ母親と同じようにあの見た目で媚を売ったんだろう」
 …あぁ、またか。
 耳に届いたのは、今まで散々浴びてきた不快な声。昔は一々ビクついて無条件に傷つけられていたその声は、今となっては最早何も感じない。
 蔑みと侮辱、そして嫌悪。そこに今では少しの嫉妬が加わった目を向けてくる彼らをチラリと盗み見て、気づかれないようにため息を吐く。
 相手をするのは面倒だけど、無視したらしたで面倒なことになりそうだ。何より、兄上に飛び火したらと思うと、考えただけで自分に殺意が湧く。
 兄上がこの場にいなくて良かった……。こういうのを不幸中の幸いと言うのだろう。いたらきっと僕を守ろうとしてくれただろうし、兄上は意外と好戦的な面がある。
 この前の前公爵夫妻との一件を思い出して口元が緩むのを感じた。
 兄上のことを考えると、無意識に顔が緩んでしまうので困る。
 「おや、ニコラス様は周りの空気に疎いとお見受けする。それでは我々を纏める公爵家次期ご当主の支えとなるのか些か不安ですねぇ」
 僕よりも2~3歳くらい年上だろうか。先ほど僕の陰口を言っていた中で一番地位が高いのだろう、一人の少年が嘲笑しながら話しかけてきた。
 周りでは、同じく嘲笑の目を向けてクスクス笑う令息令嬢の姿もある。
 「ご心配痛み入ります。兄の負担にならぬよう精進致しましょう」
 「懸命なご判断ですが、些か言葉が軽いように聞こえますねぇ? やはり、親の影響でしょうか」
 ーーーーーーあぁ面倒臭い。
 心の中で盛大に舌打ちをする。
 せっかく兄上のことを考えて温かい気持ちになっていた心があっという間に冷たく凍る。
 自分よりも年下の子どもに喧嘩売るなんて恥ずかしくないのか。しかも、いくら僕が養子だからといって公爵家に喧嘩を売るなんて……馬鹿なんじゃないか?
 負の感情が強すぎて引き攣りそうになる頬に力を入れて耐えながら、どう躱そうか考えを巡らす。すると、後ろから聞き慣れない声が聞こえた。
 「それは興味深いことを聞いたな。詳しく説明してもらえるかい?」
 瞬間、その場が一気に沈黙に包まれた。
 驚いて体ごと振り返る。
 そこにいたのは、女性のように長いプラチナブロンドの髪を一つに結って前に垂らし、エメラルドの瞳を持った美しい少年。例え彼のことを知らなかったとしても、その神聖な雰囲気と威厳ある姿から高貴な身分であると一目で分かる。
 確かこの方は、と思い出そうとしてどこからか「ヴィヴィアン様…」と呟く声がした。
 あぁそうだ。
 彼の名は、ヴィヴィアン・コーラット。
 第一王子アルバート殿下の従弟にあたるコーラット大公のご子息だ。
 確か父上の妹君と現国王陛下の弟の間に生まれたお方で、兄上と(義理だけど)僕の従兄弟にもなると以前兄上に教えてもらった。
 …今初めて会ったけど。
 そんな方が何故ここに?
 ヴィヴィアン様は薄く微笑んで、先ほどまで僕と対峙していた少年に歩み寄った。
 「人は産みの親より育った環境に大きく影響を受けるものなのではないのかい?」
 「あ、いえ、それは…」
 少年は先ほどとはうって変わり、蛇に睨まれた蛙のようになってしまった。
 「確かに、親から受ける影響もある。だが、ソレが全てじゃない。彼が受けた影響の中には公爵家での生活も当然含まれているだろう」
 
 1歩、また1歩と少年に近づくヴィヴィアン様の姿は、獲物を追い詰める捕食者のようだった。
 「つまり、君はこの国を支える大柱の一つであるルビリアン公爵家を批難したことになるが?」
 「そっ、それは……!」
 ついに追い詰められた少年は、慌てて否定しようとしたが出来なかった。周りで同じ様に嘲笑していた令息令嬢達も目を逸らし、怯えと戸惑いの表情で顔を青くさせている。
 愚かであることこの上ないが、彼らはここにきて漸く理解したのである。
 自分達が、一体どこの家の者を相手にしていたのかを。
 だが、理解した時には後の祭り。
 
 ヴィヴィアン様は、そんな彼らの様子を見ても追求を止めることはない。
 「私と彼、ニコラス・ルビリアンは従兄弟だということは君達も知っての通りだ。従兄弟が理不尽な理由で一方的に批難されたとなれば、私もコーラット公爵家の者として助けない訳にはいかない」
 
 笑っていない瞳を細め、口端を吊り上げてヴィヴィアン様は美しく微笑む。
 「さて。先に仕掛けてきたからには、勿論返り討ちにされる覚悟は出来ているのだろうね?」
 実に楽しそうだ。
 当事者なのに、どこか他人事のように今の状況を観察する。
 
 ヴィヴィアン様の微笑みの圧力と脅し文句で、完全に心を折られた少年は青い顔を更に青くさせて「もっ、申し訳ございませんでした!」と言い残し、そそくさと逃げていった。周りで僕達のやり取りを見守っていた令息令嬢達も怯えと恐怖に肩を震わせ、逃げる如く去っていく。
 「逃げ足の速さだけは賞賛ものだね」
 「ヴィヴィアン殿下、この度は助けて頂き感謝致します」
 その場に残された僕は、逃げていった彼らの方を見て愉快そうに笑っているヴィヴィアン様に跪く。
 何故、王族の傍系であるヴィヴィアン様がたった今初めて会った従兄弟に加勢してくれたのか分からないが、こちらの手間が省けて良かった。
 「楽にしてくれて構わないよ。それに、私が勝手にやった事だ。感謝される程のことでもない」
 「いえ。それでも助かりました」
 許しを得て立ち上がる。顔を上げれば、ヴィヴィアン様の宝石の瞳と目が合った。
 「君とはこれが初対面だね。私はヴィヴィアン・コーラット。これから関わる機会も多いだろうから、よろしく頼むよ」
 「ニコラス・ルビリアンと申します。こちらこそ、よろしくお願い致します。ヴィヴィアン殿下」
 「従兄弟なんだ、そんなに畏まらなくていい。親しい者からはヴィーと愛称で呼ばれている」
 「…では、そのように」
 穏やかな笑みで差し出された手を取って握手する。
 食えない笑い方をする人だな…。
 何となくそう思っていると、会場がざわめきだした。周囲では「アルバート王子殿下」という声も聞こえる。
 そちらを見ると、濃紺の髪と深い蒼の瞳の少年ーーおそらく彼がアルバート王子だろうーーとその隣に何故か兄上の姿もある。
 
 「残念。もっとゆっくり話したかったが、申し訳ない。行かなくては」
 隣にいたヴィー様は、笑顔でそう告げるとアルバート殿下の元へ颯爽と去っていった。
 彼の背中を無言で見送り、僕も兄上の元へと向かった。
 
 長くなってしまいましたが、最後まで読んでくださってありがとうございます!
 祝✿お気に入り登録100超えました!
 本当に感謝です!
 今後ともよろしくお願いします(´˘`*)
 次回もお楽しみに。
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コメント
カンナ
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