マルチな才能を発揮してますが、顔出しはNGで

青年とおっさんの間

顔を隠して尻隠さず 1

「月が綺麗だな〜、荒んだ心が癒されていくようだ… 」

 露天風呂の隅に丁度良く頭を乗せるのに適した岩に頭を乗せながら、日頃溜め込んだ疲れやストレスを吐き出すように「ふー」と息を声に出しながら湯に浸かる。
 風呂から立ち昇る湯気が月明かりに照らされ、露天風呂全体が幻想的な雰囲気を醸し出している。
 広くもなく狭くもない、何処にでもあるような普通の露天風呂だが、 それがまたいい味を出しているような気がしないでもない。

「風呂は命の洗濯とはよく言ったもんだな〜、うッ… ふーっ! 気持ちい〜!」

 と言いながら、首までしっかり湯船に浸かる真純。
 続けて「これでサウナがあれば文句ないんだけどなー」とか言っているが、こいつは決まってサウナの中で筋トレしだすから、ただでさえ暑いサウナが尚更暑くなってしまう。
 このホテルにサウナが付いていないことに、俺は心の中でほっと安堵の息を漏らした。
「勇志くんも真純くんも、2人しておっさんみたいなこと言わないでよ、恥ずかしい」

 そう言いながら俺と真純から少し離れたところで湯に浸かる義也。
 随分と遅い時間だからか、この露天風呂には俺と真純、義也の3人しかおらず、他の宿泊客は1人もいない貸切の状態だった。
 別に他の客がいた所で何があるわけでもないのだが…

「堅いこと言うなよ義也〜、今は俺たちしかいないんだからさッ!」「でも〜! わッ!?」

 反論しようとした義也の足を真純が湯船の中から引っ張り、義也の顔が半分湯船に浸かってしまう。
 こんな感じで周りを気にせず大きな風呂でふざけられるという特典が付いているというわけだ。
 良い子は真似しないでね。
 ちなみに翔ちゃんも誘ったが、大事なミッションがあるとかなんとかで別行動だ。どうせ持ち込んだ美少女ゲームの攻略かなんかなんだろう。

「こらーッ! 怒るよー!?」「ごめんごめん!それより勇志はあの後大丈夫だったか?」

 今にも飛び掛かってきそうな義也を落ち着かせるためか、唐突に真純が俺に話題を振ってくる。

「あの後って?」

 まあ義也がキーキー騒ぐと面倒出し、ここは1つ真純に話を合わせておくかと質問を返すことにした。

「学園祭だよ! 終わった後に西野さんとか花沢さんから、誰が1番メイドらしかったかで揉めてた所に戻ってきただろ? そこに歩美ちゃんまで加わって、手が付けられなかったじゃないか」
「何それ!? 僕が自分のクラスの片付け手伝ってる間に、そんな面白そうなことになってたの!?」
「もう思い出させないでくれよ… 」
 真純の思惑通りに荒ぶる義也の気をそらせることに成功したが、逆に俺は思い出したくないことをほじくり返されて、温泉でせっかく心が澄みきっていたのに、またどんよりと雲がかかった気持ちになる。

「それでそれで!? その後どうなったのッ!?」

 さっきまで真純に飛びかかろうとしてた義也が、目の色を変えて俺の元に詰め寄ってくる。
 こうなった義也を誰も止めることはできず、俺は潔く学園祭の本当の意味での片付けの話を始めた。

「誰が1番『大和撫子タイプ』だったかとか何とかで大騒ぎになってな… 俺は当たり障りのないテンプレ回答で、「みんな大和撫子タイプだったよ」って言ったんだが、それじゃあ納得がいかないって大騒ぎになり、さらに手が付けられなくなって… 」
「それで…?」
「何故か今度俺の家で『大和撫子選手権』をすることになった… 」「えぇ〜!? 何それ超面白そう!!」
「そして審査員は何故か愛美と俺の母さんという、全くもって訳がわからんことになってしまったわけだ… 」
「成る程、勇志にママにお墨付きを貰えれば、他のライバルから一歩も二歩もリードできるってことか… こりゃまた随分と大胆なことするな〜… 」
「なーに1人でブツブツ言ってんだ義也?」
「別に、何でもなーい」

 義也は時折こうして何か考えているようだが、どうせろくな事ではないから普段から深く詮索することはしない。
 少し放っておくくらいが義也には丁度いいんだと思う。

「そういえば真純も九条先輩と連絡先交換したんだろ? そっちの方はどうなってんだよ?」

 俺が義也に詰め寄られている間、自分は関係ないとばかりにのんびりと温泉を満喫していた真純に、義也が関心を向けそうな話題を投げ掛ける。

「ふーん… それも僕は初耳だな〜… 」「え!? まあ… 毎日のように、というか1時間に1回ペースでメールが来るもんでちょっと困ってる、かな…?」
「毎分じゃなくてよかったじゃないか」「おい! 勘弁してくれよー」

 ふッ、いい気味だ。俺が味わっている苦しみも真純も少しは味わってもらわないと、それでこそ『親友』というものではないだろうか!

