初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去69

 祝賀パーティー。と言う名の拓哉のサッカー部勇退とたーくん&ゆーちゃんの交際を祝う会が、真田家で開催される運びになった。伝統の一戦に伴う各種会見は校長先生が一手に担ってくれたお陰で滞りなく完了し、道明学園とのいざこざも半ば勝手に終わらせた。
 時刻は夜の七時を迎えた。校長先生の代役として出席した田中監督の乾杯を合図に、宴は始まり拓哉を中心にサッカー部一同は飲めや歌えやの大騒ぎをしている最中だ。
 ケガをした寺嶋もお陰様で軽症で済み、今はシャンパングラスに注がれた何チャラジュースを飲みつつ拓哉と優香さんをからかいまくっているし、三バカもここぞとばかりに二人を茶化して満面の笑みを咲かせている。
「一時はどうなることやら年甲斐もなく不安になったが、こうして終わってみれば万事解決どころか、息子のあんな幸せそうな顔を見れて真田幸久、君に返しきれないほどの恩を感じている」「いやいや、やめてくださいよ! 僕は別に仲直りしてほしいって思っただけで、実際に頑張ったのはサッカー部です」
 大の大人から、しかも超大企業の幹部から深々と頭を下げられて狼狽してしまう。一人だけ呼ばれたので何かと思えば、恐れ多いとはこのことだ。僕もすかさずお辞儀し返す。
「こちらこそ、無茶な計画にご協力いただきました感謝しています。あそこで寺坊が試合に出られなかったら元も子もなかった」「もともと融資するつもりだったんだよ、そのきっかけをくれたのが君だ。治療できたのは真田家のお陰かもしれないが、寺嶋君を助けたのは紛れもなく君だよ。だから、父兄を代表して私からお礼がしたい。ほしいモノやしてほしいことはないか? なんだったら少しばかりお小遣いでも?」
 そう言われてもなあ。拓哉は元気になったしサッカー部ももう大丈夫だし、これと言ってもほしいモノなんてないな。ましてや、大金を頂いてまで買いたい物もない。
「いや、これと言ってないですよ。小遣いもちゃんともらってますし」
 無欲な僕の年甲斐もない言葉に、子供なんだからもっと欲を持てと言わんばかりに豪胆な笑い声をあげ、幸久さんが手を叩いた。
「そうだ、君は童貞だったね? どうだね、うちの三姉妹は? 君になら嫁がせてやってもかまわないぞ」「え、お姉さま方ですか?」
 テニスコート二面分ほどの敷地内でどんちゃん騒ぎをする一団から少し離れた席でそれらを見守っている訳だが、例にもれることなく真田家の三姉妹は女性慣れしていないうぶな男子高校生を弄んでいるところだ。その三人をどれでも好きな子を僕に嫁がせてもいいと言うのだ。真剣に迷ってしまう――。
「はははは、魅力的ではありますが、僕には、……」
 好きな子がいるのだ。結婚式さながらの高砂席が準備されその新婦席に座る優香さんと談笑している奈緒の脇に遠慮がちに立たずむ春香を見つめる。
「ほほう、君もなかなか隅におけないじゃないか。どちらが好きなのかな?」「髪の長い子です」「ほー、小鳥遊さんとこの娘さんだね。さすが雅君、見る目あるじゃないか」
 人を見る目を褒められるのはこれが初めてである。だけど、相手が春香であるから、当然と言えば当然なんだ。春香相手なら誰だって見る目があるって言われるに違いない。
「しかし、最初はあの子があの春香ちゃんだとは思わなかったよ」
 春香のお父さんとは同期と言っていた幸久さんは愉快そうに眼を細めた。
 遠い過去を思い出すようなそんな視線をニコニコと花を咲かせる春香に向けて次の句を紡いだ。
「小さい頃の彼女に何度かあったことがあるが、一度も笑ったところを見たことはない。むしろ、根暗で物静かな子だと思った。ほら、うちの三姉妹があれだからなおさらね。あ、もしかして、それも君が解決したとか?」「いや、まさか」「そうだよな。あんな辛い過去、さすがの君でも出会ってまだ日が浅い以上は簡単には解決出来る訳もないか。でも、良かった、あの笑みが見れるってことは乗り越えることが出来たんだね」
 それは僕の知らない話だった。
 幸久さんの視線を追って春香を見るけど、とても根暗なんて言葉で形容する女の子ではない。人違いなんじゃないかとも思うけども、春香も拓哉の家のことは多少なりとも知っているとさっき話したばかりだ。じゃあ、この話は本当に春香についての昔話になるのか。
 哀愁が漂う声色で春香のことを話す幸久さんの横顔はどこか寂し気である。だけど、忘れていた様にまた豪快に笑った。
「今は拓哉や奈緒ちゃん、それに君が付いているんだ。トモキ君がいないのがいささか気がかりだけど、やっとトシオもこれで一安心できるな。“一人”でよく頑張ったもんだ」
 じゃあ、年寄の相手も退屈だろうから、ここで失礼するよ。って言い残し幸久さんは満足そうに笑い自宅へと帰っていく。
 半分以上、内容が理解できなかったって言ったら怒られるだろうか。あの春香が小さい頃は暗い子だったなんて信じられないし、トモキ君ってのは誰だ? トシオさんってのは春香のお父さんだよな話の流れ的に? でも、一人で頑張ったって言うのはなんだ?
「お~い、もう一人のヒーローなに一人で黄昏てるんだよ! こっちこいよ!」
 会場の雰囲気を演出するために設けられたDJスペースからワイヤレスマイクを借りた拓哉が高砂席から手を振っている。考えていても仕方ないか、会場の雰囲気を壊すほど空気が読めない男ではない。

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