加速スキルの使い方!〜少年は最速で最強を目指す〜
剣を取れ
「.........んんっ.....朝か.......」
ぼんやりとおぼろげな思考の中、窓の外からの日差しで朝ということはわかった。でも少しいつもより早く目覚めてしまったみたいでまだ眠い。
「眠ぃ.......ん?.......なんだこれ.......」
なんか側に柔らかくて枕がある。引き寄せて胸に抱くとじんわりと心地よい暖かさと、人をダメにするような柔らかさが。はぁ......最高。もう少し寝てーーー
「んっ........ふにゅ........」
........ん?なんか今抱き枕から声が聞こえたような.........
とここで俺は思い出した。そういえば昨日の夜フィアと一緒に寝たんだった。っ!てことはこの感触.....!!??
眠気なんか吹き飛んで俺はバッと目を開く。
目を開けて飛び込んできたのは、俺の腕の中で安らかな寝顔で寝ているフィアだった。しかもフィアの胸元が少し着崩れており、そこから豊かに実った果実が溢れそうになっている。
端的に言うと、まずい。非っ常にまずい......!!こんな状況でフィアが起きでもしたらーーー
「んん..........いくす.......?」
はい終わったー。短い人生だったなー。
フィアが目を覚ましたことで俺は終わりの心境になる。だがまだ極小さくとも可能性が残っているのなら、俺はその可能性に賭ける!!
「フィア。落ち着いて聞いてくれ。俺は別にわざとこうしてるわけじゃないんだ。これは不慮の事故というもので、確かに寝ぼけてた俺が悪いんだが、そこはわかってほしい」
「この状況って.......?」
上目遣いでぼーっと見上げてくるフィアに俺は必死に言葉を並べていく。
だがフィアも徐々に頭が回ってきて、フィアが現在の状況を理解し始めてきた。
「な......!な、な......っ!!〜〜〜!!」
首から耳にまで真っ赤になって、俺を見上げる。だいぶ動揺しているのか言葉になっていない。
うん、もう無理だわコレ。
「あのなフィア落ち着いてーーー」
「いやぁあああああああああああああーーー!!」
勢いの乗ったいい拳が下から俺の腹を打つ。しかもその拳、魔力を纏った拳であるため威力は絶大。フィアの魔力操作技術の優秀さが伺える一撃だった。
そしてそんな一撃を喰らった俺は、
「ぎいゃあああああああああああああああああーーーーーー!!!」
窓を突き破り外に飛んで行った。
「ぶ、ハハハハハハハハハハ!!朝からボロボロだなイクス!!」
「うるへぇ......」
テーブルの向こうで腹を抱えて笑う父さんに腫れた頬で言う。
あのあと俺は道を挟んだ向こうのネスおばさんの家の庭まですっ飛んで行き、おばさんの畑に頭から突き刺さった。耕したばっかりの柔らかい土じゃなかったら確実に死んでる。てか、よく俺フィアの魔力の拳喰らって生きてたな.......
「ご、ごめんねイクス。大丈夫?」
「あー、心配すんなこれくらい。フィアの水魔法である程度治してもらったし。それに元はといえば俺が悪いんだし」
横の席でフィアが申し訳なさそうに聞いてくるもんだから、少し痛む腕を振って大丈夫のアピールをする。
「でもイクスさっきからこっち向いてくれないし」
「そ、それは......」
朝のフィアの柔らかさとか感触、はだけた胸元の光景が脳裏に浮かぶ。そんなの思い出したらフィアの顔見れるわけないだろ。
そんな風な俺たちの姿を見て父さんはニヤニヤと含みのある笑みを浮かべてる。
俺は無視してコップの水を飲んで、
「それでイクス。お前もついに大人か〜。孫の顔はいつ見れる?」
「ぶふぉおおっ!!」
「な!、な!、な!?何言ってるんですかおじさんっ!?」
父さんの爆弾発言にフィアが顔をボンっと真っ赤にして声を上げる。俺も思わず含んでいた水を噴き出した。
「イクス。フィアちゃんみたいに可愛くて家事も上手な子なんてそうそういるもんじゃないぞ?ましてやそんな子がお前なんかと仲良くしてくれるなんて、もう人生で一度のチャンスだぞ?なぁに、結婚式なら知り合いの神父がいるから心配するな、式場くらい用意してやる」
「誰が一生に一度だ!!てか本っっっ当に何言っちゃってんの!?」
どこから俺がフィアとの結婚式を心配しているなんていうか話が出てきた。とゆうかそんなこと本人の前で言うとかどうかしてるだろ!?
「わ、私がイクスと、けっ、結婚......はわわわっ......!」
ふしゅーっと顔から煙を出して赤くなるフィア。ほら!父さんが変なこと言うからフィアが混乱してるだろ!!