「それで麗華さんは真純くんに何てメールしてくるの?」「うーんそうだな、ついさっき「今、グアムにバカンスに来てますの」とかで、水着の写メが一緒に送られて来てたかな」「わーお… 」

 九条先輩、完全に真純を落とすつもりだな…  だが先輩、この脳筋を落とすためにはお色気作戦だけじゃ通用しないと思いますよ。
 でもいいぞ、もっとやれ!

「そういう義也は色恋沙汰は何かないの?」「えッ、僕?」
「義也は人のプライベートにはガンガン頭突っ込んで来るくせに、自分の事となると上手く逃げるからなー。今日は男同士裸の付き合いだ、包み隠さず全部話しなさい」

 じゃあ、お前はどうなんだとばかりに真純が義也に恋愛話を持ち掛けたところに、俺も義也に逃げられないようと退路を塞ぐ。
 真純の言う通り、普段から女子に囲まれた生活を送っている義也から色恋沙汰の1つや2つあってもいいものなのだが、今まで1度もそんな話を聞いたことがない。
 普段、義也にいいように振り回されているから、今日こそは義也の弱みを握っておきたいと自然と身体も前のめりになっていく。 
「うーん、そう言われても今は自分の恋愛に興味ないんだよねー」「学校ではいつも周りに女子を連れているじゃないか?」
「あれはファンクラブの女の子たちだよ。ガップレのとは別に学校で僕のファンクラブがあって、いつの間にか僕の周りに集まって来ちゃうんだ」

 さも当然のように話す義也を白い目で見ながら俺は思った。
 こいつ、友達いないんだろうな… と。

「それにもし僕が特定の相手と恋愛なんてしてしたら、ファンクラブのみんなが発狂して大騒ぎになっちゃうでしょ? そんなことになったら大変だからね」

 ああ… 駄目だ、言っている意味がよくわからない!

「ファンクラブの子とはいい感じになったりしないの?」

 今の義也の話を受けて、普通に質問を返せる真純の神経もよくわからない!!

「僕のファンクラブには鉄の掟があって、その第1条が『会員の、会員による、会員のための山崎義也』で、山崎義也はファンクラブ会員の共有するところとし、いかなる場合も独占することは許されないって決まってるんだ」
「へー、しっかりしてんのな、義也のファンクラブ」

 いやいやいや! どこのエイブラハムさんですか、お前は!?
 そして真純、お前はなぜ関心したように頷いている!?
 え、何? 俺がおかしいの!?  いやいやいや! 俺はおかしくない!!
 くそーッ、義也のゆるーくウェーブがかかった髪をモジャモジャのパンチパーマにしてやりたいッ!!

「ねえ、僕のことはもういいでしょ? それより勇志くんだよ! 歩美ちゃんに加えて、さらにkira☆kiraの2人にまで言い寄られて、結局誰を選ぶつもりなの?」「えッ!? kira☆kiraってマジ!? あのkira☆kira?」
「そうそう、学園祭で2人別々に告白されてたんだよ? 嫉妬しちゃうなー」
「ちょっと待て、なぜ義也がそれを知っている!?」「ん? 勇志くんのことなら何でも知ってるよ?」
「何それ、ヤダコワイ… 」

 不敵に笑う義也の顔は、まるで悪戯を楽しむ悪魔のようだった。   くッ… 悔しい… いつか逆に義也の弱みを握って脅して、パンチパーマかけてやるんだからねッ!!

「てっきり勇志は歩美ちゃん一筋だと思ってたのに、その様子だとまだ分からないって感じだな」

 義也の話を受けて、真純が急に真剣な顔つきで話してくる。

「俺と歩美はそんなんじゃないって… 」「お前はそうでも、歩美ちゃんは違うだろ? いい加減、歩美ちゃんの気持ちにちゃんと向き合ってあげたらどうだ?」

 珍しく真純が俺に説教じみたことを言ってくる。
 真純が俺に何か説教する時は、9割は正論でぐうの音もでない。しかし、残り1割は決まって歩美のことで、それだけは真純の言う事は間違っていると思っている。

「ちゃんと向き合ってるよ! でも、これ以上は無理だ、歩美を傷付けたくない… 」「それが歩美ちゃんを傷付けてるって言ってんだよ!!」
「まあまあ、2人とも落ち着いて! ごめんごめん、僕がこんな話を振ったばっかりに… 」

 徐々に口調がヒートアップしていく俺と真純の間に義也が割り込み宥める。
 そのお陰で俺も真純も冷静になれたが、同時に貸切の露天風呂が静まり返ってしまった。
 止まる事なく湧き出る湯が湯船に流れ落ちる音だけが、月夜の空に消えていくようだった。

「えーと… そうだ! 良かったら僕にガップレの結成秘話を教えてよ。簡単には聞いたことあるけど詳しく知らないし… 」「ガップレの結成秘話ねえ… 」
「そうそう! 確かガップレは勇志くんと真純くんの2人から始まったんでしょ!?」

 必死にその場を執り持つように義也が話題を振ってくる。
 そんな一生懸命な義也越しに真純と目が合い、お互いフッと笑みが溢れる。
 別に俺も真純も、そんなに後を引くほど怒ったり喧嘩したりはしないから、そこまで必死になる必要はないのだが、ここは1つその頑張りの見返りに特別に昔話をしてあげようと、俺はゆっくりと口を開いた。

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