マルチな才能を発揮してますが、顔出しはNGで

青年とおっさんの間

顔を隠して尻隠さず 4

「おーい義也、いつまで風呂入ってんだ? 逆上せるぞー」「あ、うん! もう出るよ」

 つい思い出話に花が咲いてしまい、かなり長い時間湯船に入ってしまった。
 何かボケーっと考えていて、危うく逆上せかけていた義也が来るのを待って脱衣場に戻る。

「義也、何考えてたの?」「え? それは秘密〜」
「聞くだけ無駄だぞ真純、どーせまた俺にどんな嫌がらせをするかを考えていたに違いない」「ブー! 残念でした〜。でも、勇志くんへのイタズラは常日頃から考えてるから間違いでもないかな」
 「あー、ヤダヤダ! 早く出て、冷たいイチゴ牛乳で一杯やろーっと」

 そう言って自分の服を脱いだカゴに手を掛けたところである異変に気付き、手が止まってしまう。

「な… なんだ、これは…!?」

 そこには、入浴前に脱いだ服も用意した着替えもなく、代わりに見覚えのあるフリフリのメイド服が綺麗に折り畳まれてカゴに入っていた。

「しょ… 翔ちゃんの仕業か…!?」「うわ… やられたねー、勇志くん」「まさかここまでやるとはな〜」

 異変に気付いたのか、義也と真純の2人が俺の後ろからカゴを覗きこむ。

「あ! 見て見て、下着とブラジャーまであるよ!」「本当だな、しかも白って… 」
「翔ちゃんの願望なんじゃない? いかにも女の子に夢を抱いている感じだし」「これを勇志が着るのか… 御愁傷様」
「ドンマイ、勇志くん」

 そう言ったと思えば、直ぐに自分たちの服に手を伸ばし着替え始める2人。

「じゃ、勇志くん先行くねー」「勇志、お先〜」
「いやッ! ちょっと待って!! 置いてかないでッ!!」

 全く気に止める様子もなく脱衣場を後にしようとした2人に、俺は裸で泣き付く。

「置いてかないでって言われても、僕たちにはどうしようもないしなー」「そう言わずお願いします! 助けてください〜! 翔ちゃんから俺の服を取り返してくれーッ!!」
「えー、面倒くさーい」「勇志すまない、俺はもう眠いから駄目だ、明日にしてくれ」
「いやいやいやいや! そこを何とかッ!」「もう覚悟を決めなよ、それに学園祭で何度も着てるでしょ?」
「学園祭ならまだ許せたよ? けど、ここホテルよ? ここでやったらただの変態だからね!?」
「じゃあ、先に部屋に戻ってるから」「嘘でしょ!? ちょっと! ねぇ!?」

 2人に置いていかれた俺は、裸でその場に崩れ落ちることしかできなかった。

「… 寒い、お腹冷えた。もう一回風呂に入ろう」

しばらくして、俺はひとり寂しく再び湯船に浸かったのであった。














「全く、何で明日のライブの最終打ち合わせが今日なのよ!?」

 つい先程終わったばかりの打ち合わせについて文句を言う人影が1つ、ホテルの廊下を歩いていた。

「大体、そういうことはもっと前から打ち合わせしておくもんでしょ、普通! これだから地方のライブは嫌なのよ!」

 別に彼女には霊感があって、幽霊的なものと会話ができるとか、そういった特殊能力はない。
 だから、まるで誰かと話しているような大音量の話し声も、ただの独り言である。
 普段からこのように、何処構わず歩くスピーカーのように文句を垂れ流しているわけではないのだが、連日の地方ライブのため、疲れとストレスがピークに達し、こうして吐き出さないとやっていられないからである。
 ガップレのみんなが長期休みの時でないとツアーが組めないからといって、少し詰め込み過ぎたと今更ながら後悔していた。

「はあ… こういう時はゆっくり温泉に入って、風呂上りにビールでもグビっとやるのが1番よね〜… 」

 そう言いながらホテルの温泉に向かう彼女の姿は、備え付けの浴衣が様になっていて、どこか貫禄さえ感じる程だった。
 彼女の名前は『水戸みと 沙都子さとこ』34歳、独身。趣味はお酒で、好きな食べ物はスルメ。
 知る人ぞ知る【Godly Place】のマネージャー兼、【Godly Place】が所属する『ミュージックハウス水戸』の社長でもある。
 若くして起業し、生活の全てを仕事の為に費やして来た彼女は、恋人は愚か、婚期すら自分の元に来ず、そのまま通り過ぎようとしているのであった。

「あん? あれは… 」

 廊下の角を曲がり、脱衣場が目と鼻の先というところで男湯の青い暖簾から、頭だけを出して辺りを伺っている人がいることに気付く。
 それだけでも少し奇妙な光景ではあったが、問題なのはそこではなかった。

「ちょっとそこのあなた! こんな所で何やってるのよ、ここは男湯よ?」

 そう、目の前の男湯から顔を覗かせているのは男性ではなく、女性だったのだ。しかも、女性というにはかなり幼い顔をしている、歳はガップレのみんなとほぼ同じくらいだろうか。

「えぇッ!? ち、違うんです… これには訳が…!」「問答無用!!」「ちょっ、やめッ!!」

 暖簾からも顔を出している女の子の手を掴み、強引に廊下に引きずり出す。

「あれま〜… 」

 彼女の全身が廊下に出てくるやいなや、露わになったその美貌とスタイルを見て、同じ女性であるのに、思わず溜息が溢れてしまった。
 しかし、すぐ後に彼女の着ている服に違和感を覚える。なぜなら、彼女の着ている服は何故かフリフリのメイド服だったからだ。

「あなた、普段からこんな格好なの?」「えっと… 友達に無理矢理… 」
「酷い友達ね! いい? 悪いこと言わないから、そういう子とは友達なんてやめちゃいなさいな!」「あ… えぇ、でもまあ、そうもいかなくて… 」

 恥ずかしいのか、一生懸命顔を隠すようにモジモジしながら俯く彼女の姿に、同性であるのに素直に可愛いと思えてしまう。
 「(この子、ひょっとしたら大物になるかも… このまま逃すのは勿体無いわね…)」
「あのー… そろそろ失礼しますね、それじゃあ… 」「ちょっと待ったーッ!!」「ひぃッ!?」

そろっと廊下の角を曲がろうとしたメイド服の彼女を急いで呼び止める。

「あの… まだ何か…?」「ちょっと話があるから、一緒にいらっしゃい!」
 まるで物凄い怖いものでも見るかのように、恐る恐る振り返る彼女の腕を、自分の腕でがっちりホールドし、そのまま女湯の脱衣場に連れ込む。

「えぇッ!? ちょっと… らめーッ!!」 
 誰もいない廊下には、彼女の悲痛な叫び声だけが響き渡っていた。

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