久遠

メイキングウィザード

第17話 自分はどっち?


「お待たせしましたあ!餃子2人前と焼き鳥の盛り合わせでえす!」

 店員は注文した品を届けるとすぐさま部屋の戸を閉めて去る。
 四方をふすまで仕切られた完全な個室居酒屋だった。
 真ん中に掘りごたつのような底の抜けたテーブルがあり、直江とバンピールは対面して座る。

「あんた。お酒とか飲まないの?奢るんだから気にしなくていいわよ」

 バンピールは既に追加の注文を頼もうとしている。

「バンピールこそ血は飲まなくていいの?」
「いつもチューチュー飲んでるわけじゃないのよ。あれはお薬みたいなもの。吸血鬼だって普通の食事は摂れるし、ニンニクだって食べれるわよ」

 そう言って、彼は餃子を頬張った。
 カリカリのハネが最高ね、と言ってパクパクと口に放りこむ彼と対比して直江は一向に箸が進まない。

「ねえ、あんた。いつまで私に黙ってるつもり?」

 焼き鳥の串が直江に向けられていた。
 なんのこと?とは返さなかった。おそらくバンピールは全てを見透かしている。

「いつも見ているの?僕たちのこと」
「そりゃそうよ。下僕に任しきっているわけじゃないの」
「監視してるんだね」
「監督よ監督」

 言い方の問題でしかない。
 ともあれ、祭のことは既にバンピールに知られていた。

「どうすんのかなあ?と思って黙って見てるだけだったけど、あんたいつまでも行動しないじゃない。てっきり私のために先手をうってくれるんだと思ったわ」
「先手?」
「ええ、先手よ」

 そう言うと彼は、「はいこれ」と直江にある物を手渡した。
 銀色のリボルバーが直江の手の中で鈍い光を放った。

「ちょ、な、なにこれ」
「なにって……銃よ」

 いや、それは見たらわかる。

「いくらプロといっても不意打ちで弾丸ぶちこめば死ぬでしょ」

 それは殺せという指示に他ならなかった。
 直江がゴクリと唾を飲みこんだ。
 そのとき、店員が扉を開けて追加の注文を届けにきた。

「お待たせしましたあ!追加の餃子5人前でえ………」

 店員の視線が直江のもつ銃に注がれる。
 ……なにこれ?と言いたげな顔だ。

 瞬間、店員の目の前でバンピールがぱちんっと指を鳴らす。

「これはただのオモチャよ。あんたは気にせず餃子を置いて帰りなさい。そしてこんなことはすぐに忘れるの」

 すると店員は何も言わずに惚けた顔で帰って行く。
 簡易催眠だ。おそらくもう店員は銃のことなど記憶の片隅にも残っていないだろう。

「さっさとしまいなさいよ」
「…………撃てってことだよな。これで」

 その言葉に反応して餃子を食べるバンピールの咀嚼音が強くなる。少し苛立ったのか。

「あんた。吸血鬼になりたいのよね」
「ああ」
「なのにせっせとジムで筋トレ?吸血鬼になれば簡単に身体能力が跳ね上がるっていうのに」
「それは周りに合わせてるだけで……」
「あんたもしかして罪悪感なんて感じてるんじゃないでしょうね」
「それはない」

 吸血鬼には本気でなりたいと思っている。そのために特捜隊の面々を裏切ることになるが、そのことに対しては罪など感じていなかった。

 彼らを傷つけることになってしまえば話は別だが、そうでなければ嘘をつくことにも躊躇いなど一つもない。

「じゃあ私とあの女の子。どっちが大事なの?」

 まるで長年付き合ってた彼女が言いそうな言葉だと思ったが、直江の顔に笑みは浮かばない。
 簡単に決められることなどできない。

「私があの子に殺されそうになったら、あんたはあの子を殺してくれるの?」

 吸血鬼になりたいというのは夢だ。でも祭のことは守りたいと思っている。

「祭ちゃんは殺さない。けれどあんたは命にかけても守る」

 そう言って直江は銃をテーブルの上に置いた。

「あらやだ。照れちゃうわ。命にかけても守るだなんて……」

 まるで乙女のように頬に両手を当てるオカマ。しかし―――。

「命をかけるなんて軽々しく使うんじゃないわよ」

 その瞬間、直江は息ができなくなった。

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