悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

14. 忘れていたイベント


 「…えっ、ロザリー?」

 私の容姿に目を丸くして驚いているのは、この世界の主人公ヒロイン

 彼女の名は、リディア・クレイン。
 パールピンクの肩まである髪と、くりっとした大きな同じ色の瞳を持つ可愛らしい容姿の美少女。
 彼女は10歳の時に母親を亡くして直ぐに父親である男爵家に引き取られた、というのが作中にあった説明だ。

 前世の記憶を引っ張り出して、思い出してから後悔した。

 今日って強制イベントがある日じゃない!

 強制イベントとは、ゲームプレイヤーの攻略キャラの選択や好感度に関係なしに起こるイベントのことである。

 あぁそうだ。そうだった。
 主人公ヒロインは男爵家に引き取られて間もなく社交界デビューをする。大急ぎで覚えた付け焼き刃程度の社交マナーと礼儀作法を周りの貴族達に笑われ、傷ついた主人公ヒロインは逃げるように会場を去り王宮の薔薇園へたどり着く。
 そこでメイン中のメイン攻略キャラクターであるこの国の第一王子アルバート・リリークラントと出会い、彼に優しく慰められる。

 薔薇園で月夜に照らされた2人のイベントスチルはとても綺麗に描かれてて素敵だったなぁ…。
 ぁ、話がズレた。

 つまり、主人公ヒロインであるリディアは今日、アルバートとの強制イベントが起きるということだ。

 別に好感度云々は関係ないから今日イベントが起ころうが公爵令息・・・・の私にはどうでもいいことなのだが。

 しかし。しかしである。
 この時、登場する攻略キャラはアルバートだけのはず。クランやニコラスは勿論、悪役令嬢ロザリーとも会わない。
 いやまぁ…、ロザリーは一方的にリディアに会ってはいるんだけど。

 どういう事かと言うと、薔薇園でリディアとアルバートが出会ってる時、アルバートの婚約者であるロザリーはアルバートが急にいなくなったため彼を探して薔薇園に行くのだ。そして、見つけた先でリディアとのツーショットを見てしまう。
 婚約者である自分には向けない笑顔をリディアに向けていたアルバートの姿に傷つき、彼女に激しい嫉妬を覚える。

 前世では昼ドラかよ、と笑ってられたけど当事者の一人になった今では複雑な思いである。

 ていうか、ちょっと待って。
 まだ出会っていない・・・・・・・・はずの私の名前を、しかも男装しているのにどうして彼女は知っている?

 「兄上、お知り合いの方ですか?」

 「っ! …いや、知らないな。申し訳ありません、どこかでお会いしたことが?」
 
 ニコの声にハッとする。内心では酷く動揺しているが、悟られないように貴公子の仮面を被りリディアに笑顔を向ける。

 「え? あ、えっとぉ…勘違いでしたぁ!」

 ついでに勘ぐりを入れてみたが、焦った様子のリディアは早口で告げると走って行ってしまった。 

 「なんなんです? 彼女、兄上にぶつかっておいて謝りもしないなんて」

 「まぁそう言ってやるなよ、ニコラス。あの子も確か今日デビューした内の一人だったはずだ」

 「だとしても、今のは目に余ります」

 ニコの意見は最もだ。ぶつかって謝らないことは人として、令嬢が大声を出した挙句走るなんて貴族としてマナーがなっていない。
 いくら庶民の出だったとしても、社交界デビューしたからにはそんな言い訳はココでは通用しない。

 「なぁローズ、お前本当にあの子知らないのか? あっちはお前のこと知ってる風だったぞ」

 ドクンと心臓が跳ねて危うく持っていたグラスの中身を零しそうになった。
 不意打ちは止めていただきたい。

 「知らないよ。私は今日まであまり外に出たことがなかった訳だし、むしろどうやって出会うって言うんだい?」

 眉を下げて微笑めば、クランは『それもそうだな』と納得してくれた。

 「まさかとは思いますけど、彼女が気になるんですか?」

 「だってあの子、すげー可愛かったし」

 「クランの趣味は最悪ですね。腐敗しているのは目なのか頭なのか判断できませんが」
 
 「腐敗ってお前な…。でも、会ったこともないローズを知ってるなんて気になるだろ」
 
 そう。クランの言う通り、彼女は私のことを知っていた・・・・・
 それは何故か。
 考えるまでもなく答えは既に出ている。彼女もまた、私と同じ転生者だからだ。しかも、ゲームプレイ経験があるんだろう。そうでなければ辻褄があわない。

 だとすれば、意図的に攻略対象キャラ達を攻略していくことも予想される。或いは、特定のキャラ攻略をする可能性も考えられる。どちらにせよ、最終的に私が死ぬとか追放されるとかバッドエンドしか迎えないのは変わりない。

 ここは主人公ヒロインにとって優位な世界。なら、これから起こるイベントで彼女の出方を探る必要がある。

 さっきリディアが走って行った方角には確か会場の出入り口があったはず。
 追うなら今しかない。

 「私もクランの意見に賛成だ。だから、ちょっと探ってくるよ」

 「兄上まで…。なら、僕も行きます」

 「ダメだ。今の私達の立場から言って、2人同時に会場からいなくなるのはまずい。ニコは、このまま会場に残っていてほしい」

 「ですが兄上…」

 「心配ない。深追いはしないし、直ぐに戻ってくるから」

 心配そうに瞳を揺らすニコに笑顔を向けてから、クランの耳元で『弟を頼む』と告げる。
 クランは『気をつけろよ』と返して私の頼みを引き受けてくれた。

 私はクランに笑みで感謝の意を伝えて会場の出口へと急いだ。






 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。

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