初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去40

 まったくもって素敵な夢である。この感触はなんだ。最高じゃないか。こんな夢が見れるならもう少しだけこのままでいようじゃないか。
「ねえ、みやちゃん……せっかく、また出会えたのに……、また……友達思いのカッコいいみやちゃんと出会えたのに……こんなの……ひどいよ。まだ、私のこと思いだしてもらってないのに……」
 たぶん、今僕はこの声の主に抱きかかえられた様な形で横になっている。頬に冷たい滴がぽたりぽたりと落ちてきているってことはそうなんだと思う。ああ、早く起きて女の子を元気づけないとイケないのに、早く女の子が言うように“思い出さないといけない”のに。あれ? 何を思い出すんだ? それにみやちゃんて僕のことか?――

 その日、僕は過労で倒れていたことになった。発見者は春香である。一軍の練習に一日中付き合い疲労がピークに達してその上に空腹が重なり貧血にもなった。養護教諭の先生がそう診断した。
「いや、ごめんごめん」「ごめんじゃない! なんで連絡しないのよ! あたしたち何度も連絡したんだよ?」
 開口一番で奈緒は激怒した。当然である。奈緒からの着信が断トツで多く、次点が春香であった。春香も春香で思うことがある様だ。拳を振り上げた奈緒を制するよりも先に、僕の頬を叩いたのはほかでもない春香である。
「私たちがどれだけ心配したのかわかってるの? なんでそんなにへらへらしていられるの? あの四人と歩いているのが目撃されたって聞いたとき、私たちがどんな気持ちで雅君を探したのか分かってるの?」
 ハイタッチを思いっきりしてもここまでの破裂音は起きないであろう。春香の目は泣き過ぎたのであろうか充血しているし、マジで怖い目をしていた。第一発見者だってこともあり、発見された当時のことを言い訳することも出来ない。ありのままを見たからこそ、この怒り様なのだろう。
 無数に転がるボールの海、痣が出来た顔、意識を失う僕。気弱で優しい春香には相当な精神的ダメージがあったはずだ。だから、奈緒を差し置き僕に鉄拳制裁を加えた次第か。
「なんで、なんで私たちを頼ってくれないの! なんでいつも、いつも自分だけで背負っちゃうの! 雅君は何も悪くないのに! 悪いのは全部向こうなのに!」「落ち着いて春香! 春香が怒っても始まらないわよ!」「だって、このままじゃ雅君が……、また私の前からいなくなっちゃう……」
 え? またって? 嗚咽を我慢することが出来なくなった春香が聞き捨てならないことを呟いた。
「落ち着いて春香、大丈夫だからね。もう大丈夫だから」「ねえ、またってどういう意味?」「え、何が? あたしたち何か言った?」
 いやいや、僕がまた春香の前からいなくなるとかなんとか言ったよね。
「聞き間違いじゃない? 倒れた衝撃でまだ意識が朦朧としているのよ」「かも知れないわね。今日は親御さんに迎えに来てもらいなさい」
 確かに消毒液クサい臭いとこの真っ白なベッドを見ていると吐き気がしてくる。どうも、まだ意識がはっきりしていない様だ。カーテンの隙間から顔を出した先生がそう言うから、お言葉に甘えて今日は迎えに来てもらおう。
「もう呼んであるから着いたら起こす」
 だから、もう少し寝てなさい。と、起き上がろうとした僕を布団に押し込んだのは奈緒である。春香が退席するのが辛うじて見えたが、声を掛けることは出来なかった。
「みやび、あたしからの忠告ね。春香を悲しませるなら、あたしはもうみやびの協力はしないわ。これ以上、無理をするなら拓哉君のことも何もかもあたし協力しないから」「おい、なお……」
 布団から飛び上がると奈緒はもういなかった。風で揺れるカーテンが何だか僕の事をあざ笑っているかの様に揺れて見える。
「いい子達だね。先生もあまり賛同できないわねカッコつけてまで無理するの」
 カーテン越しで養護教諭の先生のそんな声が聞こえた。とても優しい声で僕の蛮行のアホさを説いている。

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