久遠

メイキングウィザード

第6話 吸血鬼特捜隊


 4月。私立雷名高等学校も新学期を迎えた。

 《吸血鬼特捜隊》の面々は早朝から教室に集まって会議を行うのが日課だ。

 使っている教室は元々外国からやってきた留学生のためのもので、少人数で授業を受けるための小さなものだ。しかし増え続けた留学生のために特別棟というものが建てられ、そちらに留学生が移ってからここはしばらく物置として使われていた。なので《吸血鬼特捜隊》の面々はサークルと称して特別にここを貸してもらっているのだ。

 せいやっ。せいやっと窓の外から朝練をする空手部の掛け声が聞こえてくる。

「それで……」と特捜隊に所属する滅鬼師見習いの四ノ宮 柳矢が口を開いた。

「敵の罠でまんまと霊園に誘いこまれたというわけかい?」
「そう。通ったルートがここ」

 街の地図を黒板一面に磁石ではりつけ、昨日の状況を直江は他のメンバーに説明する。
 他といっても直江と吾郎以外にメンバーは四ノ宮ともう一人しかいない。さっきから窓の近くで風に当たりながらぐーぐー寝ている立花 祭だ。

「罠だといち早く気づいていた僕は何とか吸血鬼を撃退。だけど吾郎はあのように……」

 教室の隅でボーッと宙を見つめている奴が一人。バンピールに血を吸われて貧血気味の吾郎だ。記憶は消されているので直江が裏切っていることについて喋る心配はない。

「まったく……僕らの隊長さまが聞いて呆れるね……」

 やれやれといった感じで首をふる四ノ宮。
 すかした態度は腹が立つが、確かに彼の言うとおりだ。
 この〈吸血鬼特捜隊〉において直江たちを率いる隊長が毎度毎度血を吸われてこのざまなのだから。

「少しは恥というものを知ったらどうなんだい?いつまで同じ対象を追い続けているのさ」
「そういうお前はどうなんだよ」
「もちろんちゃんと成果をあげているさ。昨日だってポルターガイストの原因だった死霊を1匹片付けたところさ。この愛刀〈我写髑髏〉でね」

 四ノ宮が髪をかきわけながら傍らに置いてある一本の日本刀を指した。
 ……日中堂々と学校にそんなもん持ってきやがって……誰かこいつ逮捕しろよ。

「君達はプロの自覚というものがないみたいだねえ。脳味噌も可愛い赤ちゃんの段階で止まってい
るようだ」

 ……黙れ、しばくぞ。

 四ノ宮がこうやって憎まれ口をたたくのはいつものことだが、慣れることはない。
 髪をワックスでがちがちに固めて、いかにもナルシストというオーラを放っている彼を好きな者はこの学校にいないだろう。

 そのとき、貧血で顔色の悪い吾郎がカバンから一冊の本を取り出す。滅鬼師の教本だ。

「……滅鬼師というのはその名称を用いて狩りに従事できる国家資格である……その資格を習得するには、国が指定した養成機関を卒業するか、一年に一度開かれる試験を受験して合格しなければならない………俺達はどっちも条件を満たしてないからプロじゃない……」

 いつもは熱血漢という外見をしている吾郎が力なくボソボソとつぶやいた。
 彼の言う通り、直江たち4人は誰一人として滅鬼師の資格は持っていない。厳密には滅鬼師見習いという立場である。教えを請う師匠すらいないので、見習いという肩書きですら実際には合っていないのだが。

「はんっ。ら、来年こそは試験に合格してみせるさ」

 そうやって強がるが、ダラダラ汗を流している四ノ宮。

 ……来年こそ合格って、筆記試験スコア2点で全国最下位だったくせによく言うよ……。

 滅鬼師を目指すものはどいつもこいつも変なやつばっかりだ。
 四ノ宮や吾郎も、超すごい身体能力があるのにオツムがあまりにも弱いという典型的なパターンで毎年試験を落ちている。

 そういう彼らこそ養成機関に通うべきなのだが、なんせあるのは海外なので経済的にも行けない。

「……素振り……してくる……」

 吾郎が青ざめた顔で教室を出た。椅子を持って。
 四ノ宮も「僕のジーニアスブレインがあれば一言一句教本を暗記することなど簡単さあ!」といって飛び出した。教本は教室に置いたままである。このチームにはアホしかいない。

 だがそれでいい。それでいいのだ。

 直江は窓際で寝ている祭に目を向けた。
 そのあどけない顔からは可愛い寝息が聞こえる。
 近づくと彼女はふっと目を覚まして、寝ぼけ眼をこする。

「……あ……直江……」
「おはよう。祭ちゃん」
「……ちゃんは………いやや……」

 関西弁の少女は可愛がられることをひどく嫌う。
 しかし、高校生にしては小さな体躯に童顔をのせたような彼女はまるでマスコットキャラのようなので、ついつい直江はちゃん付けで呼んでしまう。

「……吸血鬼は……倒したん……?」
「いいや。今回も逃げられた」
「そうなんや……はよ捕まえな……あかんなー……」

 またカックンカックンと寝落ちしそうになるので、机にぶつけそうになった頭を抑えてやる。
 すると彼女は薄く笑って、直江の顔に手を伸ばす。
 彼の顔に走る横一線の切り傷。それを彼女はたまに撫でるのだ。

 もう痛くはないというのに。

「そうだね。祭ちゃん」
「ちゃん、あかん」
「あ、ごめん」

 この傷が裏切りの刻印であることを誰も知らない。

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