「はいはい。あなたイクスとフィアちゃんをからかうのもそのくらいにして朝食よ」
台所から母さんとティアが朝食を運んで来た。ティアはフィアが真っ赤になっているのを見てじとーっとした目で見ていたが、何も言わずに母さんと朝食を運んでくる。
母さんとティアが席に着いたところで、朝食を食べ始める。フィアは未だ少し顔が赤い。
「そうだ。言うのを忘れてた」
父さんがふいに思い出したように手を止めてみんなに顔を向けた。またなんか変なこと言い出すんじゃないんだろうな......
「ちょっと王宮騎士団から呼び出しがかかってな。来週1週間王都に行ってくる」
「あら、急なのね?」
「昨日手紙が届いてな」
父さんは昔王宮騎士団に所属していた。母さんも昔王都にある魔法協会に所属していて、二人でよく任務に行ったらしい。今でもたまに父さんは王都に呼ばれることがある。
そんな王都ファングランドはここから馬車で3日の場所ある。
「明日にでも馬車で向かう。てことでイクス母さんたちのこと頼んだぞ」
「うん、それはもちろんだけど。先月も行かなかった?」
「ああ、もうすぐ騎士学校の入学試験が行われるだろ?それに向けての警備や試験内容についての話があるらしい」
「騎士学校、か......」
王都には三つの大きな学校が存在する。
一つ目は騎士となるべく騎士としての作法や勉強、戦闘技術を学ぶファングランド王立騎士学校。父さんもここを卒業している。
二つ目は魔法を学び、新しい魔法の開発や魔法で世界の成り立ちなどを解き明かすなどを行うファングランド王立魔法学校。母さんはここ卒業。
そして最後はサバイバル技術や遺跡探索、魔物討伐技術や知識など、冒険者になるために必要な技術知識を学ぶファングランド王立冒険者学校。
この三校が王都にある学校だ。どの学校も入学は難しく、卒業をすればそれぞれの道で成功間違いなしと言われている。
ただしその学校に行くにはそれぞれ絶対条件が存在する。
それはスキルだ。スキルで全てが決まるこの世の中で、学校入学もその例外ではない。
騎士学校は戦闘系スキル、魔法学校は魔法系スキルは必要だ。唯一冒険者学校はスキルの基準による条件はないが、それでも有能なスキルが必要になる。
そんな学校の話だが、フィアやコーサなら関係あるが俺には関係ない話。俺にはコーサやゴーデンみたいな戦闘系スキルも、フィアみたいな魔法系スキルも、冒険者として役に立つ有能なスキルもない。
あるのは【加速】スキルなのだから。
俺にはない可能性の話を悔しく思う。そんな俺の内心を察したのか、みんなが手を止めてしんっとなった。
「あ.....ご、ごめん急に黙って。ほら食べよう!ティア!にいちゃんが食べさせてやろうか?」
「兄さん.......」
いつもなら喜んでくれるティアもどこか悲しそうに見てくる。ティアだけじゃない、母さんもフィアも。唯一父さんだけ真っ直ぐ俺の目を見てくれるが、そんな父さんの瞳にもどこか寂しそうな色が見えた。
その視線が昨日の俺を思い出させる。
あの時の力の差を。
絶対的なスキルの差を。
あの時の、敗北を。
やめてくれ........そんな目で......見ないでくれ。
「.......ごめん。なんかもう腹いっぱいだからいいや。ちょっと朝の散歩行ってくる」
「あ......イクス.....」
フィアがわずかに手を伸ばして来たが、俺は見ないふりをして扉を閉めた。
家を出たら少し冷たい空気が肺に流れてくる。いつもなら気持ちいいその空気も、今はとても鋭く感じる。
俺は駆け出した。考え出したら止まらなくなる昨日の敗北の記憶。それを振り払うように、全力で。それこそ【加速】スキルを使ってまで。
とにかく俺は全力で走った。
朝早くから農作業をしている人たちは一体何事かと俺を見て来たが、今はそんなこと気づかなかった。
普段ならつかい続ければバランスを崩してこける【加速】スキルはこの時ばかりこけることはなかった。けどそれが皮肉に感じて、俺はこけるまでひたすら走ってやるとヤケになった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ......!」
息が切れても、額に汗がびっしり滲んできても、俺は走ることをやめない。ここで止めれば自分に負けたように思えたから。
「ぁああああああああああああああーーーーーー!!!!!」
悔しくて悔しくて悔しくて、俺は胸の奥から込み上げてくる悔しさを声に出して叫んだ。言葉になっていないただの叫びを吐き出して。
どれくらい走っただろうか。気がつけば俺がいつもスキルの練習している裏山に辿り着いていた。
