ワールド・ワード・デスティネーション

抜井

8

「夏が来るわね。」と彼女は言った。
 僕は目を瞑り何も言わずにその言葉の余韻をかみしめていた。きっと何か言ったほうが好いのだろう。しかし僕の頭の中には霞む入道雲や地面に落ちた蝉と言ったあいまいで断片的なイメージしか浮かんでこなかった。
「夏は好き?」と彼女は言った。
僕は目を開けてまぶしい昼過ぎの光を眺めた。太陽が一番高いときで、背中にはうっすらと汗の感じがした。
「昔ね、たくさんの友達に聞いて回ったんだ。どの季節が好きかって。そうすると、冬に聞くとみんな夏って答えて、夏に聞くとみんな冬って答えるんだ。だから僕はいつ聞かれても自分が一番好きな季節を答えるようにしようって決めたんだ。」
「今までだれかにどの季節が好きかって聞かれたことある?」
「君が初めてかな。」
僕がそういうと、彼女は楽しそうに笑った。人の笑顔を見るというのは、どこか心にダイレクトに作用してくる感じがする。
「冬が好きだよ。」と僕は答えた。
「どうして?」
「こたつの中で食べるアイスクリームがおいしいからかな。」
「それ本気で言ってるの?」
「半分は本気。確かにアイスクリームは夏のほうがおいしいけれど、冬に食べるのも悪くないんだよ。」
彼女は口をすぼめて信じられないというような顔をした。

 冬になるとリビングにこたつが出され、家族はみんなそこへ集まった。僕は中学の時、冬休み中朝から晩までこたつに張り付き、一日に3本アイスクリームを食べた。僕の体が床と同化することを心配した母親がついにこたつを撤去し、僕は丸一日ショックで寝込み、ついでにインフルエンザを発症した。
 その話は我が家では伝説で、いまだに冬が来るたびに家族がネタにする。





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