「はぁ、はぁ....!!はぁ.....!げほっ、げほっ!.........」
肺が苦しいくらいに痛い。足も走り続けて鉛のように重くズキズキする。俺は仰向けに倒れてとにかく空気を欲する。
結局俺はこけることなくここまで辿り着いてしまった。【加速】スキルを制御できずに倒れたわけじゃない。身体が限界になったのだ。
俺はゴーデンに負けて、自分にも負けたのだ。
「はっ、.....皮肉なもんだな」
全部夢ならいい。目を覚ませばティアが起こしてくれて、教会に行けばスキルの選定が待ってる。そこにはコーサもフィアもいて、俺は父さんみたいに【剣術】スキルを得て、3人で毎日練習する。
とっても楽しいだろう。誇らしいだろう。
ーーーーでもこれが現実だ。
俺は【加速】のクズスキルを得て、みんなはまともなスキルを得て生きていく。
「..........理不尽だ」
何度もその言葉が浮かぶ。みんなの練習をみるたびに思う。
スキルがクズだったからなんだ、人間頑張れば必ず報われる。
そんなのは綺麗ごと。
この世界ではスキルが全て。それにもしそう割り切れたとしても、俺は二度とみんなと話せない。理解していても心の中でへどろのように湧き出て離れないのだ。
「なぁ、神さまよ。.......俺は、何で、こんなスキルなんだ.......」
空に向かって手を伸ばす。でもその手は何も掴めることなく悲しく宙をかすめる。
「俺のスキルはクズだったなら、せめて誰よりも速く上手く使えるようになろうとした。誰よりも。........でも結局、クズはどれだけ上手く使おうがクズのまま」
変わらなかった。どれだけ練習してもスキルの差は埋まらない。それはゴーデンとの決闘でよくわかった。
「あ〜ぁ...........何で、俺の才能は加速なんだ」
誰に言うわけでもなく俺は呟いた。
「ーーーなぁ〜に、耽ってんだイクス」
でも返事が帰ってきた。
驚いて起き上がって振り向けば、そこに父さんがいた。
「まったく、せっかく母さんが作ってくれたメシを残すわ、勝手にどこかに走っていくわ。みんな心配してたぞ」
「........ほっといてくれ」
いつもと変わらない父さんの態度に、俺は腹が立った。
無視してやろうと顔を背けようとして、
ーーーその瞬間猛烈な殺気を感じて咄嗟に真横に転がった。
「ーーーッ!!」
転がったあと、すぐに身を起こし横を見る。さっきまで俺がいた場所は、まるで刃物で切ったような深い斬撃の跡ができ、その跡は後ろの木をも斬り裂いていた。
斬撃の元を辿ると、いつのまにか父さんの手に木剣が握られていた。
父さんはその木剣で斬ったのだ。木剣でこの威力、もし喰らっていたら俺は確実に死んでいた。
「なにすんだ父さん!!」
俺を殺す一撃を放った父さんに声を上げる。けど父さんは悪びれることなく、木剣を肩で担ぐ。
「へぇ、やるじゃねぇかイクス。今のを避けるのはそうそうできるもんじゃない」
「だから、いきなりなにすんだって、聞いてんだ!」
「なぁに、腑抜けな顔してやがるからいっちょ教えてやろうと思ってな」
そう言った父さんはもう一本木剣、いや、ーーー本物の真剣を鞘から抜いて放り投げた。
剣は俺の前で地面に突き刺さる。長さはいつも練習してる木剣と同じ。でもそのギラリと輝く刀身はとても冷徹で、心の奥から恐怖を引っ張り出してくる。
俺は思わず剣から一歩引いた。そして父さんを見ると、ぞっとした。
いつもの飄々としてふざけた態度の父さんは、今やどこまでも冷たく突き放すような目で俺を見てくる。面構えもまるで一本の剣のように研ぎ澄まされ、いつもと変わらない立ち姿なのに、一片の隙もない。
一歩でも踏み込めば殺される。
俺は本能で理解した。
金縛りにあったように動かない俺に、父さんは言う。
「イクス、お前を試してやる。俺はこの木剣。お前はその剣を取ってかかってこい」
勝てるわけがない。いくらこっちは真剣でも、今の父さんに勝てる姿が思いつかない。それどころか、木剣でも殺される姿が想像できる。
「あ、........う、っ.......!!」
舌がうまく回らない。今まで父さんと試合したことは何度もあったが、こんな父さんを俺は知らない。父さんは今まで本気じゃなかったんだ。
そして、だからこそ今の父さんが本気なんだ、と理解した。
「さぁ、取れイクス。そして俺を、殺しにこい。でなきゃーーー」
俺はその続きを聞きたくなかった。
「ーーー俺がお前を、殺す」
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